第Ⅷ話 謎とは、案外可愛いもの

第一章 Life Is Dramatic


第Ⅷ話 謎とは、案外可愛いもの


「よくやった、小娘!」

「いやぁ、まさかあそこまでとはな」

「見直したぞぉ、ロゼちゃん」


 クエストを終えた我々は越に浸っていた。ひと仕事後の達成感。何とも言えない清々しさは、仕事を経験した者にしか分からないだろう。


 あの後の出来事と言えば、ロゼの大活躍、と述べれば大体は察しがつくだろう。

 無論、その場にいた私以外全員が驚愕としていた。

 誰も見たことのない、彼女の重い一撃。どうやって彼女が亡霊ゴーストを倒したかと言うと、それは無粋だ。言うまでもない。


 魔法? あの至近距離で、発動が間に合うと思うのか?

 私? 私は何もしていない。その必要もなかったし、する気も私にはない。


 ……が、この言葉だけでは少し語弊があるだろう。

 敢えて言うなら、「彼女にはそれなりの実力があった」とでも吐露しようか。


 ひとつ思い浮かべて欲しい。彼女は半獣人ハーフだ。

 元々、獣人ワービーストというのは、気性が荒く、五感に優れ、そして運動能力に長けている。

 前者の2つは置いておいて、この獣人ワービーストの特徴を彼女が持っていないのかと問われれば、そりゃあ持っているに決まっている。先祖からの遺伝ならまだしも、直結の獣人ワービーストの血が流れているのだから尚更だ。


 半獣人ハーフとは言え、その血を継いでいる彼女にもそれなりの戦闘力が伴っているのは明確の理。


 そして、彼女の戦闘方法は、剣でもなく、弓でもなく、魔法でもなく、肉弾戦だ。


 恐らく、リズも肉弾戦は得意なのだろう。獣人ワービーストの全てが全てで戦闘に優れているわけではないが、彼女はやり手だろう。私の目に狂いはない。


 さて、話が大分遠回しになったが、要するにだ。

 彼女は亡霊ゴーストを殴り倒したのだ。


 その勇姿はまるで獣のよう。いや、獣そのもの。獲物を仕留める血の通りを感じさせるあの動きには、実に人間離れしているというか、そもそも種族的に人間ではないというか、凄みを私達に植え込んだのである。

 だからこそ、私は手を出す必要もなかったし、する気もなかったのだ。それこそ、無駄で野暮である。

 その後、戦況は急激に進展した。

 元々、優勢ではあったものの、彼女の途中加入により、一気に片がついたのである。

 バッタバッタと敵を薙ぎ倒し、辺りにはボロの布で地面が見えないほど埋め尽くされていた。


 今回の美味しいところを持っていったのは、間違いなく彼女だと断言出来る。私がもっと本気を出していたなら分からなかったが……、だが、幸いなことに私が目立つのは回避出来たと言える。

 その点に置いては彼女を過大評価したい。よくやった。


 あれによりゴンズ達が彼女を見る目も変化している。

「何故始めは動かなかったんだ? もっと本気を出せば早く終わっただろうに」

「私の出番がないかなと思って……。他の人の活躍を奪っちゃいけないと思ったけど、私が何もしないのも悪いかなと感じたからちょっと頑張ってみた」

「遠慮しなくていいんだぞ? もっとやりたいようにやりな! 女は男に負けないくらい出しゃばらないと生きてけないよ!」

 あれからずっと、ヒーローインタビュー張りに質問や好評の雨あられ。恐怖はいつしか興味へと変化していたのである。

 始めの時よりも随分と扱いも空気も違う。話すらまともに入れなかったのが、今や話題の中心だ。


「今後の活躍に期待してるよ〜!」

「は、はい」


 しかし、人見知りなのは相変わらずのようである。


 一通り話し終え、雑談へと話の岐路を変えた一同から、ゴンズがこちらにやってきた。

「お前らもよくやったな!」

「あ、ありがとうございます」

 何を言うかと思えば、そんなことか。

「ありがとうございます」

「初陣にしてはよくやってたぞ!」

「ホントですか!」

「あぁ、ホントホント。だが、ベルちゃんはちょっと魔法の展開速度が遅いから、そこを鍛えるべきだと思うぞ!」

「は、はい! 分かりました!」

 この男もどうやら見抜いていたようだ。自分の戦闘をしつつ、周りもしっかり観察してるとは、貫禄が伺える。

「おい、お前も筋が良かったぞ」

「あぁ、そうですか。それは嬉しいです」

「太刀筋が玄人だったな。とても初心者には見えんかった。お前、何かやってたな?」

 観察眼が宜しいようで。自分の素性までバレそうで怖いな、この人。

「一応、騎士経験があります」

「やっぱりか! 通りで玄人だったわけだ!」

 ガハハハと高笑いするゴンズ。何が面白いのやらサッパリだが、まぁ、お褒めに預かっておこう。


 しかし、私の勘が外れるのも珍しいな。


 始めはロゼの加入によって、何か起きると確信していのだが、何か起きるどころか、むしろ良い結果へと運んでいる。

 いや、もしかしたらこれからかもしれない。本当の事件はこれから起こるのだろう。


 そう考えた私は静かに目を閉じ、逃れられないであろう運命を受け止めるように溜息をついた。


■■■


 しかし、また、これが嫌な予感の原因だったとは、思ってもみなかった。

 いや、嫌なことかどうかは定かではないが、どちらにせよ誤算だった。


 むぐむぐむぐ……


 口に物を入れるだけ入れている少女は遠慮というものを知らない。

 空腹というものは人間の3大欲求であり、七つの大罪のひとつにも数えられている。それは抑えられない人間の性であり、許容すべき事なのだが……それにしても、この少女はよく食べる……。


 あの後、ベルの好意によってロゼを食事に誘ったはいいが……この娘がよく食べるのを忘れていた。


 今日はベルが作る手筈だ。昨日の宣言通りにベルが作ったのは、アルゴンフォート (カルボナーラのようなもの)、ベルコロッサの冷風スープ、ラッケルとリーべの根菜サラダの3点。

 アルゴンフォートは非常にコクがあり、特にパスタの食感にコシがあるが程よく噛みきれ、喉越しがいい。

 冷風スープはそんな熱々のパスタで温まった舌を整えるのに丁度いい。ベルコロッサ (ニンジン)のシャキシャキとした食感を残しつつ、他の具材とも量のバランスがよい。

 アルゴンフォートの高いカロリーを抑えるように根菜サラダが、これまたしっかりと味を醸し出している。味は薄味だが、きちんとラッケル (ほうれん草)とリーベ (カブ)の良さが出されており、他を邪魔せず主張されている。


「どうですか?」

「うん、しっかりと素材の良さが出ている」

「美味しいわね」

「やったー! それは良かったです」

「だが、スープのスパイスが足りない。この野菜の量なら別にもう少し味を濃くしても良かったんだが……。冷たいものは味が濃くなる性質を気にしすぎて、いまいちパンチがない。次はレーガロッタ(スパイスの一種)でも加えてみるといい。ひとつまみだけでも奥行が出る」

「は、はい。分かりました」


 隣をふと見れば、ロゼがバクバクと容赦なくものを口に入れる。

 礼儀というものを知らないのか……。おべんとがついてるぞ。

「ロゼちゃん、ついてますよ」

「ん?」

 気づいたベルはハンカチを取り出し、彼女の頬を綺麗に拭う。一方のロゼは口にものを含んだままふくれっ面だ。

 何ともこう、微笑ましい……。


「でもやっぱり、アルトさんには適いませんね……」

「そんなことないぞ、ベル。家庭の味はレストランの味を上回るんだぞ。俺がいくらレストランで腕を上げようとも、君のような真心の篭った料理には適わない」

「そ、そんなもんですかねぇ」

 実際、どんな高級料理でも、親、ないしは彼女に作られた料理を前にすると味が劣るように感じるのを、他世界では検証されている。圧倒的大差だったそうだ。母は強し、ということか。

 自分も家庭の味は好きだ。レストランが決して愛情を注いでないわけじゃあないが、特に家庭料理からはそれが感じられる。誰かのためを思った逸品……これに適うものなんて、何処に存在しようか……。


 まぁ、今の私が、その愛情をまともに感じ取れるかどうかと訊かれれば難しい話だが……。


「もう1杯頂戴」

「もう5杯目ですよ、ベルちゃん……」

「美味しいから、お代わりしたいのよ」

「嬉しいけど……食べ過ぎも良くないよ?」

「その分動くからいいのよ」


 お代わりを繰り返し、気づけば10人前くらいありそうなスープの鍋はそこが見えている。サラダはボウルいっぱいにこしらえてあったが、既に空っぽだ。そこにドレッシングだけが溜まっており、もう食べるものが見当たらないくらいに綺麗である。


 はぁ、と溜息をつきつつ、ワインを口に含む。

 芳醇な香りが鼻を突き抜けるが、……彼女の食べっぷりがそれを邪魔し、全く頭に入ってこない。

 不味くはない。寧ろ美味いはずだが……。


 こんなの毎日になったらと思うと……、胃が痛むな……。


 もしかしたら自分の分まで食べてしまうんじゃなあないかな……。


 そうならないことを願い、再びワインを口に運ぶ。


 ────


 まぁ、ベルが楽しめればいいか。


 今宵のワインは甘みも苦味も丁度よいものだったが、酸味だけが異様に感じる気がした……。


■■■


「いいのか? こんな遅い時間に」

「いいのよ。私の親は私を心配はしてるけど、寛大でもあるのよ」

「どっちなんだよ……」


 夜9時過ぎ。

 夜の明かりがポツリ、またポツリと消えていき、人々が眠気を覚える中、少女が独りで帰ろうとしていた。

 流石にこんな夜道を帰らせるわけにもいかなく、「一晩泊まっていくか?」と尋ねたのだが、「親が心配する」とのことで、今彼女を見送るところである。


「なんなら私が付き添いもするが……」

「いや、別にいいわ」

 私が彼女を気にかけるが、その気持ちもスッパリと断切され、彼女は遠慮を即答した。少女を独りで帰らせる、こちらの身にもなってくれ……、一応誘って責任があるのはこちらなのだから……。


「まあ、親には念の為礼を入れといてくれ……」

「分かったわ」


 そう言うと、彼女は山の方へと歩き始めたのである。

 ここでふと思った、……何かおかしい。

「ちょっと待て、ロゼ」

「ん、何?」

「そっちに家なんてあるのか?」


 山の方角には明かりなんてものは、1点どころか霞みすら見当たらない。ましてや人の気配すらも感じないそこに、家があるとは到底思えないのである。


「うん。間違ってはないわよ」


 少女は迷わず足を運ぶ。「気をつけてね」と隣で手を振るベル。無論、モンスターを素手で倒す彼女を信じきれないわけではないが、心配は尽きない。


 闇夜で1人、ランタン片手に奥へと吸い込まれていく知人。


 そして、数秒のうちに闇に飲まれ、彼女の姿も明かりも消えて見えなくなってしまった。


「帰っちゃいましたね」

 若干寂しそうに、呟いたベルは、少し物足りなさそうだった。

 遠方の地域で出会った同年代の少女。

 仲良くなったようだったのなら、尚更一緒にい足りないのだろう。

「明日には会えるさ」


 謎の少女────確かにその通りかもしれない。


 彼女は謎だ。今日共に過ごしてきて、様々な彼女の性格が露見したが、それでも謎は多い。

 そう言われても仕方ないだろう。


 特に彼女の素性が分かっていない。

 何処に住んでいるのか? 何処の出身なのか?

 それはギルドメンバーですらまだ知らないのだ。


 だが、謎の少女とは言っても、所詮は少女。

 謎なだけで可愛らしい。


 謎というものも、案外呆気ないな────


 背伸びをし、欠伸を漏らしながら家へと入っていく。


 少女には結局、謎が残ったままだった……。

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