第Ⅴ話 度胸試し
第一章 Life Is Dramatic
第Ⅴ話 度胸試し
転生から4日目。次の日の朝。
野鳥の
時刻:午前6時半────
眠りが浅い私はまるで設定されたように起床する。勿論、目覚まし時計があるわけではない。まぁ、習慣だ。兵士時代に身につけた「一定時間起床」は私をゆっくりと寝させてくれない。頭はぼやけ、目はお眠なのだが、使命感からか身体が動く。別に何かに縛られているわけでもないのに……もうここまでくると病気にすら感じる。
とは言え、徹夜人間の私にとっては十分なほど寝たと言っていいだろう。約7時間、いつもは5時間もない私には珍しい。気持ちいいとは逆に、それほど疲れていたのだろう。その代わりに心ばかりか、身体が軽い。
さて、朝の日課と言えば、適度な運動これ一択。
気持ちの良い朝の日差しを浴びながら、若干疲れる程度にまで身体を動かす。身体を鈍らせない為にも、そして更なる運動能力の向上の為にも、どの世界でもやっている恒例の行い。
取り敢えず、目を覚ますために私は下に降りていく。
ベルの部屋の前を通り過ぎていったが、中から物音が一切しない。まだ寝ているのだろう。
私は彼女を起こさないよう、できるだけ静かに移動した。
洗面台の前に立った私は目の前の鏡に注目する。
写っているのは当たり前だが私だ。まあ、ここで私以外がいるのならそれはそれで怖い話になるのだが……。
しかし、改めて考えると、こうやってまじまじとこの世界の私の容姿を見るのは初めてである。街中でチラッとガラスに反射する私で大体の容姿は確認済みだが……まあ、顔のスペック的にはマシな方か。
可もなく不可もなくって感じで、少なくとも印象はいいだろう。中身さえ除けばイケメンに部類されるだろう顔だ。いちよう女性経験 (物理)があるので、どんな顔がかっこよく見えるかとか、どんな顔がモテているのかとかは把握しているが、正直な話、私が女性なら付き合っても良かったかもしれない。いやマジで。今では恋愛感情なんて芽生えもしないが、当時の私の前に現れ、コイツがナンパしてきたら流れで付き合っていたかもなレベルだ。……いや、この例えでは伝わらんか……。
だが、あまり喜ばしい話ではない。
私の顔は、2000年以上も昔の呪いを受ける前の、あの顔であって、これは言ってしまえば、偽りの私でしかない。いや、もしかしたらあの顔が真実の顔でもないのかもしれない。そもそも、身体なんてものは神からの授かりものであって、私が作ったものでもないのだから、真の私の顔なんてないのかもしれない……。まるでお人形さんだな。
はあ。どこまでも神が絡んでくる。鬱陶しい存在だこと。どれだけ恩着せがましいんだよ──なんて思いながら、私は顔を洗った。冷たい水が目を覚ます。脳を覚ます。
リビングに戻った私は部屋のカーテンと窓を開け、日差しを浴びながら、私は背伸びをする。実に清々しい。
新たな1日が始まった世界は、まるで何かを祝うように輝いていた。綺麗とは思えない。むしろ眩しいと思う程だが、どこか落ち着く私がいた。
深呼吸と共に腕を下ろす。
「さあ、始めっか」
■■■
いちっ!にっ!いちっ!にっ!……
朝の住宅街の外れに1人の掛け声が響き渡る。
そこには汗を流しながら斧を振り回す、1人の青年がいた。
傍から見ればどうだろう。危ないジェイソンのもどきか? それとも引き籠もりの木刀みたいなものか?
だが、その者の真意はそんなものではない。簡単に言えば騎士の名残りだ。騎士ではなくなったとは言え、剣術はまだ健在。その者にとっては1つの隠し芸みたいなものだ。それに冒険者となっては、いつ剣を抜いてもおかしくない。いざと言う時のために、剣士が剣を使えなくては笑い者だろう?
まあ、それは私なのだが。
因みに斧は倉庫に仕舞い込んであった、あの人の残し物だ。木こり用なのか、はたまた薪割り用かは知らないが、素振り的には重さも大きさも丁度良かったのだ。
他人の目なんか気にしていない。私は私の世界に入り込んでいて、周りが見えていなかった。
翌々思い返せば、数人のご近所さんが通り過ぎて行ったような……。まあ、細いことは気にしないようにしよう。
私が素振りをしていると、後ろの方でバタンと音がする。
気にせず、素振りを続ける私。
暫くすると、その音の方向から声がしてきた。
「おはようございます、アルトさん」
その声に、流石の私も振り返ざるを得ない。騎士たるもの集中力は乱してはいけないが……改めて考えると私はあくまで元騎士なので、まあ、別によろしい話なのだが。
その方を見ると2階の窓からベルがひょっこり顔を覗かせていた。
「おはよう、ベル。よく寝られたかい?」
「はい、お陰様で」
なんだこの会話は。俺は家の主ではあるが、別にホームステイ先のおじさんじゃあないぞ? この家は彼女のものであるはずなのだが……。
「何しているんですか?」
「見ての通り……って見た通りだとおかしな人か……。まぁ、素振りだよ」
「なるほど。アルトさんって剣術も使えたんですね」
「まあ、元騎士だからな」
「えっ、元商人じゃなかったんですか?」
「あ〜、……え〜」
そう言えば、彼女の前でそれも言ってたな。話がややこしい。
「ま、まあ、騎士の経験もあり、かつ商人の経験もあるんだよ」
「す、凄いですね……」
どうやら通じたようだ。物分かりが良くて助かります。
まあ、詳しく話したとてベルに通じるとは限らないし、一応こういうことにしておこう。
元騎士の元商人────なんか段々と増えそうだな、元の肩書き。次説明する時はどうしたものか……。
それはそれで置いておいて、さて、ベルが起きたことだし、そろそろ朝食にするか。
太陽の位置から、時刻的には……7時半か。
若い女性ならその時間が適正か。健康的だな。
「じゃあ、ベルも起きたことだし、朝食を作っておくよ。着替えが済んだら降りておいで」
「はい、分かりました」
私はそう言って家に戻って行った。
■■■
朝食を終え、朝のあれこれをこなした私達は取り敢えず、ご近所さんへの挨拶回りを行った。
午前8時半────
ごく普通の生活を送っている人なら、既に起きている時間帯だ。
いくら存在を知られたくない私とは言え、そこらの常識は弁えている。印象が悪くて悪目立ちしても逆に困るからな。せめて知っている程度の関係に落ち着くのが丁度いい────って、翌々考えれば、今朝の素振りで悪目立ちしてるんじゃないのか? ……ま、まあ少なくとも悪い人イメージはついていない……と願う。
上目だけの笑顔を振り撒き、取り敢えずの人付き合いを交わす。
さて、やるべき事を終えた私達は挨拶回りの足でギルドへ向かう。
中央にある大通りの巨大なギルド。
正面の門を堂々と開けると、そこにはやはり多くのギルドメンバーが騒いでいる。ガヤガヤ、ガヤガヤ……そんな擬音が頭の上に浮かんでいそうだ。
その情景は昨日と何の変わりもなく、酒を呑み、ほぼ全員が酔い潰れている。デジャブ……。ったく、なんて愉快な人達なんだ。
強いて昨日との違いを述べるなら、居眠りしている人がちらほらいるくらいだ。遅起きとは……子供でも今頃は起きている時間だぞ。
そんな面子にだらしないと思いながらも、私はそんなだらしのない人の1人に声を掛けられる。
「ようセイン、ベルちゃん、おはよう!」
「お、おはようございます、ゴンズさん」
酒臭い。2度も同じ匂いを嗅がせないでくれ。
彼はここに10年ほど所属しているプロの冒険家、名をゴンズ。荒々しい顔立ちと腕にある深い傷が特徴だ。昨日、私を迎えてくれたのもこの男だ。陽気で、馴れ馴れしくて、私にとっては至極鬱陶しい。
昨日の件の以降、無駄と言っていい新人弄りとウザ絡みで妙に顔を知られてしまった。酒でワンチャン名前を忘れていると思って期待したが……覚えられていたか。
ここは「おはようございます」と軽く流し、すぐさま本題に切り込むのが得策だ。相手のペースに持ち込まれるとすぐに無用な話が始まる。できるだけ簡潔にことを進めたい。
私は彼に尋ねた。
「ところで依頼掲示板はどちらですかね?」
「おお、早速クエストかい? 働き者だねぇ、この新人が!」
そう言うと、彼は私の背中を強めに叩いた。そこまで痛くはないが……だからこれがウザイんだよ。心はジジイなんだから、もっと労(いた)わってほしいものだ。
「掲示板はあっちだ、今日も良いクエストが仕入れられてるぜ!」
男が指差す先には学校の黒板の数倍はあるであろう掲示板が壁一面に広がっていた。そこには実に100は超える依頼リストが並ぶ。リストの上にリストが重ねられ、一部分は後ろが見えないほどになっている。
おい、ギルドメンバー。
呑んでないで仕事しろよ……。
軒並み重なっているリストの数々は多種多様で、内容も採掘だったり、撤去だったり、この世界におけるクエストも他の世界と同じところがある。冒険者がやるには疑わしいものが多々目につく。
『家の屋根に穴が開きました。塞いでください』
────大工に頼めよ……
『うちのペットが逃げ出しました。探してください』
────別にここに貼る必要はねぇだろ……
『最近、彼氏と別れました。愚痴を聞いてくれませんか?』
────知らんがな
ったく、頼むのはいいが、ここは何でも屋じゃねぇんだぞ。
その100を超えるリストの中から私は1枚のリストを手に取った。
『近辺の魔物が大量発生し、道が塞がれています。何とかしてください』
これなら至極冒険者らしく、やりやすい。
愚痴を聞けなんて依頼よりかはまだマシだ。
私はその1枚を手に取り、持っていこうとする。一方でベルはと言うと……まじまじとあのリストを見ていた。
いや、受けないよ? 愚痴なんて聞かんよ?
すると後ろから再び酒臭い匂いが漂ってきた。
「おう、アルト。これを受けるのかい?」
ゴンズだ。酒臭いから離れて欲しい。
「え、あ、まあ」
「ほう、討伐かぁ」
覗き込むように私の依頼リストを見つめる。何が言いたいのかは、大体検討がつくが……。
「もし良けりゃ、俺達が付き合ってやるよ」
やっぱりだ。
それに対してベルは……
「えっ、本当ですか!」
満更でもないご様子。
「あぁ、昼からならいつでも空いてる。分け前はそっちに譲ってやるし、初心者なら冒険者の何たるかを教えこんでやるよ」
初心者教育、と言ったところか。まあ、私も初心者を名乗っている以上、あまり目立ちたくもないので、ここは乗っかっておこう。もっとも、既に目立ってはいるんだが……。
「では、お願いします」
何故そっちに合わせないといけないのかと、半分思いつつ、私は
「よおし、じゃあ正午にここ集合だ! しっかりと準備しとけよ」
「はい、分かりました」
ニコニコと2人が笑みを浮かべる中、1人イマイチ乗る気のない私。
独特の雰囲気の中、1つの音とともに私達諸共、辺りが静まり返った。
────バタン
扉から現れたのは、2人の男性と1人の少女。
そのうち1人の男性は明らかに他の2人とは違うオーラを放っていた。
金髪でつり目の男。年齢は私より年上で、恐らく30代前半。腰に立派な剣を携え、身には数々のアクセサリーが煌びやかに輝いている。まるで貴族のように、自身の財力を示すかのように────。
静けさが支配する室内。その中で1人の女性がその元に駆けつけ、声を掛ける。
「おかえりなさいませ、マスター」
「あぁ、今帰った」
マスター。その女性の言葉に、彼が何者かを瞬時に理解した。
「よう、ゼルファトル、今日は早かったな」
「相手が相手だったからな、手こずらずに済んだ」
「マスター、今日もカッコイイですね!」
「ありがとよ、キース」
皆一人一人の歓声を浴びながら、ゆっくりと彼はギルド真ん中の階段に向かっていく。その通り道、私達の近くを通り過ぎる際、私達が視界に入ったのだろう。こちらに気づくや否や、向きを変え、私達の元へ近づいてきた。
「ほう、君達が新人か……」
そう言うと、男が腰の物に手を伸ばす。そして……
シャキン────
鋭い金属音を奏で、男の剣が刃を
彼はそのまま渾身の勢いで、私に向かって剣を貫いた。速く、美しく、そして強く。勢いよく突き立てられたた切っ先は風を伴い、辺りに轟音を立て向き抜ける。
剣先は私の頬を掠め、切り傷から血がスっと流れ落ちていく。
決して避け損ねたのではない。相手が本気でないのを見抜いたまでだ。
一方で、周りは騒然としていた。いきなり起きたマスターの飛んだ行いに誰もが開いた口が塞がっていない。男の隣に立っていた少女でさえ、目を疑っていた。
「一体、何の余興ですかね、ギルドマスターさん」
私が半ば怒り口調で言うと、ニヤリと不敵な笑みを浮かべ、男は剣先を引っ込めた。
「なあに、君の言う通り、ただの余興だ。『度胸試し』と言ったところだな」
「度胸試しにしては、かなり力が入り過ぎていた気がしますが?」
「手を抜いちゃあ、面白くないだろ?」
抜くにしろ、抜かぬにしろ、面白くない冗談だ。1歩間違えれば大事どころの騒ぎじゃない。……まあ、それほど腕に自信があると言うことか。流石ギルドマスターだ。
「ふん、私の攻撃に一切の怯みなしか。こりゃあ面白い」
そう言うと、彼はこちらに手を伸ばし、握手を求めた。
「肝が据わっている奴は大歓迎だ」
「私は『ゼルファトル=ギル』。よく来たな! 我がギルド『Griffon《グリフォン》』へ! 改めて受け入れよう、クレベルシュ=アルト。そしてレーベルク=マナベルよ!」
求められた握手に私は渋々手を差し出し、交わした。
その後、彼からの謝罪はなく、男は悠々と自身の部屋へと向かって行った。その後ろ姿は、まるで独裁政治の支配者のようであった。
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