第Ⅰ話 神話と商業の街

第一章 Life Is Dramatic


第Ⅰ話 神話と商業の街


 王都ギルティアの西方、アーレム街道。

 木々の間を縫うようにつくられたその道は、朝は優しくとも、昼間は厳しい陽の光を和らげ、少し涼しげになれる。


 その道を、話しながら歩く影が2つ。1つは黒い服で身を纏った、高身長の青年。もう1つは清楚で大人びている、蜜柑色の髪の少女。私「クレベルシュ=アルト」こと「セイン=S《スカー》=アルトシュタイン」と、彼女「レーベルク=マナベル」の2人である。


 101回目の転生が行われて、あれから3日が経った。

 転生早々、ドラゴンに襲われ、チンピラに絡まれ、国に追われという災難が度々重なったが、今はそこそこ平和に落ち着いている。

 まったく、私の人生はどれだけ劇的な人生なのやら……。一体どれだけ私を苦しめたいのだろうか。神を恨みこそすれ、ここまでの仕打ちを受けるのは、筋違いにも程がある。

 いつか神とやらに会ったら、文句で罵ってやりたいところだ。


 さて、あれから私達がどうなったかと言えば────、進展なしと言うか、あれ以上も以下もない状態である。

 まあ、最初は違和感で距離はあった。だが、旅に出て2日でなんとか会話が産まれる程度までには打ち解け合うようにはなれた。別に仲の悪い者同士ではないのだが、誰だって一緒に生活するとなると、なんとなく気遣いや遠慮は生まれるだろう。いや、それでも2日で慣れるのは流石に早いか……。何分、常に2人で過ごすため、いつまでもそんな居心地悪い雰囲気なのは、いくら何でも耐えられないだろ。

 この1日1日、一時一時が濃く、長く感じる────。二千年以上も生きているような化け物が、たった3日間を長く感じるとは、いやはや、遂に時間に対する感覚が一周回って正常になったのではないか。寧ろ、その方がありがたいかもしれないが……。


 彼女と話をする最中、突然心配そうに、彼女は言った。

「ところでアルトさん」

「ん? 何だい」

「これからどこに向かわれるつもりで?」

 ベルに質問されて、そう言えば行き先をまだ伝えていなかったことを思い出す。

 一見、何の宛もないように思われるが、そこには勿論、抜かりはない。

 確かに私達は、半ば強引に国を飛び出してきた。ベルが心配そうになるのも不思議はない。だが、別にただなんとなく西に向かっているわけでもない。


「これから、『プラスエイト』に向かうつもりだ」

「成程、『プラスエイト』ですか」


 ベルと出会い、語学や情勢など色々と教えてもらったあの国立図書館。あそこで私は世界地図らしきものを目にしていた。

 地理を知ることは、旅をするうえでは、言語を操る並に重要なこと。それに元より、王都に長居する気もなかったがために、私には次に立ち寄る街を調べておく必要があったのだ。それを踏まえると当然である。

 別にその時に調べなくても、2、3日滞在する気ではいたが、再び訪れるのもめんどくさいだろう。だが、1日で離都する羽目になり、それが功を奏する結果になったのは、やはり見ておいて良かったと思うべきか……。

 何にせよ、できるだけ早く物事を済ませるのは最善の策ではあるようだ。


 因みに、王都に長居したくなかったのは何故かと言うと、単純に人が多すぎるのが苦手なのだ。別に人の多いところに住めないほど、人見知りが過ぎるわけではないが、ただ、私はあくまでも平和主義者なので、のんびりとした平和の感じられる郊外辺りが丁度いいのだ。

 地図の見る限り、プラスエイトは田舎ではなさそうだが、ギルティアに比べれば8分の1程度の広さであるのは確認出来た。恐らく、それなりに栄えてはいるのだろう。流石に発展途上の街で、生活に不便過ぎても逆に困るってものだ。


「『プラスエイト』は、主に金鉱山で栄えている街です。今でも多くの金が採れ、中心部はギルティア程ではありませんが、それなりに栄えているらしいです。結構、歴史深い街で、街の北西部には大きな『聖アリア大神殿』があり、世界二大宗教である『聖アリア聖教』発祥の地となっています」

「やけに詳しいな」


 スラスラと出てくる発言には活気があった。その理由は────


「私、元国家考古学者志望ですから」


「いや、それは理由にはならないだろ」

「理由になる関係大ありですよ」


 この会話を聞かれたら、果たして私達はどのような関係に見られるだろう。友人? 仲間? 下手をすれば仲つつまじいカップルに見えるのだろうか。いや、無理が過ぎる。だって精神年齢的には、16歳と2602歳だぞ。いくら歳の差でも、もはや超絶級どころの騒ぎではないだろう。そもそも、恋人をつくる気も、恋に目覚める気もさらさらないが……。


 これから向かう街に嬉しそうな彼女は、こちらに向かって満面の笑みを浮かべ、こう言った。


「『プラスエイト』は、第二旧神話に載っている、『クアバル』という街なんです!」


■■■


 神々が人間を地に創ってから約100年。

 時期的には今からおおよそ7000年前、人々は自分達を神々の下、最初に生まれた街、『ガラガーナ』を中心に大きな街を造り、世界に散らばっていった。

 そうして2番目に造られた街────それが「クアバル」である。


「まあ、考古学者志望の君には、興味深い街────と言ったところか」

「はい、一度来てみたかったんです」

 あれから数時間経ち、私達は目的地「プラスエイト」に辿り着いた。

 高台から街を見下ろすと、ベルの説明通り、南東には大きな鉱山らしき山が見られ、北西には何かしらの像が見える。ここから距離はあるはずなのだが、それでも見える神殿は、その規模の大きさを想起させる。そこは世界二大宗教と言ったところ。


「ところで、何故『クアバル』から『プラスエイト』に名前が変わったんだい?」

 私が何気に発した言葉を聞いて、ベルは自慢げだった。気持ちは分からないことはないが……、まあ話させてやろう。

 口を開いた彼女は、自身の知識を披露するように話し始めた。

「それは約6000年前に、この街が神によって一度滅ぼされたことによります!」


 ────


 6000年程前、この街は今のように金の産地であり、非常に栄えていた。

 そもそもこの街は、神「グリモワール」が人々に貨幣経済を学ばせるために、人々に造らせた街である。そのためこの街は「商業の街」として知られ、今も神「グリモワール」は「商業の神」として祀られている。


 しかし、神のこの行いは、人々の心に「欲」を生み出した。

 その「欲」は人々の間で広まり、いつしか金を巡って戦争が行われ、人々を荒んでしまうこととなる。


 これを知った全知全能の神、神王「アルトシュ」は、欲を植え付けた原因として神「グリモワール」を処刑。一方で「欲」を生み出した街として「クアバル」を滅ぼした。


 一度滅んだ街「クアバル」だったが、その後、新たな神「アリア」がその街を復興され、その街の守り神として君臨した。

「アリア」は、街「クアバル」を、二度とこのような「欲」による争いを起こさないように、「欲」を司る七つの神獣、「七欲神獣」を創り出し、この街を「プラスエイト」とした。


 ─────


 簡単に彼女の講義を纏めると、大体こんな感じである。

 確かに、私にもベルにも興味のある話ではあったが、かなり解説が回りくどく、そして自信満々なのが気になる。

 まあ、それは良いことにしておこう……。


「それは、グリモワール様も報われないこって……」

「まぁ、可哀想ですよね。別にグリモワールはただ街を創って、人々に貨幣経済を教えただけなのに、その教えた人間達の責任で処刑されるなんて……」


 まったくだ。人間は愚かである。

 過去にそんなことが起こってもなお、人は欲を求め、同じことを繰り返す。私も例外ではない。


 だが、それがそうなら、人間を創った神々もまた愚かであり、この世の全てが愚かなのだろう。


 神────私が憎む相手。恐らく、そんなのは人々が生きているうえでは、お目にはかかれない程の存在なのだろう。空想ではないが、実在するかどうかも疑わしきもの。


 無論、私も会ったことはない。


 良き神、悪き神。もし憎むならば、人々は悪き神を憎むだろう。

 この場合、グリモワールが良き神。アルトシュが悪き神だ。

 だが、私が憎むのは、悪きも良きも関係なく、その分類も私には事をなさない。


 私が憎むのは、いつだって神全体であり、「1つの神」ではない。


 ベルには酷かもしれないが、「ざまあないな」と思う心が、その時私の内にはひっそりとあった。

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