第Ⅹ話 それは内密に

第一章 Life Is Dramatic


第Ⅹ話 それは内密に


 期待の新人がいきなり辞める宣言したらどうなるだろう。勿論、誰もが止め、誰もが大騒ぎするだろう。それが普通で普通の対応だ。


 かくして、ここのギルドも普通であり、それが当たり前のはずである。少なくとも、ここにいる者共は常識ある者が大勢いると思っている。実際話してみても、行動を見てみても一般的、常識的だ。


 だが、一つだけ普通と違っているのが、今の状況である。


 まるで何事も無かったのように振る舞う同胞。かつて数日前までがそうであったように、私を以前の私として迎え受け入れてくれたのである。

 ギルド脱退という半ば裏切り行為のようなものだが、いつもとなんざ変わらない。


 1日経って再び訪れ、私を見つけるなり最初に反応した者はいつもの彼。

「よう、今日も来たか!」

 もう、アクセサリーのように手に持っているジョッキを上に掲げ、こちらに大きくアピールする酒臭い男。いつものゴンズである。

 顔色一つ、変化はない。昨日と同じ笑みで、偽りも疑いもなく、純粋な喜びを表現していた。

 後ろの2人もそれに合わせる。


「おはようございます、ゴンズさん」

「よう、おはようさん! 今日も可愛いねぇ、ベルちゃん」

「お酒も程々にしてくださいよ。一応、知り合いとして、ゴンズさんの肝臓が心配になります」

「安心しろ! 肝っ玉と筋力と酒の強さだけはドラゴンも怯える程度だからよぅ」

 グビっと1口。なあに、もう私も心配する気が失せたし、恐らくこの男ならゾンビになっても呑んでるだろうからするだけ無駄だろう。私が堪忍した。これは死ななきゃ分からんだろうな。

 急性アルコール中毒とやらはなったことはないが、それで死んでも、この男は本望だろう。

 だが、私が気になるのはそこではなく────。


「何も、聞かないんですね……」

「あぁ。だが、それでも心配したんだぞ? 本当に今日来るのかソワソワしてたくらいだ。ようやくお前らの姿を見て酒が喉を通る」


「いや、見なくても呑んでるでしょ?」

「ガハハッ、違ぇねぇ!」

 とは言え、本当に心配はしていてくれていたようだ。言葉が真剣なのが声から判る。

「よく来たな。2人とも」

「そんな大袈裟な……」

 別に自分から辞めただけで、そんな辞めざるを得ない失態を侵したわけじゃあないし、私は私で気にはしないから要らぬ心配なのだが……。


 だが、何も変わらないのなら好都合。これで過保護になったり、逆に距離を置かれたりされては私の気に余計に障る。


「さあ、改めて呑もうぜぇ!」

「「うぉーい!」」


 たらふく呑んで、更に呑もうとする3人のベテラン勢を他所に、一方でもう1人の仲良くなった少女がこちらに向かってきた。

 そしてこっちにくるなり。

 ポスッ─────

 私の身体に抱きついた。まるで親を探していた子のように。

「来ないんじゃないかと思った」

「いや、誰もそんなこと言ってないだろ」

「そうだよロゼちゃん。私はまだギルドメンバーなんだから」

 ロゼリア・バーデルセン。半獣人ハーフの少女が嬉しそうに耳をヒクヒクさせている。分かり易い……。


「さて、今日もクエストに行くか」

「お、今日も行くのか?」


 私の呟きに敏感に反応したのはゴンズ御一行の1人、ケルディだ。それに突っかかる残りの2名も乗る気である。

「行くんなら、俺らも行くぞ!」

 嬉しそうに行く気である3人。腕を振るい、準備運動的な何かを行っている、が。

「すみませんが、今回は2人だけで行かせてもらってもよろしいでしょうか?」

 そんな期待とは裏腹に、断りを入れた。

「なんだ? 不満でもあるのか?」

「いえいえ、たまには私たちで行かないと。プロに任せっきりだと技術も成長しずらいので……」

 今回の目的はベルの特訓。主に魔法の技術力を鍛え、魔力を向上させる。なんせ、今のままの魔法では完成はしていても、まだまだ出来が悪い。効率やら変換速度やら、ベルの課題は山積みだ。


 それをゴンズ陣営も重々理解していたようで。

「あぁ、成程。まあそれなら人数が多過ぎても仕方ないなぁ」

 あっさりと承諾した。

「なんだったら、コイツが教えてやってもいいんだぞ?」

「コイツとはなんだよリズ!」

「まあケルディさんの技術も精妙なんですが、私でも今なら十分ですので」

「残念だな、ケルディ。お前じゃ力不足だと」

「そ、そんなこと言ってないだろ!」

 ちょっとしたコントが繰り広げられているが……それは置いておいて。

 ご厚意を受けつつ、クエストの張り出されている掲示板へと足を運ぶ。一方で、ロゼもクエストに行きたかったようで。

「私も行っちゃダメなの?」

 そう寂しそうに尋ねてきた。

「まあ、今回は技術上げだから、ロゼが来てもすることないと思うし、今回だけは、ね?」

 そう言うと、諦めがついたようで、しゅんと小さくなる。可哀想だが、こっちの都合なのだ。行かせるかどうかはホストが決める。ホストの要望を弁えるのもゲストの理だ。


 さて、勿論選ぶのは討伐クエスト。

 私が前々から目をつけていたとある依頼を掲示板の上の方から剥ぎ取る。



 種類:討伐

 クエスト内容:レヴォーグ高原に出没するゴートドンの群れの討伐

 報酬:金貨5枚

 難易度:★☆☆☆☆



 ゴートドンは高原や平原に出現する羊型の魔物で、討伐ランクE級モンスター。気性は荒いが、比較的に討伐しやすく、今回の特訓には丁度いいモンスターだ。

 その討伐の書かれた依頼書を手に取り、早速受け付けに持っていく……と見せかけて……。


 ビリッ


 もう1枚の依頼書を破り取った。

 実は本命はこのクエスト。ベルにも伝えてあり、平然を装い、こちらのついでにベルの特訓をするつもりだった。

 表はベルの特訓。裏は高難易度クエストの受諾。



 種類:討伐(ギルドメンバー待遇クエスト)

 クエスト内容:レヴォーグ山脈西街道、アズガルド洞窟に潜む巨大ドラゴンの討伐

 報酬:白金貨500枚

 難易度:★★★★★



 ゴンズ達を誘わなかったのは利益の独占と、初心者が行くにはあまりにも高難易度なクエストのため、止められると思ったからだ。

 心配はさせたくないし、私としても、この報酬は流石に惜しい。

 いざとなれば空間移動魔法で逃げればいいし、こちらとしての全滅リスクはあまりない。最悪、失敗を前提として受けるに至った。

 これもベルを説得するのにどれほど苦労したことやら……。無茶と止められたが、「これでも元一流騎士だぞ?」とゴリ押ししてようやく納得したのである。まあ、心配したり、止めたりするのが普通だろうが……。


 それを受付嬢に手渡す。

 一瞬顔色が強ばり、こちらの顔を伺うが、迷いのない私の顔を見たのか、印を押し、クエスト挑戦を許可した。


 少し期待するベル。気を引き締める私。


 私達を他所に、これを見て動く影があったことを私はまだ知らない。


■■■


 クエストは午後に決行することになった。

 だが、午後にこちらを出たのでは、流石に遅すぎるため、前のようにランチを購入してクエストに挑むことになった。


 今回のランチはビガーと呼ばれるハンバーガーのようなもの。野菜と肉をパンで挟んだ逸品。肉の良い香りが袋を突き抜け、それが私の鼻をくぐり抜ける。

 これもこれで楽しみだ。


 さて、ここから高原までは凡そ1時間。その後のクエストも考慮して今の時刻は10時過ぎ。早く出るに越したことはないだろう。


 颯爽と私達はビガーの入った紙袋と道具を手に取り、レヴォーグ高原に向かおうとした、その時であった。

「待って」

 聞き覚えのある声が後ろから聞こえた。

 幼く、甲高い女性の声。

 それの持ち主の姿を見つけたベルが声を掛ける。


「ロゼちゃん、どうしたの?」


 息切れ気味の少女がそこにはいた。

 どうやら急いでいて、私達を見つけたようで、若干汗もかいていた。

 何がようなのかと思うと、それを早々と口にする。


「私も、連れてって」


 どうやら諦めきれなかったようで、私達を追っかけてきたようだ。

 断りは入れたはずなんだが……。そう思い、再び断ろうとしたその時だ。


「待遇クエストに、参加するんでしょ?」


「「!?」」

 彼女の口からは、知らせていないはずの待遇クエストの言葉が聞こえた。

 それに当然、私達も驚きざるを得ない。誰にも知らせていないはずなのだが、もしかして見られたか?

「何故、それを知ってるんだ?」

「見たの、私。アルトが待遇クエストの一覧から1枚取っていくのを……」

「成程、やっぱり見られてたか……」

 図星。こうなると隠すことはできないし、恐らく断ることも難しいだろう。だが、気になることもある。

「何で行きたいんだ? 内容も知らないだろ?」

 そう聞くと、彼女は反応を見せる。


「そ、それは、その……」


 何か隠し事でもあるかのように、ソワソワとしていた。目は泳いでいる。表情に相変わらず何の変化も見受けられないが、何か隠していることは明らかだった。

 様子が変。おかしい。

 だが、その真髄を知らない私達はなくなく彼女の同伴を許すしかない。


「仕方ないな……知られたんなら、もう連れていくしかないじゃないか」

「あれだけ打ち合わせしたんですけどね……自然と依頼書を取ってさっさと出ていくっていう算段……ちょっと芝居臭かったですかね」


 まあ、傍から見れば欲張りでただ独占しようと仲間を見捨てたに等しい行いだ。実際、その心も半分ほどあったのだから否定のしようがない。

 ましてや、こんな仲良い人にバレるとはなぁ。

 そう思い、告げる承諾。


 それに喜ぶロゼ。


「あ、ありがとう」


 感謝の意を見せ、ニコッと笑う少女。

 本当はこっちが謝るべきなんだがな……。

 皮肉にも私はそう感じた。


 そして私は彼女の笑顔が若干歪んでいることを見逃さなかった……。


 これが後に、いざこざに発展するとも知らずに……。


 ロゼの腰の刃物えものがキラリと煌めいた。

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