第Ⅶ話 初陣

第一章 Life Is Dramatic


第Ⅶ話 初陣


「よう、ようやくご到着か!」


 約束の時間が近づき、再びギルドへと足を運んだ私達3人はゴンズを含む彼のパーティと合流した。

 ようやくと彼は言ってはいるが、対して時間は過ぎていない。むしろ5分前に着いたのだから、キッチリ時間を守ってはいるのだ。

 向こうが幾ら待ったかは知らんが、きちんと集合したのだから、誤解を産む発言は控えて欲しいものだ。


 手を振りながらこちらを迎えるゴンズはもう1人の少女の存在に気づいたらしく、少し顔色を変える。ちょっと不思議そうな、そんな顔だ。


「今日はよろしくお願いします。ゴンズさん」

「おう、こちらこそよろしくな!ベルちゃん」

「よう、若僧! 待ってたぞ!」

 ゴンズの後ろで私を呼ぶ声がする。恐らくゴンズのパーティメンバーの1人であろう男性が、満面の笑みでこちらに呼びかけていた。私を若僧と表現しているが、彼も決して年寄りではない。20代後半辺りの茶髪。若々しい見た目に反して言葉が若干古めかしい。

「紹介する。こっちがうちの弓使いアーチャーの『ケルディ=オッサム』だ」

「おう、よろしく頼むぜ、若僧ら」


 ケルディが軽い会釈をすると後ろからもう1人が顔を覗かせる。

「やあ、兄さん、お嬢ちゃん。昨日ぶりだなぁ」

「……このパーティだったんですね」

 その人は、昨日私とベルが冒険者登録をする時に助言した、あの獣人ワービーストの女性であった。

 ふさふさの尻尾、鋭い目。容姿からして恐らく犬種ドッグスであろう。きちんと手入れがされた被毛は見ただけで気持ちよさそうで飛び込みたくなる。

「こっちが考古学者の『レズ=カルフーン』だ」

「昨日は自己紹介出来なくて済まない。改めて宜しく。新人のお二人さん」

 手を差し出すレズ。私達はそれに応えて手を交わす。

 ギュッと握られた手にはこれからの共同業務の協力の意味が込められている。


 軽く挨拶を交わしたところで、私はゴンズに呼び出された。

「ちょっと、こっちに来い」

「え、ああ」

 まあ、この少女絡みの事であろう。話す内容を予測しながら、彼女達には聞こえない距離でヒソヒソと話し始める。


「おい、アレってマスターの隣にいる奴だよな?」

「ああ、そうですが……」

 イエスの答えを聞いたゴンズは眉をひそめて、私にはこう言う。

「悪いことは言わない、もしアイツと関わるのなら、止めておけ」


「何故ですかね」

「奴は得体が知らねぇんだよ。奴が来て数日は経つが、誰も奴の素性を知らねぇんだよ」

「……」


「だから、悪いことは言わねぇから、奴と縁を切っとけ」


 詳しく聞くところによれば、彼女はギルドでは名前しか知られておらず、ギルドの受付嬢ですら彼女の素性を知らないらしい。一応、ギルドのメンバーであはあるらしいが、ギルドの契約書は発行されておらず、色々なことが包み隠されているらしいのだ。


 胡乱な者は誰であれ警戒する。人間にとって「無知」とは恐怖であり、どうしてもその恐怖から遠ざかりたがる。人間でなくてもそうだ。ドラゴンにおいても、スライムにおいても、奇妙な奴は警戒対象となるし、それに苦手意識を持つのは万物共通。仕方のないことである。


 この話においてはどうも裏で何かが行われているようで臭う。怪しい香りがプンプンしてくるのも否めない、が……。


「それはあくまで噂話でしょ」

 噂はあくまで噂。大体の噂は広まるうちに、誇張・改ざんを重ね、話が大袈裟になる。今回もその類が絡んでいるだろう。

 100%彼女を信じるわけではないが、しかし、彼女の意思も汲んでやらないわけにはいかない。


「もし、私達が厄介事に巻き込まれたら、その時はその時だ。私が直接、何とかしてやるまでです。が……」



「噂なんてハッキリしないもので他人をさげすむのは、間違っているんじゃないですかね」



 そう言うと、彼は何かを感じ取り、1歩後退する。殺気は出していないつもりだが、少し圧迫し過ぎたか。隠しておきたい私の本性がバレてしまう。


「そ、そうか、なら分かった」


 私の言葉に納得させられたのか、ゴンズは渋々と承諾した。


■■■


 アルデート王国南西部、隣国のレティア共和国の国境付近に位置するザルフェルリンの森────別名『下級の巣窟』。

 ジメッとした空気と隠れやすい茂みが魔物の心地をくすぐり、ここらの低ランクモンスターの多くが住処としている。

 レティア共和国とアルデート王国を繋ぐ道の1つが通っているため、ここに立ち入る者が多いが、度々モンスターに襲われる被害が起きており、その度に討伐隊が駆り出される。今回もその件である。


 神話と商業の街、プラスエイトから約30分。目的の地を目前として、我々討伐隊御一行はと言うと……。


「ガハハハハ!」

「それでよう、ケルディがさ」

「その話はもう何回目だよ、リズ。恥ずかしいからもう止めてくれ」

「面白いんですね、ケルディさんって」

「ちっ、違う!」


 これからクエストというのに、全くのお気楽ムードだった。

 私の買ってきた軽食を摘みつつ、談話に現を抜かしている。ったく、遠足じゃあないんだぞ。


 遠い目で彼らを見ていると、それに気づいたゴンズがこちらに近づき、背中を叩きつける。

「お前も面白い話ねぇのかよ! ガハハハ!」

 正直、このノリが1番鬱陶しい。会社の飲み会の新人弄り。ましてや今においては業務中なので余計にタチが悪い。頼むから、こっちの身にもなってくれよ……。最初から面白いのを期待されてハードルがインフレしてるじゃねぇか。

 とは言え、流石に2000年も生きていりゃあ、面白い話の千や二千、当然話せば尽きるはずもない。まぁ、その地域の定番ネタとかもあるので他世界の住民には分かりにくいものや、下手すりゃ分からないものもある。

 振られたからには応えるしかない。見せてやる、生命活動を101回も続けてきた人間の冗談を────。


「あれは、私が以前住んでいた村での話だ────」


 ────


 結果、大ウケ。


 当然も当然。こちとら2600年弱も生きてきて、選別に選別を重ねた至極の逸品ばかりだぞ。ハードルを上げようが私には関係ない。まあ、そんな談話だが、何度も何度も披露しているため、私にはもう笑いどころを覚えていないほどつまらない。……この話ってどこが滑稽だったのだろう。誰に聞いても、「知らんのかい!」と揃えられそうだが、まあ、楽しんで頂けて何よりだ。


 一方でこのグループから離れて1人。私の横を行く半獣人ハーフの少女、ロゼは場に溶け込めずにいた。

 無表情。私の漫談にもピクリとも反応せず、ただ隣を歩いていた。

 それを気にかけたのか、ベルが様子を伺う。

「ロゼちゃん、一緒に話さない?」

 恐らくだが、この状況を作り出したのはロゼ本人の責任ではない。かと言って彼女を警戒しているゴンズ達でもない。自然と、誰の所為でもなく、その形態になってしまったのだ。

 それは本人が1番理解しているだろう。


 下を向くロゼ。心中を察する。


「プププ……」

「!?」

 少女は笑っていた。下を向いて、顔を隠すように笑っていたが、声がそれを明るみにする。

 面白かったのならそれでよし。では、さっきの心配を返せ。


 兎にも角にも、討伐に向かう我らがパーティは、おおよそモンスター退治に向かうようでない雰囲気を醸し出しながら目的地まで足を運んでいく。


 大丈夫なのだろうか。


■■■


 森に這入った途端、辺りが一変する。

 薄暗く、どこか生気味悪い。まるで幽霊が出そうである。


 さて、目的地まで来た私達だが、ここからその討伐対象を探すのかと思いきや、別にそんな面倒なことをする必要はなかった。と言うのも、今回の情報によればそのモンスター自体が『大量発生している』とのこと。

 まぁ、今のこの状況を結論だけで述べると『うじゃうじゃいた』のだ。1や2のレベルではない。潜んでいるどころの話ではない。とにかく、どこに視線を向けても、そいつらはいた。


 ゴーストリッチー────七つの大罪の名を持つ神獣、「傲慢」の権化『魔王』が作り出した魔法を得意とする魔物、リッチーの成れの果て。リッチーの中でも魔力と怨念が強い者がこの亡霊ゴーストとなる。リッチー特有のフードを被り、亡霊ゴーストではあるが触れることが出来、剣や弓、肉弾戦における対処も可能。光属性魔法に弱い。討伐ランクC級モンスター。


 リッチーと聞けば、他世界では強そうに聞こえるが、実際はそうではない。この世界においてはリッチーの上位互換にウィザードというモンスターがおり、そちらの方が上位の討伐ランクX級である。更にそれの亡霊ゴースト、力を失ったモンスターだと言うのだから、オリジナルのリッチーの討伐ランクB級よりも低い。


 元々リッチーだった頃の持ち物であろう、ボロボロのフードが陰っていて闇しか目に入らない。こちらを見つめる双眸も、あるべきはず輪郭も、そもそも亡霊ゴーストである彼らにはあってないようなものである。だが、そんな彼らが私達を睨んでいるように見えたのは私の思い込みではない。彼らは確かに私達を敵視していた。


 それに対し、私達は戦闘態勢に入り、武器を構える。背を寄せ合い、誰にいつ攻撃が来ても対応できるように、自然と体形が形成した。


 ゆっくと距離を詰める亡霊達。

 互いに牽制けんせいし合う空間に、痺れを切らした一体のゴーストリッチーが遂に魔法を唱え始めた。

 その一体の辺りに、青白い蛍火のような光が相手を包む。

 光はマナで魔法を紡ぎ出し、亡霊の頭部上で具現化する。

 火の玉────まさに見た目通りのものがそこに現れた。そして、亡霊が振り上げた腕を勢いよくこちらに振り下ろした瞬間、火の玉がスピードを宿しこちらに襲いかかる。


「避けろ!」


 レズがそう叫ぶと、私達は声に従うように脇に飛び退いた。だが、そんなことは言うまでもない。あんないかにも危険な物体を素直に受け止める物好きが、ここにいてたまるか。

 火の玉は私達を二手に分かち、地面を燃やしている。しかし、これでも低レベルの火属性魔法だ。手加減を知らない魔物が、最大限で低レベルの魔法を使うとなれば、我々は少しの余裕が持てる。所詮、討伐ランクCと言ったところか。今の私では負けるような相手ではない。


 攻撃が外れ、ゴーストリッチー達は一斉に魔法を唱え出す。どんよりと暗みを帯びていた木々が、急に明るみが増し、傍から見れば辺りは青白く不気味に見える。


 攻撃に触発されて、私達は刃を向け、相手に向かって飛びついていく。


「とっとと終わらせて、酒にありつくぞ!」


 こうしてこの世界での、私の初めてとなるクエストの火蓋が切って下ろされた。


■■■


 リッチーは魔物の中では魔法のエキスパートであり、多種多様な魔法を使うことで知られている。今、私達の相手にしているゴーストリッチーも然り。火属性だけでなく、雷、氷、水、風から地まで、攻撃魔法のオンパレードである。

 私が戦っている後ろで、風や雷の音が止むことなく鳴り上がる。その轟音から、数で攻める亡霊ゴースト達の猛攻が伺えるが……。


「────遅い」


 私の刃が相手のないようであるような身体を切り裂き、フードを上半下半で真っ二つにする。亡霊ゴーストは文字には起こせない奇妙なうめき声を上げ、徐々に存在を薄める。声が聞こえなくなった時、その場にはボロボロのフードしか残っていない。

 幾らリッチーとは言え、亡霊となれば存在を維持するのに精一杯で、魔力は低下する。ましてやその速度など、魔法によってドーピングしている剣士のスピードに適うはずもない。

 一体を倒している間、他の亡霊は魔法を構築し、私に放たんとしている。しかし、それでも魔物は戦術など知るはずもなく、ただ私に火を放つ、雷を放つ、氷を放つ。私がそれに気がついているとも知らずに……。


「……!?」


 華麗に猛攻を避け、一気に距離を縮め、亡霊の懐に飛び込む。方向を変え、迫り来た私に亡霊は一瞬怯える。次の魔法を展開しようとするが、もう遅い。そのまま、為す術なく斬られ、亡霊は消失するしかない。


 本気はまだまだ。だが戦い慣れ過ぎているのを見られても怪しまれそうなので、程よいレベルに抑える。目立たぬためには本気を出してはだめだが、手を抜きすぎても逆に気づかれる。なんて疲れる作業だろうか……。


 一方でゴンズ達はと言うと……もう、表現するまでもない。流石だ。陣形が整っており、一体一体を処理するにも無駄がない。ゴンズは積極的に相手に攻め込み、ケルディがそれを補助、そしてリズがゴンズの零れを処理するという、それぞれがそれぞれの役割を果たし、それぞれを理解している。10年のキャリアは伊達ではないようだ。


 それに対しベルは……まぁ、一生懸命だった。

 なんとか敵の処理は出来ているものの、動きには無駄が多く、自分の防衛で手一杯だ。一つ一つの魔法の展開に時間がかかり過ぎている。

 こりゃあ後で魔法の指導だな。これからもっと強い相手と戦わないといけないかもしれないのに……。


 とは言え、初陣にしてはまだよくやっている方だろう。人によっては魔法に長けてはいるが、実践になると全く使えない奴もいることだし。あいつ、あの後どうなったのだろうか……。


 さて、ここで思い出して欲しいが、私達は6人で編成されている。私、ベル、ゴンズ、リズ、ケルディ……そしてもう1人、私達のパーティにはいる。

 そう、ロゼだ。あの半獣人ハーフの少女。

 さて、そのロゼは一体どうなっているか。


「おいっ、何突っ立ってる!」


 見たままを伝えると、ただ突っ立っていた。


 動かず、直立不動で私達の戦いっぷりを見ているだけである。怖気づいている様子はないが、どうして何もしていないかは謎である。遠慮している……のか? どちらにせよ、クエストに参加するには動いてもいいのだが。


 彼女の不審に気がついたケルディは急いで彼女の元へ。

「ったく!」

 文句を並べつつ、それでも彼女を護ろうとしている。その時、

「3体、そっちに向かった!」

 リズがうそぶく。

 3体の亡霊ゴーストがそちらに向かって飛んでいくのが私には見えた。一瞬の気の緩みが仇となってしまったようだ。

 おぞましい唸り声が、ケルディを追う。

「くそっ!」

 亡霊ゴースト達に目をつけたケルディは、身体を180度回転させ、杖を構える。攻撃体制に入った武具からは青白い光が漏れ、魔法が展開される。無駄のない、丁寧な魔法。素早く構成された現象は具現化し、亡霊ゴースト達に氷の刃を喰らわせる。

 瞬時に対応した彼に亡霊ゴースト達は適うはずもなく、落ち果てる。

 だが、相手には数という戦法があった。

「なにっ!」

 他の1体の亡霊ゴーストが、ケルディの隙間を縫うように通り抜ける。大量発生している彼らに戦法など存在しないが、まるで狙ったかのようなタイミングだった。


 再び魔法を展開しようとするケルディ。しかし、間に合わない。展開が丁寧な故、いざと言う時には遅れが生じる。それでも早い方だが、亡霊ゴーストが駆ける速さに追いつかない。

 亡霊ゴーストはロゼを目掛けてまっしぐらに飛んでいく。


「危ない!」


 そう叫喚したが、ゴンズにはもう遅い。

 魔法で間に合わない距離を詰めるにはあまりにも短過ぎる。

 それに反応するようにベルが構える。

「避けて! ロゼちゃん!」

 だが、ケルディが不可能な距離にベルが対応できるわけがない。


 ロゼに亡霊ゴーストが迫る。


 間に合わない。

 私以外の・・・・誰もがそう思ったその時だった。



 ドスッ────



 鈍い音と共に、亡霊ゴーストが跳ね飛んだ。

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