エピローグ
序章 The New Life
エピローグ
陽は部屋を光で染め、辺りを明るく照らす。
暖かい木造のこの一室は、寝るのには広いが、気持ちが良すぎる。
時刻は午前の8時頃。あの一頓着から約1時間を挟み、ようやくあの店主と打ち解け合う程になっていた。……と、言ってもあの後すぐに向こうが引いてくれただけなのだが……。めでたしめでたし、というわけである。
目覚めた私は大きな
「よう。もう目覚めたのかい?」
後ろから声をかけてきたのは、あの時の店主、もといベルの
「まぁ、いつもこの程度の睡眠なので」
「にしても、たった1時間の睡眠じゃあ、身が持たなくないかね?」
睡眠と言うよりは、仮眠の時間だろう。1時間など、果たして睡眠時間に含まれるのだろうか、と言ったところだ。
この身体がこういった短時間睡眠に慣れるかどうかは、これから知っていく話だが、そもそも私は睡眠時間をあまり取らない人間だ。
商人時代では、寝る暇を惜しんで仕事に励んでいた時もあったり、騎士時代では、敵軍の奇襲に備えるためにほぼ不眠で戦場にいたりしていた。その所為か、精神的には睡眠に時間はあまり掛けなくても済まなくなった。これは良いことなのかは正直、健康的良くないとは思うが……、色々と便利ではある。
今回も、寝ないでも良かったのだが、流石に1日も経っていない身体で不眠不休は無理が過ぎるため、ご好意に甘んじて休息させてもらえることにした。それにしても1時間はとは思うが、まぁそれは置いておこう。
そんな声を掛けてくれたグラコスさんは、私にマグカップを差し出す。
「ホットミルクを入れた。どうぞ」
「ありがとうございます」
有難く受け取る。寝起きの身体には丁度良い飲み物だ。
一口、口に運べば、ほのかに甘い香りが口に広がり、脳を活性化させる。
「美味い……」
「それは良かった」
朝に飲むホットミルク。ミルクではなかったが、あの日々の事が浮かんでくる。懐かしき、そして楽しきあの友との日々────。
「カルヴァン……」
「ん? 何か言ったか?」
ボソッと発した独り言だったが、グラコスさんにも聞こえていたようで、すぐに誤魔化す。
「いえ、何も」
他世界には心残りを持ち越さないようにしている私だが、二千年生きても、まだ引きずっているのを自覚する。学習力がない、未熟。一体いつになれば成長するのかと、改めて思った。
まぁ、どれだけ成長しようとしても、私自身はいずれ退化するのだろうが……。
ミルクを飲み干した頃、グラコスさんが私に声を掛ける。
「アルト君」
「はい、何でしょう」
何かを隠すように魔法石を磨くグラコスさん。気恥しそうに、彼は言った。
「あ、その、さっきは済まなかった」
「もういいですよ。って言うか、何回目ですか、謝るのは」
あの後のこの人の謝罪は、もう土下座を通り越して何か逆に私が悪者のような気分になった。……いや、まぁ、誤解されるようなことはしていたが、本当に彼の謝罪は何故か攻撃的だった。
重い、重すぎる。そもそも、この人は自分に責任を置きすぎている。
まぁ、そこは叔父とは言え、ベルの親戚と言ったところか。もしかすれば、この人の弟、ベルの父親もそんな人なのだったかもしれない。
少し微笑ましい。
そう言えば、あいつも責任感が人並み以上だったな。普段はあんなおちゃらけなのに……、戦場となれば人が変わる。
────
もう、あんな思いはしたくない。
若干和やかな雰囲気の中、グラコスさんは魔法石を磨く手を止め、こちらを見やった。真剣な眼差し。そして口を開く。
「アルト君。義娘を頼んだよ」
何を言い出すかと思えば、そんな事か。勿論、と言いたいところだが、私は何も返さなかった。
これは結局、渋々の許可なのだ。私は孤独が丁度いい。他人とは触れ合うべきではないのだ。だが、今更「それは無理です」と言うわけにもいかないし……。
興味を持たれてるところ、やはりいつかは私の心理に迫るかもしれない。その時は、どうするべきか……。
まあ、別にいいだろう。
所詮、事実も事実。彼女が、この世界が信じようが信じまいが、私を分かる人間は私しかいないのだから、私の過去を話したとて、その事柄はどうでもいい話なのだ。
だが、どっちみち個人的には詮索はされたくないが……。
────
ところで、私と行動を共にするのであれば、それなりに危険なこともあるかもしれない。例えば、国に喧嘩売ったり(因みに、このことはグラコスさんは知らない)、「ヒュードラ」とかいうドラゴンと突然戦闘に入ったりと、今の時点で危険なことだらけの私と行動を共にしていいのかという問題が生じる。
これだけは保証できない。あくまで自己利益優先の私は自由にしか動かない。その時彼女は本当に私についてこられるか分からない。
「本当に、私が彼女といて、いいのでしょうかね……」
ポツリと呟いた言葉に、再び魔法石磨きを始めたグラコスさんが答えた。
「私は人を見る目はあるつもりだ、アルト君。君は、あの泣かなかった義娘を泣かせてくれた。涙というのを教えてくれたんだ」
「────」
別に私はそんな真意があって彼女を
本当に、そんな不順な理由で────。
「君には感謝している。だから、義娘が君についていくというなら、私は止めない」
「────そうですか……」
私は感謝されるべき人間ではない。
皮肉なものだな。感謝されたくない人間が感謝される立場になるとは……。
思わず溜め息が出る。
タッタッタッ────
奥の階段から、若々しい足音が聞こえてくる。
その主はこちらに来るなり、私に挨拶をした。
「もう起きられたのですか? おはようございます」
可愛らしい笑顔は、今度こそ本物だろう。
何かが吹っ切れ、ようやく彼女の本質が普通に伺える。
「おはよう、ベル」
彼女はおめかしをしていた。いや、これから行くのは冒険……でもないかもしれないが、そういった旅に出るのだが……。
彼女は可愛らしい洋服で包まれていた。花の中の蝶のような……、可愛い。娘にしたい。
薄いピンクのスカートは清楚でありながら可愛いさを表現し、それに合わせる洋服は純白でより彼女を引き立たせる。
これは冒険服なのか?
「どうですか? 義父さん」
「うむ。可愛いぞ、ベル」
溺愛も程々にしてくれ。どう見ても、冒険服ではないだろう。
旅路が心配だ……。
────
私の指摘で、彼女は服装を変えた。
旅行じゃないんだから、その辺は
少し地味にはなったが、それでも十分可愛らしい。
「さて、行くか」
空間移動魔法を展開し、ワープ空間が目の前に現れる。流石に犯罪者が王都の出入り門から堂々と歩いて通るわけにもいかない。
人が多くなってきたが、気づかれる前に出てしまおう、というのが私の考えだ。
「じゃあ、行ってきます」
「行ってらっしゃい」
玄関で二人が挨拶を交わす。
これが最後になることは薄い。恐らく近いうちにまた訪れることになるだろう。
しかし、これは儀式みたいなものだ。私の転生後のような、そんな軽いものだ。
一度抱き合い、そして手を振る。
二人を見ていると、別の昔が蘇る。あの時のような……、あの懐かしい幸せのような────。
私はベルと共に断絶された空間の扉に飛び込んだ。
繋げられた空間は、私達の移動を確認すると、スっと何事も無かったかのように消える。
完全に街から離れた。
「じゃ、行くか」
「はい!」
晴天の青空の元、二人の若者が道を歩む。
まだ進み始めたばかりの二人。
ここから、私の102回目が始まった────
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