第VI話 謎の少女
第一章 Life Is Dramatic
第VI話 謎の少女
プラスエイト中央区、武器屋『ガレオン』────
街一番と|謳(うた)われる武器屋の店内で、剣を素振る青年が1人。
青年が振るった剣は、ビュンと音を立て、風が巻き起こる。
勿論、私ことセインである。
久々に銀の剣を握ったが、やはり感触が違う。斧なんかよりも重く、そして緊張感がある。素振りの許可を得て降るってみたが、やはり速さも扱いやすさも農耕器具とは違う。懐かしい。騎士の隊を担っていたあの頃がふと頭に浮かび上がる……。
「よし、これにするか」
扱いやすさ、強度、素材……どれをとっても中々の掘り出し物である逸品。名は『エクス・クレイヴ』。腕利き店主のオススメというのもあり、手に取った瞬間にその品質が伺えた。今まで数々の剣を扱ってきたが、その中でもかなりのものだ。
一方のベルはとは言うと……
「ベル、そっちはどうだい?」
「う〜ん。ちょっと私にはこれは重すぎますかね……」
彼女は専用の杖選びをしていた。
杖────使用者の魔法を高め、魔法の展開速度を高める媒体。どの杖にも魔晶石が埋め込まれており、杖によって扱うのが得意不得意な魔法の種類がある。杖の素材は鉄だったり、樹だったりするが、どの杖においても魔晶石によって重さが増し、使い始めは少し扱いづらい。
一応、ベルは既に杖を持っている。と言うか、この世界の人間は大抵そうである。魔法の杖を常に装備している。
だが、その杖というのは日常用の杖だ。小さな魔法しか起こせず、魔法の発動速度が早い、40センチくらいの大きさのものである。
私達が求めているのは戦闘用の杖。大きな魔法を起こせるものだ。大きさもそれに伴い、身長ほどに巨大化する。
しかし、杖というものは武器を初めて持つ人間には非常に向いているのである。
冒険者初心の者は大抵見た目とテンプレから剣を選ぶ。どこの世界においてもそれは当たり前のようなものだし、逆に剣以外の物を使うのが外道、みたいな風潮になっているのも否めない。
しかし、私はそんな風潮を差し置いて『杖』を是非ともオススメしたい。
一概に剣と言っても、女性は勿論男性にとっても重いためにまず初心者には扱いにくい。ましてやその重さによって、大抵の筋力不足冒険者は動きが鈍る。私だって剣を装備しているのと装備していないのでは若干の違いがあるだろう。
更に剣はとにかく、手入れが面倒である。予め剣には、刃こぼれしにくい加工や酸化しづらい素材を使っているが、それでも使い続けるにつれ、段々と質が落ちていく。毎日の手入れは必須であり、これがまた面倒なのだ。手を切ったりもするし……。
それにいちいち鞘に戻さなければならない、軽量化した剣は使いやすいが威力がかなり低い、修理にかなりの費用がかかるなど、まぁ、大変だ。
に対して、初心者には杖はいい。魔法が多少使えるならそちらを選ぶべきである。先程重いとは言ったが、全て鉄で出来ている剣に比べれば軽いもので、それに手入れも乾いたタオルで拭いてあげるだけなのでかなり楽だ。修理は魔晶石を変えるだけでいいし……。
それに魔力が切れれば、
過去に世界一守備力の高いと言われる魔物に、思いっきり杖でぶん殴ったが、全くひびすら入らなかった。
まぁ、ダメージはなかったが。
それに、RPGだって基本魔力を節約するために、雑魚相手だと魔法攻撃要員も物理で攻めるだろ? それと一緒だ。
「これなんかどうでしょう?」
「試してみるか?」
手に取った杖に、ベルは魔力を込める。体内のマナが光を生み出し、青白い光を帯びて、ベルもろとも杖を包み込む。
杖の選び方としては、特に魔晶石との相性が大事だ。
初心者にはマナ吸収量は少ないが、魔法発動速度が早いものの方がいいし、上級者にはマナ吸収量が多いが、魔力変換倍率 (魔力に変換する時に発動者の魔力に上乗せする魔力の量)が高いものの方がいい。
更に杖というものは、結構デリケートな側面があるため、臓器移植のように、マナが適合するものとしないものがあるのだ。
因みにその感覚は本人にしか感じ取れないので、人によって微妙に異なる。私においても、説明はしづらいし、したところで分からないだろう。
青白い光が段々とベルの周りから薄れていく。魔力の適合チェックが済んだのであろう。
「どうだい?」
尋ねるとベルはこちらを向き、ニコッと微笑んだ。
「私、これにします」
■■■
武器屋を後にし、準備が整った私達は取り敢えず昼食にすることにした。時刻はまだ11時にも満たず、少し早いが……。テイクアウトでもすればいいだろう。軽めにでも取っておくのが得策か。
無論、その昼食を取る場所もギルドメンバーから聞き込み済みだ。中央区、テヌレーヌ通りの一角にある、とあるレストラン。安く、味もいいらしいと皆が口を揃えて答えてくれた場所だ。
そこへ向かう道中、ベルがあのことについて触れる。
「アルトさん」
「ん? 何だい?」
「ギルドのマスターさんについてどう思います?」
あの鼻につく男、ギルドマスターの『ゼルファトル・ギル』についてだ。
「ああ、あのいきなりの攻撃についてか?」
「はい。私、思わず目を閉じてしまいました」
人が目の前で殺されかけているというのに、目を閉じるだけというのは些かどうなのであろうか……。彼女も、彼の戦意の無さに気がついていたのか?
「まあ、本当に殺る気はなかったからな。驚くほどでもないさ」
「でも、切り傷を負わせてますし、幾ら度胸試しとは言え、やり過ぎだと思います!」
「あのマスターが気に入らないのか?」
「はい、あまり好きになれません」
まあ、そう思うのも無理はない。確かに私も苦手なタイプの人間だ。権力を振り撒き、調子に乗ってはいるが、人を纏める才能のある奴。憎むに憎めないし、嫌うに嫌えない。要するに、簡単に言うとあぁいう奴は「ウザい」。
「まあ、それでもメンバーからは信頼されているようだし、それなりの実力もあるんだから、まだマシなものだろう」
これで実力もなけりゃ、ホントにクズでしかない。権力の分の技術が伴っているだけ、彼についていく気は湧くだろう。実質、彼にはギルドメンバーという仲間がいることだし。
ちょっと不機嫌なベル。その姿を他所に、ふと私は目に映った1人の少女に気を惹かれた。
「どうしたんですか?」
立ち止まって何かを見つめる私を見て、ベルもそちらに目を向ける。そして、彼女もそれに気づいたようだ。
「アルトさん、アレって……」
「ああ、分かってる」
数時間前に出会った少女。
ギルドマスターの隣にいた、1人の謎の少女。
フードを脱ぎ、顔全体を見たのは初めてだが、すぐにそれが彼女だと判別できた。
■■■
少女は、辺りをキョロキョロと見渡していた。まるで迷子のように、何かを探していた。
見た目の身長の低さもあって、余計に迷子にしか見えない。歳は私達よりも2歳ほどしか離れていないのだろうが……。
「何をしているんでしょうか?」
「さあね。迷子かなんかかな?」
私が適当に返すと、それを間に受けたのか「ちょっと声を掛けてきます」と彼女は少女に話しかけに向かった。いや、何となくで答えただけなんだが……。正直、何か厄介事が起こりそうで気が気でない。余計なお節介は面倒事しか呼び起こさないんだから、そっとしておくのが吉だ。
まあ、今回はベルの優しさに免じて、私も協力しようか。
「どうしたの?」
ベルがそう呼び止めると、少女も私達の存在に気がついたようで、こう返す。
「あ、あなた達はあの時の……」
どうやら覚えていたようだ。まあ、それもそうか。つい3時間ほど前だし。
声をかけた時点で私はとあることに気がついた。
「そう言えば、あの2人はどうした?」
ギルドマスターともう1人の男がいない。一緒にいたのなら近くにいるはずだが……。
「あくまで私はあいつの指示に従ってついて行ってるだけ。別に常に一緒にいるわけじゃないわ」
まあ、それもそうか。常に一緒にい過ぎても気持ち悪いし……って私とベルはどうなるのだろうか……。
「何か探してたの?」
「別に、あなた達には関係ないわよ」
強がる少女。嘘をついてることは丸分かりだ。
「でも、キョロキョロしてたよな?」
「だから関係ないって……」
「正直に言いなよ。楽になるぞ」
「ああもう。だがら、あなた達には関係な────
ねちっこく質問を続けていると、ちょっと鬱陶しく感じた彼女が声を荒らげる。
少女が台詞を言い終えるその時だった。
グゥ〜〜〜〜────
大きな腹の鳴き声が、辺りに広がった。
少女は顔を赤らめ、お腹を抱えて下を向いた。
可愛らしい、実に可愛らしい腹の虫を私達は聞いてしまったのだった。
■■■
「すみません。ラゲッジのコールスーを追加お願いします」
「はい、かしこましました」
ギルドメンバーから聞いた情報を頼りに、私達は紹介されたレストランへと辿り着き、軽めの昼食を取っていた。
但し、1人を除いて……。
「ここの人間じゃあないのか?」
「一応、ここの出身ではあるんだけど、数年間別の所で暮らしていたから、覚えていないの。戻ってきたのはここ数日前ね」
「で、食事できるところが分からず途方に暮れていたと……」
「昨日の夜から何も食べていないのよ」
ピクピク
「にしても、まだ11時だぞ? 昼にしちゃあ早くないか?」
「育ち盛りなのよ。女の子だって食べたい時は食べるのよ」
しっかりと朝食を取った私達の食事量はフィッチ・デ・リモート (サンドウィッチのようなもの)1人前なのだが、それに対して少女の食事量はガッツリと肉・飯・肉・時にサラダという、少女1人が食べるには明らかにボリューミーな品揃えである。見た目に比例していない。それは私がせめて頼むべき量なのかもしれないのだが……。
ピクピク
「しっかりと野菜も採らないとね」
そう言いながら、サラダをつまむ少女。
いや、コールスー (カレー)とザルガス (ハンバーグ)を頼んどいて、付け合せ程度の小さなサラダ食っても、全然割に合ってないだろ。量的にはメーン料理:5に対して、サイド:1じゃねぇか。
ピクピク
……に、しても、さっきから気になっているんだが……。
すると、私に代わってベルが代弁した。
「あのぉ……」
「ん? 何かしら?」
「その耳って、あなたは
ファンタジー世界には多種多様の様々な人種が暮らしている。魔法が得意で耳が長いのが特徴の
その中でも運動能力に優れ尻尾と耳が特徴の
さっきからピクピクと動いている、頭から生えた耳。猫のような、いかにもケモナー受けしそうな見た目である。雪のような白い髪に合った猫耳。それに幼くもスラリとし、肉付きの良い体型や、サファイアのような双眸などが噛み合って、見た目をより可愛らしさを引き立てている。また格好も、フードに隠れたボーイッシュな半袖とホットパンツと、彼女の肢体をより美しく見せている。
「あぁ、これ? 性格に言うと、私は
「私の母親は確かに
そう言いながら、少女はラゲッジ (米)を口に掻き込む。いや、そんなに急がなくても……。しかし、よく食べるな。一応、食べた分は自腹らしいが、もう少し少女らしく食べたらどうなのだろうか。私達は気にしなくとも、周りは気にするだろに。
■■■
「ところで、あのギルドマスターとはどういう関係なんだい?」
食事のペースも落ち着き、少女がデザートに入ったのを見計らって、私は彼女の身柄について聞くことにした。
この店特製のきのみジュースを飲みながら、彼女は口を開く。
「そんなパーティメンバーだとか、恋人だとかいう関係じゃないわよ。ただ、気には入られているみたいだから、ついてこいって言われたらついて行ってるだけ」
「えっ、じゃあ元々から知り合ってたとか?」
「ううん、ギルドに入ってから知り合ったわ」
そう言うと、再び手のジュースを吸い上げる。
ただ気に入られているだけ。
彼女はキッパリとそう言った。もしかして、あの男、ロリコンなのだろうか……。
すると、ジュースを吸い上げた少女は付け足すように喋り出す。
「それに……」
「私、あいつのこと嫌いだし」
あ、ホントに見捨てちゃうのね……、それもハッキリ……。
「だって、やたらと馴れ馴れしいし、権力振りかざしているのが何かと鼻につくし、一応ギルドには入ろうと思ってたけど、半分無理矢理あいつに契約されたし。私があいつについて行くのは、あくまであいつがギルドマスターだからに過ぎないわよ」
もう、ここまで来ると、我々が苦手なギルドマスターに少し同情が湧いてきた。酷い言われようだ。まあそれだけの事をしているのだが……。
ジュースを飲み終えると、彼女はご馳走様と一礼した。
それにしても、よく食べたな、この量。
成人男性の私でも食いきれんレベルだぞ。
「すみません、こちら出来上がりました」
「あ、そこに置いておいて下さい」
一方で、私達がテイクアウトに頼んでおいた軽食も出来上がり、店員がテーブルに置いていく。
それを見た少女は、私達に尋ねてきた。
「それ、何?」
「えっ、あ、まぁこれからすぐにクエストに行くから、ちょっと軽食を頼んだんだよ」
「ふうん」
「美味しそう……」
「今、食べたばっかだろ」
テイクアウトを鞄に仕舞うのをチラチラと見てくる少女。食欲旺盛にしても、食べ過ぎだろ。太るぞ。
「ところで、あなたはこの後どうするの?」
ベルが気に掛かって訊ねる。
「私もクエストに行くつもりよ……でも」
「でも?」
下を向きながら、少女は寂しそうにこう言った。
「メンバーが、いないの……」
「マスターはどうなんだ?」
「あいつは、ああ見えてもギルドのある西区の区長を務めてるの。結構忙しくて、クエストなんかついて行ってくれる余裕なんてないわ」
区長だと!? それは……驚きを隠せない。
あいつが区長で大丈夫なのか?
「他にはいないのか?」
「私、分かると思うけど人見知りなの。だから相手から誘いがないと、話しかけられないわ」
……って、おいおい。そんないかにも「連れて行ってくれ」ムード出されても……。いや、言っているようなもんだろ。目も心|做(な)しか涙ぐんでるように見えるし……。
するとベルがそれを憐れむように話しかけた。
「良かったら、一緒に行きませんか?」
それに目の色が変わる少女。
口調は変わらないが、明らか嬉しそうなのがもろ見えだ。
「ホントに?」
「うん。別にいいですよね? アルトさん」
誘っちゃったよ、やっぱり。知ってたけど、ベルなら誘うと思ったけども。
「まぁ、別に1人増えたとて、問題にはならないだろうし大丈夫だろう」
「だってさ」
まぁ、足を引っ張っても他に連れもいる事だし、なんとかリカバリーはしてくれるだろう。この少女が、どれほどの戦闘力があるかは知らないが、その分護ってあげるとするか。
今日はベルに従おう。今日くらいは、ね。
だが、私にはどうしても嫌な予感しかなかった。何か起きてしまう。何か、問題が起きてしまう気しかしない。
大体こういう流れは、イベント発生の風潮だ。私は知っている。
臨機応変に対応するのを心に決め、私達はパーティメンバーの1人となった彼女に名前を尋ねた。
「あなた、名前は?」
「私は『ロゼリア=バーデルセン』よ。よろしくね」
表情に終始変化はなかったが、彼女の感情が表情に出やすいのをこの時確信した。
彼女は少し頬を赤らめていた。
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