第IV話 今日も1日が終わりを告げる

第一章 Life Is Dramatic


第IV話 今日も1日が終わりを告げる


「アルトさん。本当にこの家で合っているんでしょうか?」


 ギルドを後にした私達は、商店であらかたの買い物を済ませ、早速家へ帰宅することにした。……と言っても、頃は夕刻を迎え、山の嶺には陽がゆっくりと沈みかけていたのだが。結構、あの後のギルドでお祭り騒ぎのどんちゃん騒ぎに巻き込まれ、並びに新人歓迎会だの何だのと付き合わされたのだ。

 人混み酔いをするかと思うほどの大騒ぎだった。全く、静けさを好む私にはやはり似合わず、そして馴染めない……。早々に抜けてしまいたいのだが……、ベルが許すかどうか。

 まあ、その話は後に置いておいて、買い物は、何というか……とやかく疲れた。少女の買い物というのは、至極付き合いづらいものがあり、女の経験のある私だが、それでも男になって付き添うとなると精神的にも身体的にもくるところがある。荷物持ちとか……。

 だが、それはそれで仕方ない。相手は今を駆ける乙女なのだから……買い物する前から百も承知だ。


 主に内容は食料だが、他にもシャンプー(とは言うものの石鹸みたく固形だが)、タオル、歯ブラシなど、日用品も買い物の大半を占める。中にはこの世界におけるコスメや洋服、アクセサリーといった女子らしいと言えば女子らしいグッズがチラホラと……。いや、1つや2つのレベルではないのだが……。まぁ、これから稼ぐこととなるのだから、別に構わないが。ちゃっかりしている。


 さて、充実した(?)買い物話はここまでに、お楽しみの家といこう。


 家は街の郊外、住宅街の外れに位置していた。

 周りにもポツポツと家が見られるが、この家と隣の家とにそこそこの距離はあった。


 街の賑わいに対し、一方でのこの周辺は長閑(のどか)で、街とはまた違った良さを感じさせる。私好みの風情だ。こんな自分の好みにあった場所に住めるとなると、こちらも嬉しい他ない。あの男性に感謝だ。


 一方のベルはと言うと……

「ふんふふ〜ん♪」

 鼻歌を歌いながら身体を揺すっている。余程楽しみなのだろう。まだ子供と言ったところか。まあ、女の子らしくて結構なのだが。


 多少の嬉しさを胸に、私達は家の前に辿り着く。目の前には私達の住む家があり、あの人の住んでいた家がある。


 さて、期待の外観なのだが……。


「これで、一様間違いないみたいだな……」


■■■


 かくして、家は一軒家だった。

 それもきっちりとした、洋風の一軒家であった。

 まあ、街の外観から洋風なのは想像できたが……思ったよりも大きさがある。

 私が思うには、平屋でもっと農家のような家を連想していたのだが……平屋どころか二階建てである。男女2人が住むのに、これは広すぎる。広すぎて困る。

 外観だけ見るに、そこまで年数も経っていないと思われる。ペンキの禿げは少ないし、砂埃もあまりかかっていない。せいぜいあって築10年とみた。ったく、あの男(おおや)も粋な計らいである。いや、粋と言うよりは有り難いか。

 そう言えば、相手は世界旅行すると言っていたか。そんな大事をできるのならば、そりゃあ儲けているはずだ。流石商業の街か。もしかすればこの辺りの人間も、経営者や社長といった金持ちなのかもな。


 さてさて、家には呆気を取られたが、あまり外でぼうっとしているのもアレなものなので、取り敢えず次に気になる内装を見に行こうか。


「早速入りましょ。私、早く中を見たいです!」


 そう言うと、無邪気に家へ向かっていくベル。まあ、楽しそうなら何よりだ。


 玄関についた私は、あの男から貰った鍵を差し込む。無論、間違っているはずはないのだが、ちゃんとはまったことに1度安心を覚える。

 回すとガチャっと音が響き、ギィィという音と共にドアが開いた。明かりがついていないため、おどろおどろしくあったが夕暮れの光が窓から差し込み、部屋全体の様子が何となく伺えた。

 しかし、暗いのではどうしようもないため、辺りを明るくする。


 ふと、部屋の真ん中に垂れていた紐に気づき、それに触れる。照明のスイッチか何かだろうと、引こうとしたその時、パッと暖かい光が部屋を包み込む。天井にぶら下がっている照明が光りだしたのだ。

 だが、この世界に電化製品などといった科学技術が発展しているわけがなく、一体何なのかと疑問を抱く。確か、外に電線や電柱は無かったはずだが……。

 しかし、その仕組み(ギミック)はすぐに解決した。


「成程、魔晶石か」


 魔晶石────通称:魔石と呼ばれる鉱石。魔力の源である「マナ」に反応し、様々な魔法現象を起こすことができる。希少性が低く、誰でも簡単に手に入れられるが、石によって反応の規模が変わる為、質の良い物は高値で取り引きされている。マナの取り込みもでき、溜め込んだマナが底を突くまで反応し続ける。コスパが良く、少量のマナでも反応が起き、またその反応が衰えるまでに数十年がかかる。石の中では脆く、あまり加工には向いてない。人工による精製が未だ不可能。


 硝子の中に濁った黒い物体が透け、それが発光しているのが見て取れた。推測するに、光属性魔法の反応を起こす魔晶石だろう。

 そして恐らく、私が触れたこの紐からマナが吸収されたのだろう。通電ではなく通魔力技術がこの世界にあるのかと、少し意外性を持ったが、改めて感心する。通魔力技術を知っている人間にとって、興味深い事実だ。


 だが、ここで話すと長くなるので、内装の話に戻ろう。


「わあ、す、凄いですね」


 中の様子は、外観に引けを劣らずの洋風造りだった。入るとそこにはリビングが広がり、推定でも数十畳はある。ほんとに、無駄に広い。やはり2人で使うには勿体ないというか、十分が過ぎた。

 リビングの左側には脚の短いテーブルに、それを囲むように2人掛けソファーと1人掛けソファーが2つ置いてある。まるで展示場のようで、自分の家になるという心地がしないが……それほど手入れがきっちりとしていた。

 一方の右側は食卓用の6人は食事のできる長脚テーブルに椅子が4つ陳列されていた。いや、本当に家具屋の展示品みたいに、並べられていたのだ。

 しかし、それよりもこのリビングには目立つものがあった。

 リビング右端に位置する洒落たバーカウンターだ。明らかに主人の趣味なのだろうが、相手がもし未成年(1人は実際に未成年)だったらどう扱わせればいいのか……。シックというか、私達若者が住んでは明らかに浮く品だろう。……品と呼んでいいのか?

 そして、リビング中央奥。そこにはリビングの何処からでも目に捉えることのできる階段が設けられている。何処ぞのシェアハウスだろうか? 失礼な話、あの家主にはあまり似つかわしくないオシャレさだ。


 いや、にしても6人掛けテーブルなんて2人にどう扱えというのだ。パーティーでも開くのか? てか、夫婦の2人暮しにしても大き過ぎではないか……。4人も子供を作る気はないし、そもそも結婚する気すらないぞ。


 もうこの時点で腹一杯なのだが、他の部屋もまだまだ存在する。


 奥行があり、使い勝手の良いキッチン。

 地下にあり景色は見えないが、まるで旅館のような浴場。

 何百という服が掛けられていたであろうウォークインクローゼット。

 キングサイズのベッドがどっしりとその存在感を示す2つの寝室。

 幾ら買い物をしても埋まりきらないだろう倉庫。


 そして……


「アルトさん、見てください!」

 ベルに呼ばれて2階へ────


「ほう、綺麗だな」


 街全体が見渡せ、開放的なバルコニー。


 夕暮れに染まり、昼間とは一変と雰囲気を変えた街は、まさに絶景。

 感動した……とはならなかったが、家から見える光景にしてはそこそこのものであろう。ある程度高台にある特権だ。


 闇が刻一刻と迫り、次々と明かりが灯していく街並みにベルはうっとりとしていた。


 それを横から見る私。


 普通はこんな風に眺めてしまうのだろうが、それが私にはできない。

 別に羨ましい訳ではない。だが、他人と比べると、どうしても自分が人間でないことを叩きつけられるような気がしてならない。まぁ事実、人間ではないのだが……。


 太陽が完全に地平線に沈み、空の赤が黒に変貌する。


 うっとりとしていたベルは我に返り、こちらを見るや否や、ニコッと微笑んだ。


 それに微笑みを返す私。勿論、作り笑いだ。


「そろそろご飯にしましょう。私、お腹ペコペコです」


 そう言うと、急ぎ足でバルコニーを離れ、階段を駆けて行った。

 長年で培った『作り表情』。ベルはおろか、他人にも簡単には気づかないだろう。


 私は改めてそれに溜め息をつきつつ、階段を下りていった。


■■■


 夕食は主に私が調理を行った。

 まぁ、ここに来るまでの2日間、調味料はないものの、木の実やら獣の肉やら魚やらを使い、私が作っていたのだ。

「今回は私が作りたい!」とベルは言っていたが、(調味料)縛りなしの思う存分ふるえる料理に、私は今晩の夕食の調理を彼女に任せられなかった。……いや、子供っぽい話、譲れなかった。

 私は料理は好きだ。唯一、この無限ループ化している転生において、私が幸福に浸れる時間なのだ。どんなに忙しくても、食事に手を抜くことはない。できる限りの調理と味付けをするのが私のポリシーだ。


 さて、今回の料理は『アリリクツァエルのカルパッチョ』と『ラッシー・ゲル肉のステーキ』、『ガルゾフ(風)スープ』である。

 アリリクツァエルはこの世界における魚の名前だ。白身魚で脂が少なく、身がジューシーらしい。煮物やステーキに向いているらしいが、今回は主役のステーキを考え、あっさりとしたカルパッチョに仕上げる。

 ラッシー・ゲル肉は見た目牛肉に近い。今回はその中でも奮発して質のいい部位を買った。脂が綺麗に霜を降っており、焼いてもいないのに涎が零れそうだ。これは肉の味を十二分に堪能するため、シンプルにステーキにして戴く。

 ガルゾフスープというのは、他世界で私が好んでたスープだ。ガルゾフは野菜の名前で、カボチャのようなオレンジな果肉を持つ。残念ながら、この世界にガルゾフは存在しないので、今回はこの『キシュ』というこれまたカボチャに似た野菜を使用する。キシュを味見したところ、少し甘みが強く、ガルゾフのような濃厚さが少ないが……そこは調味料でカバーしよう。


 一方でベルはリビングでお留守番だ。ぶつくさ言いながら、本を読み、考古学の勉強をしているようだが……済まない、今日は作らせてくれ……。ホントに唯一の楽しみなんだ……。



 ────30分後────



 ようやくステーキが焼き上がり、全ての料理がテーブルに並ぶ。

 料理が綺麗に陳列されると、やはり達成感というか優越感というか、何か感じるものがある。いやあ、美味そうだ。

 匂いにそそられ、ベルがこちらにやってくる。

「うわあ、いい匂い」

「さあ、夕食にしようか」


 席につき、「いただきます」の声の後に早速ナイフとフォークを手に取る。


 そして口に運んだメーンの『ラッシー・ゲル肉のステーキ』。


「「……!?」」


 あまりの凄さに声が出ない。コレだ。これでこそ至福の時だ。やっぱり料理はこれ程拘らなければ……。出せないが、涙が出そうだ。


 2人とも無言のまま料理にがっつく。いや、食べ方は私もベルも上品なのだが、口に運ぶまでのペースが尋常ではない。

 ステーキなんか、口に入れた瞬間溶けるように柔らかく、両手のカトラリーが止まらない。


「すみません、負けました」


 食べる最中、ベルが両手を開け、ゆっくりと頭を下げる。

 一瞬、わけがわからず戸惑うが、わけが分かって更に内心が戸惑う。

「ま、まあ、素材が良かっただけだよ」

「いや、焼き加減とか絶妙ですし、このスープとか……隠し味とかあるんですか?」

「あぁ、スープには甘さを控えるためにレーヤクロース(調味料)を入れてみた。あとはローナン(香料)を少しアクセントに加えているかな」

「凄いです、確かにそう言われれば少し酸味と苦味があります。でもきちんと甘味を邪魔しないで、それでもその甘味を程よくしていますよ」

「そうか。口に合って良かった」

 私はそれをミガレット (パンのようなもの)につけて食べる。我ながら、味のバランスが取れている。パンが進む。

 一方でカルパッチョは箸休めならぬカトラリー休めに丁度いい。甘味と旨味で肥えた舌を程よい酸味が引き立ち、更に食欲が沸き立つ。


「こんな豪華なもの出されたら、私、明日の料理に自信が持てないです……」

「まあ、もう一度言うけど、素材の味もあるからね。何使ってもいいから、明日は任せたよ」

「これは、頑張らないとですね……」


 会話を挟みながらも、なお食事は止まらない。一緒に飲む酒 (ワインらしきもの)もマッチし病みつきなる。


 この世界でいうブランデー。『ラ・ゼルシュ・ドルシュ』32年物。

 少し値が張ったが、いい酒だ。奥深い味わいにもきちんと甘みがある。メーンの肉には丁度いい。


 ブランデーをゆっくり堪能していると、気づいたかのように、ベルが呟いた。


「そう言えば、アルトさんって成人でしたよね……」

「えっ、今頃かい?」

「なんか大人っぽいけど、いつも同世代に感じました……」


 まぁ、見た目はそうなのかもしれないな。

 だが、中身はバリバリ2000歳超えのおじいちゃんだぞ。


 そう思いながら、私はグラスの酒を飲み干した。


■■■


 ザバーン


 ふふんという鼻歌と共に水の溢れ出す音がする。

 それも当然、今、地下の風呂場ではベルが湯船に浸かっている。

 風呂場のドアを開けっ放しにしているためか、音が全て丸聞こえだ。……はぁ。私じゃなかったら危ないところだぞ。


 天然が混じっている真面目な彼女。異性に対してもそれなりのガードがあるはずだが、こんな無防備では……。

 私はそっとドアを閉めた。


 リビングに戻った私は机に積まれている本に手を出す。

 本屋から選りすぐり買い込んだ様々な部類の本だ。

 植物事典、動物事典、地形図本────そして神話。

 この世界を生きるうえで身につけるべき必要最低限の学びをこれで深める。


 今は旧神話第1聖書を黙読している。



 第1旧神話・第VI章・第Ⅴ節────



 汝、神ヲ以テ故ニ汝有リ。寄ッテ、汝神ヲ祀リテ神ヲ崇メルヲ為ス。



 だが、こういうのを読んでいると、時折馬鹿馬鹿しくなる。

 何が神だ。何が神話だ。神がいるからこそ人がいるのだから、人がいるからこそ神がいることにはならないのか?

 幾ら神が偉くとも、我々がいるからこそ、神が神として存在できる。

 何故、真と逆がイコールで結ばれていて、逆と真がイコールで結ばれないのか。どう考えても理不尽過ぎではないか?


 今宵の私も、そんな矛盾に呆れを覚え、第Ⅴ節を読み終えた時点で静かに本を閉じてしまった。


「神話、ねぇ……。」


 深めたとて、どうせ散る命には無意味な行い。ましてや恨んでいる一生のかたきの話。正直に言うと、どうでもいい。

 それでも読んでしまうのは、私に唯一残されているこの能力を遺憾無く使うためだろう。と、言ったところで、別に神から授かった○○とか前世から受け継いだ××とかいった特別な能力ではない。ただの記憶能力だ。

 記憶がいいだけ。ただそれだけの能力だ。

 無能だった私の今にまで残ってるもの。


 これだけは、私が私らしいと言えるものであろう。

 今の私が、呪いを受ける前の私と同じかどうかは別として。


 ────


 全く、自分のやってる矛盾さに、溜め息が出る。



 タッタッタッ



 そんな私をよそにベルが風呂から上がり、地下の階段を駆け上がる音が聞こえてきた。その瞬間、失いかけていた私の何かが戻ってくる。

「アルトさん。空きましたので、次どうぞ」

「あ、あぁ。早めに入るよ」

 そのままパジャマ姿のベルはキッチンへ向かう。乾いた喉を潤す為だろう。


 さて、ゆっくり浸かるか。


 そう思いながら、私は脱衣場へと足を運び始めた。


■■■


 さて、この3日間何があっただろう。


 見知らぬ世界に転生したと思えばドラゴンとの戦闘に陥り、チンピラに絡まれたと思ったら、不法侵入をする羽目になる。そして図書館で運命の出会い (?)をしたと思えば、国を追い出され、別の街で家を手に入れた。


 もう何がなんやら、事が多過ぎて身体が追いつかない。

 まあ、拠点が決まったからには、することは今まで通りである。

 朝起きて、運動して、朝食をとり、それから……。だが、今考えなくてもいいか。


 ベッドに横たわり、左の壁を見る。その奥にはベルの寝室があるはずだ。

 音がしないところ、もう寝静まったか。今日も今日とて、色々あったからなぁ。無理もない。


 さて、私もそろそろ寝るとするか。もう時刻はおおよそ11時過ぎ。良い子はとっくに夢の中である。まあ、私は子供ではないが。

 読書に夢中にはなったが、意外と早く寝ることになったな。徹夜は得意だが、休息は重要だろう。ここ最近、彼女の護衛の為、熟睡できた試しがないからな。


 天井から紐を握る。紐からは魔力が伝わり、徐々に明かりから光が失われていく。

 部屋は闇に包まれ、どっと疲れが込み上げたのか、睡魔が襲ってきた。

 私はゆっくりと瞼を閉じ。就寝する。


 寝た時刻は覚えていない。だが、早かったのは確かだ。



 こうして、私の101回目の転生、3日目の夜が終わりを告げたのであった。

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