第Ⅸ話 私は自由を求める

第一章 Life Is Dramatic


第Ⅸ話 私は自由を求める


 月日というものは、過ぎるのが早い────


 既にあれから3週間────私が転生してから25日が経過し、もう私もこの世界の一員として、認めれるような立ち位置にいた。

「よう、アルト! 今日もクエストかい?」

「いいえ、今日は別件ですね」

「あんまり働き過ぎんなよ。20日連続クエストなんか、そろそろ身体が壊れっぞ!」

 ギルドに入れば、メンバーからの普通の挨拶が飛ぶようになったのも、ここ最近のこと。

 私達のギルド契約成立から21日が既に経っており、いい加減浮いていた雰囲気も無くなりつつ、私達はギルドここのメンバーとして完全に馴染んでいる。

 さて、そろそろすればいつものアレ・・がやってくるのだが……。


「よう、2人共! 今日も行くのか?」


 やはり酒臭いこの男。朝っぱらから酒に浸り、今日も今日とて悪ノリで挨拶してくるのは、もう仲良しレベルにまでなっているゴンズである。

「お、おはようございます」

「おはようございます。いい加減、酒を呑むのはやめた方がいいんじゃないですかね? 毎日呑んでると、直に壊しますよ?」

「ガハハ、酒は百薬の長って言うらしいじゃねぇか! お前の住んでいた国ではよう。いいことわざだぜ!」

 そう言うと、いつものようにジョッキを口に運び、いつものように下品な笑い方をするゴンズ。後ろでは、リズとケルディが一緒になって呑みふけっていた。

 今思うと、無駄な言い訳を教えてしまったと後悔する……。薬も呑み過ぎなら身体に毒だっつーの。妙な顔馴染みの身体を心配して何が悪いんだよ。


 この悪ノリも21回目。もういい加減他のレパートリーも欲しくなる頃だが、私は私で実はこの日常が結構馴染みあるものになっている。鬱陶しがっているように見えるが、これはこれで日常として割とすんなり受け入れているのだ。……いや、まあ鬱陶しいには鬱陶しいのだが。

 はっきり言うと心地よい。楽しいまでとは言わないが、悪くない。


 こんな毎日をこれでも堪能しているのだ。


 だが、そんな日々もいつかは断つ時・・・が来てしまう────。


「おはよう」

 後ろから女性の綺麗な声が聞こえてくる。

「おはよう、ロゼちゃん」

 挨拶を交わしてきたのは、あの半獣人ハーフの少女、ロゼことロゼリア・バーデルセンである。

「やあ、おはよう」


 あれからというもの、彼女はゴンズ達の話によってギルドメンバーの誤解が解かれ、このギルドに受け入れられつつあった。気にかけて話しかける人間も増え、以前よりも気持ちばかり表情が豊かになった気がする。

 それでも彼女を警戒する者が、多少は見受けられるが、あの時の疎外感は確実に薄れている。


 まあ、相変わらずの人見知りで、他の人との会話が進まないが……、周りが気さくな押しの強い奴ばかりだからそれも仕方なかろう。────ちょっとは彼女の気持ちも弁えてやれよ……。陰キャはそういう人間を凄く嫌うんだからさ。


 まあ、初めに話した私たちとはどうやら話しやすいようで、あれ以来毎日ベルと会話を楽しんでいる。ベルもベルで笑顔が絶えないので、これはこれで微笑ましい。

 この光景を傍から見て、何人も「パーティメンバーか?」と訊かれたが、あくまで彼女は協力しているだけである。正式にパーティメンバーとして認めたわけではない。言わば、私がゴンズらのパーティと組むようなものである。……てか、最近ゴンズ達にやたらと「一緒に行こうぜ」と誘いを受けるんだが……。もしかして、ストーカーだろうか。

 まあ、だとしても相手はプロだし効率も上がれば楽もできるため、こちらとしては取り分が減る以外むしろ好都合なんだが……それに免じて文句は辞めておこう。

 ロゼに関しては彼女が許せば、別にメンバーでもいいんだが……なんせこちらは無理が多いため、彼女の心配も兼ね、迷惑をかけるわけにはいかない。

 ベルはそれを承諾してついてきてるため、多少は責任を負うが、情けを掛ける気はない。そこは一蓮托生ということで。


「今日もクエスト行くの?」

 ゴンズ同様、同じ質問がロゼから飛ぶ。そんなに働き者認定されてるとなると、なんか勘違いされているよう・・・・・・・・・・で困る。私は、今後の生活で楽が出来るように今のうちに苦労しているだけで、実の話、楽できるなら楽したい。

「いや、今日は別の用事があってだな」

「ふうん……」

 答えを聞き、しょんぼりと耳を折り曲げるロゼ。期待してたところ悪いが、今日は別件である。申し訳ないが、今日は定休日なのだ。


 一通り会話を済ませると、私は受け付けまで足を運ぶ。

 背中越しにロゼとゴンズらのざわつきが感じ取れるが、私はただ事を成すのみ。


 カウンター越しに受付嬢が私を出迎え、口を開くや否や私はすみませんの言葉の後に、こう言葉を並べた。




 突然ですが、私のギルド契約の解約手続き・・・・・をお願いできませんか?




 何も知らない私とベル以外が沈黙に染まる。

 私は欲しくもない注目を浴びることとなった……。


■■■


「おい、待て待て! どうしたって言うんだ!」

 1人の男の声が室内で反射する。ざわつき出すギャラリー。

「そうだよ! 何があったのだい!」

「俺達が何かしたのか?」

 ゴンズに続けて2人も私に近寄り、話を掛ける。

「いいえ、別にあなた達は何も関係ありません」

「じゃあ、私?」

 発言に罪悪感を感じ、ロゼも訊きに来る。

 勿論、彼女も何も悪くない。いや、彼女だけでない。ここにいる全員が私が脱退する理由に一切の関与がない。

「じゃあなんでなんだよ!」

 感情が高ぶり、語尾が激しさを増す。

 流石に今回の一件は説明をしなければ、納得しないだろう。辞めるなど、理由もなくできない。そんな軽いものではない。


 私が口を開こうとしたその時だ。


「何事だ?」


 広い室内に通りの良い鶴の一声が響いた。

 それを耳にしたギャラリーは一瞬でそれに反応し、雀の千の声がガラリと止む。

 カウンター上、吹き抜けになり1階の様子が一望できる2階。そこに声の主は顔を見せた。

 ギルドマスター『ぜルファトル・ギル』である。


 その容姿を確認次第、各々が「マスター」と呼びかける。

 一方でマスターの方は事の発端が私であることを周りから推測すると、「成程な」と言って軽く笑みを浮かべる。騒ぎの内容を察知できているなら相当な観察眼だが、しかし場合が限定され過ぎている今の状況下に置いて把握するのは無理な話だろう。さしずめ、私が何か起こしたくらいだ。

 私を見つけるや否や、台詞を呟いた後にマスターは2階の手摺りに手を掛け、身体を乗り出し、飛び降りた。

 高さは4メートル弱。然程高いわけでもなく、勇気さえあれば誰でも飛び降りれる高さである。イキって格好つけてるようだが、さっきの成程という発言も含めて、案外様になっていないような気がする……。


 私の目前に着地し、数秒私の顔を睨みつけ、相手が口を開く。


理由わけを聞かせてもらおうか」


「!?」

 いきなり、状況説明よりも先に説明の要求。何も話していない。相手は何も知らないはずである。隣の男とも耳打ちはしていなければ、状況を理解していなかったようだったのだが……要点や筋を訊かず、抑えずして私の言ったことを思い浮かぶことがあろうか。否、ない。


 全て聞いていたのだろうか? 或いは────。


 それはさておき、こちらとしてはマスターの登場は好都合だ。わざわざマスターの方まで「世話になった」の一言を掛けに足を運ばずに済む。どうせ今から理由を話そうとも考えていたところだし……。

 大勢の視線を浴びながら、私は端的に理由わけを述べた。


「私は『自由主義』なんですよ」


 端的も端的。これを聞いて、周りの反応がいかにも「は?」と漏れてしまいそうに、理解が追いついていなかった。これに解釈を得ているのはマスターだけのようで、時が止まったかのような空気だった。

 流石にこれでは足りないと感じた私は、言葉を付け足す。


「あぁ、まあ要するに、私は『所属する』というのが嫌いなたちなんでね。大き過ぎる集団ならまだしも、それ以外には可能な限り、籍を置きたくない」


『所属する』ということは『縛られる』ということ。

 自分の全てを縛られるわけではないが、少なからず上に従わないといけなくなるとある分の自由が削がれる。

『国』などはどこにいても所属してしまうため、それは受け入れざるを得ないが、可能な限り、何者にも縛られたくはない。


 断言しよう。私が人類最大の『自由主義者』であると。私は誰においても断言できる。

 私は自由が好きだ。好きなことをして、好きなように生きる。

 ましてや誰かの傘下に下るなど真っ平御免だ。だからこそ、いざと言う時に上下関係の絶対命令が出るのが嫌で、今のギルド脱退要請に至るのだ。


「君が自由主義なのは分かった。だが、何故契約したのかね? どうせそうするつもりなら、ここに来る必要もないだろうに」

「こちとら、ただ冒険者登録しに来ただけなのに、ついでに契約まで済まして下さったのは、どちらさんでしょうかね」


 事実、冒険者登録証に記入したのは私だが、ギルド契約書に書かれたサインは受付嬢か誰かの筆写だろう。効果的に、それは契約とは呼ばず、力を帯びない。


 ちらりと受付の方を見やると、悪びれる素振りを見せる係の女性3人。基本、初心冒険者はギルド契約するため、ご好意で行ってくれたのだろうが、それが裏目である。

 癖なのは仕方ないが、一応確認は入れておくのはこういうのを防ぐためにも重要だ。

 その時に断れなかった私も私だが……。


「そうか……もう、来ないのか……」

 仲良くしていたゴンズ達が下を向く。その他私と面識のある数人のギルドメンバーは、少し悲しそうな表情を浮かべている。

 だが────


「悲しむのは辞めてくれないか? 別に


「は?」と2度目の呆れが漏れる。


「いや、別に私は『ギルド脱退するからここには来ない』とは言ってないだろ?」

「おい待て。当たり前のように言っているが、矛盾してないか? それ」

「矛盾などしていない。ゴンズさんなら知らないはずがないじゃあないですか?」

 ゴンズの頭の上にはてなマークが浮かぶ。


「ギルドは、ギルドメンバーだけしか来ないわけじゃないでしょ」


「────あ」

 ギルドはギルドメンバーだけのものではない。事務所のような働きを担っているが、どちらかと言うと、ギルドは個人のものではなく、公共のものである。

 大抵、ギルドというものは周辺の地域をリードしている。実際にここのギルドマスターも区長であり、「ギルドマスター=権力者」というのは周知の事実だ。

 つまり、誰でも利用できる。

 大体、掲示板なんてギルド以外にはないし、もし掲示板をギルドが独占していたらどうなるだろうか……。以前言ったが、冒険者は非常に儲けがいい。ギルドマスターともなれば、それ相応の収入が得られるのも、これまた真正。すると、あまりにもギルドという存在が力を持ち過ぎてしまうのだ。ギルドの収入はギルドメンバーの報酬のおおよそ10パーセント。大型のギルドとなれば、それこそ国家騎士に並ぶ程の権能。下手をすれば一国の兵力にまで達してしまう。

 しかし、そこは行政機関。きちんと対処がなされている。

 公共機関というのを利用し、メンバー数の上限を設定。クエストの最大表示数を公定。ギルドの収入を国家権力に匹敵しないように、調整しているのである。

 そして、その中に含まれているのが「掲示板の公共利用義務」。掲示板を誰でも募集し、誰にでも受けられるようにしてある。どの世界でも同様に制定されており、何処のギルドも対処である。恐らく、どこも義務化されているのは、そういう失敗があってのことだろう。


 つまり、野良の冒険者でも、更には冒険者以外でも行使できる。

 だが、冒険者が多く利用するのは、冒険者推奨のクエストが多いからだろう。わけの分からないクエストもあると言ったが、大半は「討伐」、「採取」、「探索」くらいのものだ。冒険者以外ではこなせないだろう。


「また来てくれるの?」

 悲しそうな目でこちらを見てくるのはロゼである。

 名残惜しさが全面に出たその容姿といい口調といい、気持ちの表れが分かりやすい。

「あぁ、なんなら明日だって来るさ」

 その答えに笑みが零れる。

 分かりやすい……。


「では、アルトさんとマナベルさんの契約書を解約致します」

 受付嬢が話を聞き、私達の契約書に手を出す。

「あぁ、待ってくれ」

 だが、私はそれを急ぎで止めた。


「……? 如何致しましたか?」


「解約するのは私のだけだ。ベルの契約は残していてくれ」


■■■


 この空気、本日何回体感する羽目になるのだろうか……。

 またもや私の言葉に違和感を感じたギャラリーが情けない声を発する。


「えっ、お前だけって……どういうことだ?」

 今度はケルディが話し掛ける。

「ベルはお前のパーティじゃあなかったのか?」

 当然の反応だ。私だけがギルドを脱退するとなると、必然的にパーティが分断する。

 だが……

「ギルドが同じでなくともパーティくらいは組めるだろ」

 共同討伐。私とゴンズ達がいつもやっていることだ。いつもやっているように手を組んでクエストに参加すれば、実質的にパーティは組める。

「それこそベルちゃんを残す必要はないじゃあないか!」

 確かにそれもそうだ。その程度の理由ならむしろギルドに残る必要などない。意味の無い行い。それならいっそ、2人とも抜ければことが早い。

 しかし、無論、これにも理由がきちんとある。


「あぁ、それはだな……

「それはですね、私がギルドに残る方が何かと都合がいいんですよ」


 覆い被さるようにベルが説明に乗り出す。ただ1人、私以外で意図を知っている彼女はどうしても説明をしたかったのだろう。

 ここは、ベルに任せるか……。


「例えば、『ギルドメンバー待遇クエスト』。これは残ってないと受けれられません」

 ギルドの財源はギルドメンバーのクエスト報酬のおおよそ10パーセント。ちなみに野良が得られる報酬は100パーセントで、ギルドから請求はされない。こうなると、収入がより多い、野良に冒険者が集中し、ギルドが成り立たなくなる。

 そもそもギルドの本来の役割というのは、徴兵。つまりギルドメンバーというのは国の雇われ騎士のようなものである。だが、騎士と違うのは、国がその実力を認めているか、そしてその役割が違う。騎士は街の「中」の警備や防衛を行う。一方でギルドは街の「外」の面倒事を担当し、それの処理を行う。騎士がいちいち外におもむきに出ては、その時にモンスターが攻めてこられた時に困るだろう。

最近では、国の兵士というよりは何でも屋みたいなイメージが定着している風潮にはあるが……本来はそういう役割である。まあ、実際、ほぼ機関的にはギルドは独立しており、管轄外みたいなところもある為、マスターが色んなクエストを募集しているのが原因だったりするが……。おい、よく聞いとけよ。あの愚痴を聞いてくれとか言ってた募集者クライアント

 騎士とギルドが全くの別物という認識は強いが、いざという時は結託し、ギルドが街の警備に着手したり、騎士が外の討伐に参戦したりする時もある。それはごく稀にしか起きないが、ギルドと騎士が裏で繋がっている所以ゆえんだろう。。

 かくして、国としてはどうしてもギルドは保持されて欲しいのだ。


 そこでギルドメンバーを死守するため、ギルドメンバー待遇というものがある。

 そのひとつが「待遇クエスト」。報酬がいいクエストをギルドメンバーだけが行えるようにする。こうすることでメンバーが辞めづらいと考えたのだ。


 ったく、多過ぎても少な過ぎても困るとは……調整も面倒だな。


「あとは、『応急処置対応』や『初心者処置』なども私には有難いですし……、他にも『連携店舗割引』や『臨時収入』なども魅力的なので……」

「成程な。でも、それって狡くないか?」

「契約書を隅から隅まで読んだが、ギルド規約に『野良冒険者との協力』は違反とは記されてなかったし、大丈夫なはずだ」


 つまりはこうだ。


 ベルが待遇クエストを受ける

 それに私が加担する

 クエスト報酬をベルの名義で受け取る

 それを私達2人で山分けする


 こうすることで2人共文句なく、しかも違反なくクエストを受けられるのである。

「ほう、考えたものだな」

 自分の拘りを守りつつ、ギルドメンバーと変わりない待遇を得られる。一石二鳥。

 これを説明して、ベルを納得させるのに、どれほど苦労したことか……。


「では、了解致しました。契約は解除致します」

 そう言うと、受付嬢は目の前で契約書を火の魔法で灰に帰す。

 後戻りはできない。が、後悔などない。

 もとより望んでいただけのものだし、最初から抜けるつもりだった。


 ちなみに2週間ほど様子を見たのは、交流を深めるため。何かと関係というものは大事なのだ。ここで会ったのも、何かに役立つ。と言うか、実際クエストで役立っているのが現状だ。


「残念だ。君という大きな戦力が削がれては、私も悲しさ極まりない」


「心もとないことを……」

 感情の篭ってない「残念だ」の一言に少しイラつきを覚える。


「短い間ではありましたが、お世話になりました」

 軽く会釈。そして私はそんな乾いた男を後に扉へと向かう。

 彼は擦れ違い際、



「────」

「……?」



 扉まで辿り着くと、マスターは口調を変え、まるでさっきの発言がなかったかのように言う。


「いつでも戻ってきてくれたまえ。何度でも私は君を迎える」


「それはどうも。では今日はこれで」


 私は疑問を抱いた。

 何故彼はああ言ったのか……。


 擦れ違い際、彼に言われた「君は後悔するぞ」の一言。私にだけにしか聞こえない大きさで、それが余計に意味を深くする。

 彼の助言に私は違和感抱きつつ、ギルドを出ていく。


 ギルドから嵐が去った。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る