第Ⅱ話 不法侵入者達
第一章 Life Is Dramatic
第Ⅱ話 不法侵入者達
「どうするんですか? アルトさん……」
「さて、どうしたものか……」
プラスエイトの街門。モンスターや犯罪者の侵入を防ぐために造られたその外壁は、近づくほどその存在感を帯びる。
だが、その巨大な城壁はなんの悪意のない者達をもシャットアウトしてしまう。
1つ忘れていたことがあった。
「私、交通許可証なんて持ってませんよ……」
この街門をくぐるには、交通許可証が必要であったことを。
「とは言ってもなあ……、私も持ってない」
「そんな……交通許可証がないと、街に入れませんよ?!」
つい3日前、私は王都に不法侵入を犯した。それは交通許可証を持ち合わせてなく、門番に門前払いされたためにある。それはこの街でも同様のようだ。
それもそのはず、この街もあの王都と同じ国に属す、ゆわば国内の街である。ここにも、
しかし、こうなれば自然と答えは1つに絞られる。
なあに、至極単純な考えだ。……ったく、またやらなければならないのか。
「よし、ならば仕方ない」
私の思いつきに、どうしたのかと尋ねるベル。それに対して、私は何の悪びれもなく、彼女にこう言った。
不法侵入しか、手はない────。
■■■
勿論、大反対のベル。いつも以上の剣幕で捲し立て、私を説得しようとした。
「止めてください! いくら街に入るためとは言え、犯罪を犯すのは止めてください!」
どこまでも真面目な娘だ。まったく、私とは大違いである。いや、私が頭が飛び過ぎているのか? もう、どちらが間違いか分からない。
対して私、アルトはそれに抗い、逆にベルを丸め込もうとする。
「いやいや、ベル。よく考えてみろ」
「何がですか」
「私達は、他人に迷惑をかけたくてこの愚行に及ぼうとしているのか?」
「い、いいえ……」
「法律は、国民が平和に暮らせるようにするための規約だ。だが、今の私達は、その平和を害するような事をしていると思うかい?」
「そ、それはそうかもしれませんが……」
そもそも、「法律」なんてものは上目だけで裏を返せば、そんなものお構い無しの無慈悲な
所詮、ただの決まり事。形として存在しているわけでもないため、守るべき意思が薄れる。例え神とやらが命じたことでも、容易く破り捨ててしまうだろう。
────だが、こんな暴言、当然ベルに話すわけにもいかないので、心の内に秘めておくことにした。ストレスって、こういう風に溜まるんろうなあ……。全てが開き直っている今の私には無縁だが。
「それに────」
無理やりにベルを納得させた私は飛行魔法の準備をする。身のマナが熱を帯び始めた。
「バレなきゃ、犯罪として裁かれないだろ?」
「っ!!」
悪ガキ風に発した言葉が彼女を吹っ切れさせた。可哀想だ。真面目な娘だったのが、私の言葉1つ2つで、不真面目に変えられるとは……。原因を産んだ人間として、せめて哀れんでおいてあげよう。
しかしこの台詞、どこかで聞いたことあるような……。
ま、どうせ生きていれば、人の道の1つや2つは踏み外すことはあるし、まず完全に正しく誠実な人間なんていないだろう。そいつこそ化け物じみている。
私の台詞を聞くなり、彼女はは背中にしがみついた。
少し不安そうだが、私はそんなヘマはしない。
「ところで、どういう風に超えるんですか?」
「飛行魔法を使って、この外壁を超える」
「へぇ────」
「でも、ギルティアでは衛兵に見つかってましたよね?」
「い、痛いとこ突いてくるなぁ……」
よく覚えていたと感心する。
旅の途中でちょいと話したことなのだが……、記憶力がいいことで。
「ま、まあその辺については策はある。大丈夫だ」
そう言った私は自身と、自分の背中にいる彼女に
論なく、彼女にもそれは気づいてないようだ。
マナに意識を集中させ、魔法を展開させる。
マナが身体を覆い、そのエネルギーは飛行魔法へと具現化、変換される。
魔法としての実態を帯びたマナは、私達を宙に浮かせた。
「ほ、ホントに浮いてる……」
どうやら飛行魔法を使うのは初めての様子。ベルは興味深く、下を見下げた。
「よし、じゃあ飛ぶぞ」
そう言った瞬間、身体がスピードを増し、上へ、上へと昇っていく。少し速度を出し過ぎたのは否めないが、仕方あるまい。
コスパが悪いこの飛行魔法は時間が勝負。早め早めの目的地移動を余儀なく強いられる。
「は、速くないですかぁぁぁぁ!!」
速さに驚き、ベルが悲鳴をあげる。更に下を見下げてしまったのか、悲鳴がより大きくなった。
「あまり大声をあげないでくれ。存在阻害魔法は、外観を見えなくしても、音自体は消せないんだから」
「そんなこと言いましてもぉぉぉぉ〜!!」
キャーという悲鳴が可愛らしいと内心思いながらも、背中にいることもあり、彼女の声が耳に近い。
私はジェットコースターか。そんなに悲鳴をあげられるとは……少し、失敗したかもしれん────。
────
「ふう、思ったより魔力が余ったな」
地面が足裏で認識できたのを確認すると、私はすぐに魔法を解いた。
燃費が悪いこの魔法の軽量化でも試みないといけないな。時間がある時にやっておこう。
さて、ベルはどうなのだろう。
まさか泣いてはいないだろうか。
あれだけ叫んでいたのだ。泣いていてもおかしくはない。と言うか、あの時既に泣いていたかもしれん。なんせ風で声が流されて泣き声かどうかなんて判断しづらかったからな。
「ベル、大じょ……」
大丈夫か? と声をかけようとした後ろでは、声どころか意識さえ失った少女が、辛うじてくっついていた。
「し、失神してしまったか……」
そう言えば、飛行の頂点に達した時くらいから一切の声が途切れていたような……。ピタリと止んだ時は、耳鳴りでもしているのかと思っていた。だが、まさか失神とは……。
背負う彼女を見ていると、何故か哀れな気持ちに包まれる。
何にせよ、1つ彼女について知ったことがある。
「高所恐怖症ですか……」
■■■
背にベルを負い、舞い降りた街の路地から広場へと移動する。
今のこの姿を見ると、どう思われるのだろう。
これこそ、恋人に思われるのではないか?
私達へチラチラと向けられる視線に、気づかない私ではないが、そう思われては心外である。
広場のベンチの前まで着いた私は彼女を横に寝かせた。
私の上着をかける。スヤスヤと吐息を漏らす寝顔は、どこか苦しそうだ。そこまで
────
ふと、喉が渇いた私はベンチで未だ起きない彼女を他所に、少し席を離れることにした。
近くにカフェがあったのが幸い、ふらっとそこに立ち寄り、サッとジュースをテイクアウトで買う。無論、私だけ買うのも如何なものかと、2つ注文した。
ベンチに戻るも、ベルはまだ夢の中だった。
やはり苦しそうな寝顔は悪夢を連想させる。起こしてやるのもまた親切かもしれないが、それはそれで彼女に悪い。
私は苦しむ彼女の隣でジュースを飲んでいた。
────
あれから、それ程時間の経過はなかったが、感覚的にはかなりの時間寝ていたような気がする。
横で寝込んでいた彼女がムクっと目を覚ましたのだ。
可愛い唸り声を上げながら目を擦る彼女は、やはり寝心地が悪かったようで少し不機嫌そう。
「やっと起きた、大丈夫か?」
声をかけると、彼女は眠そうな声で「大丈夫です」と答える。でもよく考えなくても、こういう時は大丈夫とどんな人でも時でも答えるに限る。私の知る限り、あの騒ぎようは大丈夫じゃないだろう。
ふと思い出したように、私は片手のジュースを差し出した。まだ冷えている。
私のジュースを手に取り、ストローで彼女は吸い上げた。
寝ぼけていた眼が、パッと覚める。
「美味しい」
「だろ」
今、彼女の飲んでいるジュースは「ピスカル」という木の実のジュースらしい。
13種類の木の実をその場で絞り、果汁だけで混ぜ合わせる、100%無添加の品だ。街ではかなりメジャーな飲み物らしく、酒と割ることもあるそう。肝心の味は、程よい酸味と後からくる甘みが口の中で見事なハーモニーを醸し出す。大人の舌でも違和感なく飲めるものだ。店によって分量や仕入先が変わるらしく、味に多少の変化があるらしいが、私も飲んでみて美味いと感じた。
全てを飲み干したベルは幸せそうな笑みを浮かべる。
気分転換になったのなら本望。それなら良かった。
一段落したところで、次の行動に移る。ベンチから立ち上がると、彼女が私に質問してきた。
「なんとか立ち入れましたけど、この後どうするんですか?」
「そうだなあ、取り敢えず宿を探す。酒場辺りで情報収集でもして、1週間ほど滞在しようと思っている」
「へえ、そうなんですか」
「あと……」
「あと?」
そう言ったその時────
ぐゥゥゥゥ~
彼女の可愛いお腹が鳴いた。それに顔を赤らめ、下を向くベル。
ま、予想はしていた。私だって、そろそろ飯時だ。お腹が空いている。
「そう言えば、お昼、食べてませんでしたね……」
■■■
こんな娘が、こんなむさ苦しい酒場にいていいのかとは思うが、彼女は何も気にせず笑顔を振り撒き、目の前に運ばれてきた食べ物を綺麗に食べている。そこは少女と言ったところか。食べ終えたスープの皿を見るが、飲み残しもなく洗った後のようだ。別にそんな店ではないんだがなあ……。几帳面だ。
早々と平らげ、空腹を満たした私は席を外した。
「ちょっと情報収集してくる。ゆっくり食べていていいよ」
「分かりました」
そう言った私は、カウンター席に腰をかけた。
隣には男性が1人、昼間から酒を飲んでいた。
「この街の人ですか?」
私の不意な質問に、ゆっくりと返事を返す男性。
「ああ、そうだよ」
男性は少し痩せていて、どこか疲れていた。何かの仕事の後なのか、気力が弱い。
見くれは細々と弱々しいが、しかしよく見るとガタイがいい。恐らく、以前はそれなりに筋肉もあったのだろう。
「1つ聞きたいことがあるんですが……」
「おう、何かね? 旅人のようだが、私はこの街には詳しい方だよ」
私はカウンターにいたウエイターに酒のあてを頼んだ。簡単に作れるそれはすぐに目の前に出される。
「あなたもどうぞ」と言って、私はあてをつまんだ。飲んでいるのは水だが、相手は酒なので、合わせるに他ないだろう。
自分の席から持ってきた水を飲みつつ私は尋ねる。
「この辺で、いい宿屋を知りませんかね」
「じゃあ頂くよ」とあてをつまみつつ、酒を口に含み、男は言う。
「これからどうするつもりかね?」
明らかに、彼の返しは会話が合わない発言だった。少しその答えに戸惑いながらも、私は取り敢えず、今後の予定について少し述べる。
「そうですね、これから1週間くらい、この街に滞在してから、拠点を探しに街を出る予定です」
「拠点、かね?」
「はい、まあ拠点があった方がなにかと都合がよいかなと……」
「ほう……」
私がこう返事をすると、男は柔らかい笑みを浮かべていた。
少し不気味だ。相手の意図が読めない。
再びあてを口に放り込み、酒を飲んだ男は私に向けてにやけながらこう言った。
「君、もし、その拠点にする場所が『
私の家を、貰ってくれんかね?
その時の男の目は、なんの悪意もなく、純粋でただ虚ろだった。
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