第Ⅲ話 新たな冒険者の誕生

第一章 Life Is Dramatic


第Ⅲ話 新たな冒険者の誕生


「それは一体どういうことでしょうか?」

 耳を疑った、私は男の発言に対し聞き返した。

「言葉の通りさ、私の住んでいた家を貰ってほしいんだ」

 彼の発言に変化はない。彼は何の冗談も交えず、私に言い直した。

 勿論、これに驚かないわけがない。ただ、感情が薄いだけで顔には出ないが、いきなりの提案に内心は動転である。


「また、どうしてですかね?」

 聞き間違いはない。彼の声が小さいわけでも、はたまた掠れているわけでもなく、しっかりとはっきりと私の耳に入ってきたものなので、私は彼に理由を尋ねるしか他なかった。

 それに彼は優しく返してくれる。

「ちょっと妻と旅に出ようと思ってね……。もうこの地には、恐らく戻らないだろうから、家を買って貰える人を探していたんだよ……」

「……」

「ああ、お金は要らないよ。明日出立するから、そんな手続きも出来ないし、誰も住まないで廃墟になるくらいなら、誰かに住んでもらう方が家にとっても本望だろう」

「タダで譲る」という発言に少し揺すられる自分がいた。まあ、家を買える程の金を持っていないわけではないが……。そういうことなら有難い。罪悪感もないし、ここはご好意に甘えよう。

「分かりました。私で宜しければ、引き受けます」

「そうか……ありがとう」

 そう言うと、男は酒を口に運んだ。


 しんみりとした空気が漂う。

 これで終わりかと思ったが、情に触れたのか、彼は私が尋ねる前に話を始めた。

「実はね……」

「……」

「数年前、娘が行方不明になったんだ……」

「……」


 さっきから沈んでいた彼の心情が垣間見えた気がした。

 男が疲れていたように見えたのは、恐らく仕事ではない。これだ。娘の行方不明に落ち込んでいたのだ。


「それから、妻の顔から笑顔が無くなってね……ショックから、歩くこともままならない程になったよ……。勿論、自分も悲しくないわけじゃない。でも、妻の笑顔がもう一度見たくなったんだ……」

「成程……、それはお気の毒に」

 私は声をかけることしかできない。私が何かを言っても、何かが変わるはずもないが、これしかできなかった。


 あれは何年前だろう────。

 私も、自分の子供のような、教え子を失ったことがある。

 確か、29回目の転生だっただろうか……。


 気持ちは分からないでもない。むしろ、この店の中では彼を理解できる一番で唯一の存在だろう。

 だが、何もできないことに変わりはない。


「話が重くなってしまったね。老いぼれの話を聞いてくれてありがとう」

 そう告げた男はジョッキに余った酒を飲み干し、立ち上がった。

 そして、カウンターの上に、自分の酒代と私に紙と鍵を置いた。

「住所はここに書いてある。鍵はこれを使うといい。家具も部屋も掃除してあるし、一軒家だから、すぐに慣れると思うよ」

「────」


「じゃあな。冒険先でまた会えるかもしれないね」


 彼はそう言い残し、店を後にする。

 置いていった酒代には、私が頼んだあての代金も含まれていた。


■■■


「誤算だったな……」

「珍しいですね。アルトさんが誤算だなんて」

 彼女と知り合って、まだ3日なのは置いておいて、私にだって誤算の1つや2つはある。

 今回の誤算は、ただの聞き忘れだ。

 あのまま店を後にした私達だったが、肝心な事を聞き忘れていたのである。


「確か、この辺りですね、ギルドって」

「あぁ、この通りの左に曲がって突き当たりらしいんだが……」


 異世界において、人気のあり、初心者でもやりやすい職業────冒険者。

 そして、冒険者がクエストを受けるのには、まず冒険者登録を行い、冒険者の資格を得ないといけないのだ。

 資格とは言うが、そんなに難しいものではない。むしろ知識が無かろうが、実力が無かろうが誰でも登録できるため、どんな職と比べても簡単な部類に入るだろう。


 方法は、ただ、登録書に幾つかの個人情報を書き込むだけ。しかも個人情報と言っても、改ざんなんか当たり前のように行え、更にそれを確認されることもない。


 以前も話したが、それ程冒険者は仕事としてやりやすい。

 困ったら冒険者、と私達の業界(閻魔さんと私の間)では言われるほど、気楽で、そして簡単なのだ。


 街行く人に言われた通りに、通りを右に曲がる。

 そこには、ギルドの大きな建て物が見えるらしいのだが……。


「アルトさん、アレですかね?」

「うわぁ……、いかにもギルドギルドしてるなぁ……」


 街唯一と聞いたギルド。その大きさは広い街に似合った佇まいで、どっしりと通りの先に居を構えていた。


■■■


 中に入れば、いきなりどんちゃん騒ぎだった。

 何か大きなクエストでもこなしたのか、まだ昼過ぎなのに酒樽が開けられ、既に2、3の樽がすっからかんになっていた。

「料理持ってこ〜い!」

「宴だ、宴〜!」

 中にいるのは人種、年齢、性別様々なギルドメンバー一同。臀部でんぶから尾の生えた獣人ワービーストもいれば、耳の長い精族エルフもいた。そこはファンタジーと言ったところか。確かに、王都でもここにくる道中でも多種の人間が大勢いたような……。慣れすぎて、改めて思うと、これはこれで凄い光景なのだ。多人種が共存しているという、まさに理想郷。それがこの一室で表現されているような気がした。

「す、凄い賑わいですね」

 あまり慣れない雰囲気なのか、少し控えめなベル。正直、この空気に汚染され、こんな荒々しくなってほしくはないのだが……。いや、冒険者達を馬鹿にしているわけではないんだぞ?


 すると、私達の存在に気付いたのか、1人の男性がこちらに寄ってきた。

「おう! 見ねぇ顔だな。新入りかい?」

 酒臭い。いくらなんでも飲み過ぎだろ。

「まあ、そんなところですね。今回は冒険者登録しに来ました」

 そう言うと、寄ってきた男は声を上げる。

「おい! コイツらも冒険者になるらしいぞ!! 新入りだ!!」

 この台詞を聞きつけた冒険者達はこちらに振り向き、全員が全員で声を荒らげた。「うぉぉぉぉ!!」という爆音が室内に響く。耳が痛い。あまり注目されたくないのだが……。

 ふと見ると、ベルも私の後ろに隠れてしまっていた。……何コレ、可愛い。────いや、よく考えると迷惑してるじゃねぇか。


 まあ、これが冒険者……なのか?


 ────


 取り敢えず、私達は受付に案内された。

 男はそのまま飲んでいた机に戻っていくが、明らかに視線と存在を感じる……。じっと見つめる複数の目が……。なんかやりずらい。


「では、こちらの登録書にいくつかの質問を記入していただいて、終わりましたら、こちらに手をかざしてください」

 受付嬢の説明に素直に従い、スラスラと記入していく。気付けば、周りの騒がしかった喚き声が止んでいた。……お前ら、興味津々かよ……。

 五月蝿い声が止んだことで、1つ音が聞こえるようになった。私とは別のペンの音。パッと横を見ると、隣では同じようにベルも書いていた。

「君は登録しなくてもいいんだが……」

「えっ、そうなんですか?」

 慌てて、ベルは筆を止めた。

「冒険者になると、色々危険が伴う。例え肩書きだけ留めても、それは変わらない。それに君は考古学者だろ? 君は私が護るから、君は書かなくても────」

「大丈夫です。私にも魔法は使えます」

 彼女が反論した。ニコッと笑顔を振り撒いて。

 いや、可愛さで誤魔化さないで欲しいんだが……。


 正直に言うと、彼女には冒険者にはなってほしくない。

 そもそも、冒険者となると戦うことは不可避だ。つまり、私が挑む相手はそれなりの強さが伴うこととなる。となると、彼女と私では魔力において、月とすっぽん、格差が激しいのだ。

 私には彼女を護る義務がある。正確には、そんな義務はないが……護らなければならない。もし彼女も戦うとなれば、私が彼女を護れないこともあるだろう。


 そうなってはいけない。


 二度とあんな想いは……あんな過去は……繰り返してはいけない。


 過去にあった、あの悲劇だけは……。


 仕方なく、私は心を鬼にした。

「悪いかもしれないが、君と私では実力が違う。君の実力は知らない。だが少なくとも、私には適わない。もし、君が強敵と戦うこととなった時に護れないかもしれないんだ」

「……」

 私の言葉が伝わったのか、下を向く彼女。仕方ない。仕方ないのだ。これが最善なのだ。

「じゃあ、この記入でお願いしま」

「ちょっと待ちな」

 後ろから女性の声がした。

 その声の主は、こちらにコツンコツンと足音を立てながらこちらに向かってくる。私が振り向くと、彼女は私に自身の意見を述べ始めた。


「私は考古学者だ。私は冒険者になれば考古学を深められると、このギルドに入った」


 どうやら、彼女も考古学者のようだ。長い黒髪に眼鏡をかけ、いかにも賢そうな見た目をしている。長い耳と灰色毛並みから、どうやら獣人ワービーストのようだ。片手には酒の入ったジョッキ、もう片方の手には古めかしい本を大事そうに抱えていた。

 顔を見れば酒が大分入っているのか、真っ赤ではあったが、理性は保っているらしい。きちんとした呂律で喋っている。


 勿論、これに反論しない私ではない。

「確かに、ベルはあなたと同じ考古学者です。冒険者となれば、それなりに遺跡や洞穴の調査もあり、考古学者的には、利のあることかもしれません。しかし、私には彼女を護らないといけない義務があります。もし、彼女が重症を負えば、誰が悲しむと思っているのですか?」

 周りが動揺に包まれるのを敏感に受け取る。

 ごもっともな意見であるのは、自分自身でも理解出来た。


 だが、女という生物は、男よりも口を開く。

「確かに、君の言う通り、冒険者になれば危険が伴う。だが、それは私がが決めたことだ。私はそれを承知でこのギルドに入り、ギルドメンバーの1人として務めている」

「っ……」

「これは誰が決めたことじゃあない。彼女がどうするかは、彼女が決めるべきじゃないか?」


 数秒の無言が辺りを包む。そして、1人がこれに乗っかるように声を上げると、それが伝染し、周りも声を上げ始めた。

「そうだそうだ!」

「彼女が決まるべきだ!」

「あんちゃん、認めてやれ!」

 ガヤが激しさを増す。こうなれば私にも手が付けられない。

 彼女の言う通りなのも、また確かなのだから、反論すらもさせてもらえなかった。


 ちらっとベルを見ると、仲間になりたそうな目でこちらを見ている。

 そんな目で見ないでくれ。

「はあ……、分かった。君がやりたいようにやればいい。私に決定権は確かにない」

 私が彼女を認めると、彼女の目は更に煌めきを一層深めた。

「ありがとうございます!」


 その瞬間、再びギャラリーが沸き立った。

「良かったな、子猫ちゃん!」

「男だな、あんちゃん!」

 色んな歓声が飛び交うが……、五月蝿いぞ、お前ら。スポーツ観戦じゃねぇんだぞ。見世物じゃねぇんだぞ。いちいちしょうもないことで勝手に盛り上がんなよ。ったく、酒が回りすぎだ。


「さすがパートナーだ。ピンチになったら、ちゃんと護ってやれよ? 騎士(ナイト)さん」

 考古学者の女性に耳元で囁かれた。余計なお世話である。


 スラスラと登録書を書き上げたベルは、そのままその紙を提出する。


「では、この名義で冒険者登録、並びにギルド登録致します」

 そう告げる受付嬢に私は慌てた。

「ちょっ、ちょっと待ってくれ。私は別にここのギルドに入りたいわけじゃ────」

 そう言ったが後の祭り。書類には印鑑が押され、そのまま受付嬢はギルドメンバーリストの中に書類を仕舞い込んだ。


「新しい冒険者の誕生記念だ! もっと盛り上がるぞ!」


 流されるまま、色々と済まされる事柄。

 大人数の圧力は、流石の私でも抗うことができない。ったく情けない、いくらこういった状況を経験してきたのか……。


 それに対し、嬉しそうなベル。喜んでくれているだけ、まだ良いものか。

 まあ、そのうちギルドを抜ければ事ないか。早めに抜けなければ……。私はガヤガヤしたところは苦手だ。

 あまり引き延ばせば、抜けづらくなるしな。


 騒ぐ周囲。盛り上がるギャラリー。

 誰一人、これに楽しまない者はいない。空気は歓喜の色1色で染まっている────。



 しかし、私はまだ知らなかった────



 このギルドの裏に「闇」が蔓延はびこっていた事を────。

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