第ⅩⅤ話 新たな夜明け

序章 The New Life


第ⅩV話 新たな夜明け


 気がつけば、ベルは私の膝の上で眠ってしまっていた。まあと、この数時間で色々あったし、疲労もその分溜まるだろう。無理もない。

 夕食を取らずに眠っているが、気持ちが良さそうではあるので、暫くこのままにしておこう。起きた時の為に、食料でも用意しておくか。

 と、考えついたはいいが、今は夜だ。明かりなしでは何も見えない。ましてや、森の真ん中なため、夜行性モンスターもうようよ彷徨いていることだろう。


 RPGをやっている者なら分かると思うが、基本、夜行性モンスターは昼行性モンスターよりも強いものが多い。それは現実世界でも例外ではなく、恐らくこの世界もそうであろう。まったく、あくまで想像の世界とはいえ、こうも別世界と異世界の様子がリンクしているのは、果たして偶然なのだろうか。それは、多少であっても差異があって欲しいものだ。


 つまり纏めると、今回のミッションは「ベルを起こさないように、かつモンスターの脅威から守りつつ、空腹を満たせる食料を集める」になる。

 なんか、色々とやることが多い気もしないこともないが、善は急げである。早めに行動しておこう。


 そして、まずその為にも、この膝の上でスヤスヤと寝ているベルを動かさないといけない。

 ゆっくりと、そろりと彼女の身体に手を差し伸べ、膝から彼女の身体を浮かせる。起きないように、慎重に。

 横に乗せた、私の鞄を枕替わりに彼女の頭を運ぶ。が、彼女は離れなかった。

 私の腕に抱きついてきたのだ。


 その姿はまるで、赤ん坊のようにどこか幼げであった。いくら雰囲気は大人びていてるとは言え、寝る時ぐらいは年齢通りの乙女のようだ。


 可愛らしい。


 眠った今でも目頭に涙が残っていた。私はそれをスっと指で拭き取る。すぅすぅと心地良い吐息を漏らしながら、彼女の寝顔は若干笑っているように見えた。


 微笑ましい表情。しかし、今は────


(どうか、手を緩めてはもらえないだろうか……)


■■■


 彼女が起きたのは夜明けを少し過ぎた頃だった。

 ふわぁ、と軽く欠伸をし、大きく背伸びをした彼女は、私の掛けてあげた上着を丁寧に綺麗に畳んでいた。

 まだ寝起きのため、彼女は寝ぼけ眼のままで、眠そうに目を擦っている。だが、こちらを向くや否や、その目はパッチリと冴えるに冴えた。

 別に驚かすつもりはなかったのだが……。眠気覚ましになったら丁度よかったのかもしれない。


「お早う、ベル。随分寝ていたね」

「お早うじゃないですよ! 一体、私の寝ている間に何があったんですか!?」


 驚くのも仕方ない。私の後ろには、ゆうに5メートルを超える、モンスターの死骸が横たわっていたのだ。それも、激しく暴れた跡と共に。

「まあ、見ての通りだ」

「み、見ての通り……」

 空いた口が塞がらないご様子。折れた木々から、戦闘の激しさを見抜いたのだろう。実際、そこそこ苦戦した。

 大きな音を立てないために、無音魔法で周りの音を消しながら、ベルに被害が及ばないよう、狭小な範囲の低級魔法で攻めるのは、容赦なし、慈悲なしのモンスターに対して圧倒的なハンデだったのだ。

 いっその事、爆破魔法で消しさろうとも試みたが……、敢えてやめておいた。


 その理由は私の今の状況による。


「もしかして、アルトさん。そのお肉って……」

「あぁ。このモンスターから剥ぎ取った肉だ」


 しっかりと中まで火を通し、肉汁を垂らしながら、私は肉を頬張っていた。

 モンスターの肉は種類によるが、そこそこの味がする。まぁ、毒のある奴もいるが、それでも、毒抜きすれば美味なモンスターは存在するのだ。それは、やはり生物といったところか、いくら魔獣でも他世界においては牛肉を食べるのと変わりない。

 今回の肉は少し硬かったが、弾力を犠牲に旨みがあった。

 当たり、ではないかもしれないが、まぁ不味くはないし、腹には溜まるだろう。


 ふと、ベルを見ると若干引き気味で私を見ていた。

 おいおい、君も肉くらいは食べると思うのだがね……。

「食べるかい?」

 一様、聞いてみた。流れ的に、空気的に。

 まぁ、勿論「要りません」が答えだった。

 そこまで嫌なのか……。少し悲しい。


 そんな悲しむ私を気遣ったのか、彼女が言葉の後に、フォローを入れる。

「ちょ、ちょっと朝からお肉は……キツいと言うか……」

 そこは女性と言ったところか。だが、いくらなんでも流石に男性とて、朝からガッツリの焼肉は胃にもたれるだろう。まぁ、徹夜してしまっている私からすれば、夕食みたいなものなので、むしろこの方が有難いが。

 だがしかし、「朝から肉はキツい」と考えつかなかった私ではない。自分ですら、朝からこの食事はどうかと思う節も、あるにはあるのだ。寧ろ、私が普通だなんて、多少も思っていない。


「まぁ、そう言うだろうと思って、そっちに木の実を用意しておいた。毒味とかはしてあるから、味も健康面もご心配なく」


 私が指差した先には、色とりどり、形それぞれの木の実が山積みとなっていた。

 夜中、朝食用にあちらこちらからかき集めた賜物だ。


「いいんですか?」

「あぁ、私はこれがあるから……」

「では、いただきます」

 礼儀よく、手を合わせるベル。これも母親から教えられたのか、きちんと挨拶まで行い、一礼した。

 生命を重んじる私でも、そこまではしない。いくら感謝したとて、相手は死んでいるのだから、私はせいぜい手を合わせる程度だ。

 教育が行き届いていたのだろう。


 木の実の山に手を伸ばした彼女はまず、紫の木の実を手に取った。そして、少し戸惑うも、そのまま口に運ぶ。

「────甘い」

 少し驚いた様子で舌づつみをした。確かに、街では見かけなかった果実だ。躊躇すれども、味が美味しいとなれば驚きもするだろう。

「美味しいです、アルトさん」

「それは良かった」

 別に私が育てたわけじゃあないのだが、無性に嬉しくなった。まあ、上辺だけだが。

「あと、それを少し炙ってみるといい。甘みが増してより美味しくなる」

 そう言って、私は適度な木の枝を差し出した。それを受け取ると、彼女は木の実を枝の先に突き刺し、焚き火の火で炙り始めた。

 数秒すれば、木の実は少し茶色みがかり、程よく焼き色が入った。

 そして、ベルがかぶりつく。

「おい……しい……」

 思ってもみなかったのか、少し食べる口をやめ、再び口に運ぶ。

 相当お腹が空いていたのか、野球ボール程のサイズだった木の実をベルは跡形もなく、ペロリと平らげた。まあ、二食分の食事ではあるから、そりゃあ木の実のひとつくらい余裕だろう。


「こんな木の実、食べたことも見たこともありませんでした。一体何て名前なのでしょうか?」

「さあ。名前はねぇ……」

 相手に名前も知らない木の実を食べさせてしまい、若干の責任のなさに少し返答に困る。知識のないことが申し訳ない。今度調べておくか……。


■■■


「ご馳走様でした」

「ご馳走さん」

 お腹が満たされる頃には、周りは明るみを増していた。


 あらかた食欲を満たし、ある程度段落もついたところで、私は話を切り出す。

「ところで、ベル。君は本当に私についてくるのかい?」

 あの時、ついて行きたいと発言はしているが、念の為だ。やはり気掛かりで仕方なかったのである。

「はい。何だかアルトさんといると楽しそうなので……」

「そ、そうなのか……」

 予想通り、彼女の答えは変わらない。が、興味を持たれているのは余計に私にとっては不都合だ。まあ、あんなに自分語り、みたいな見解を並べ立て、流せばいい話を掘り返して説得すれば、そりゃあ相手の人間性が気になりもするだろう。誤算ではなく計算内ではあったが、それでも少し不安だ。あまり人に過去を語りたくない。詮索はされたくないのだ。信じてもらえないのは当然だろうし、話したところでどうもならないだろう。


 それでも、昔の自分みたいな人間を見るよりは幾らかましか。何よりも恥ずかしい。


 ということで、もう私の中でも、勿論彼女の中でも、同行は確定した。まあ、詮索されないように注意を払えば大丈夫だろう。


 だが、私にはもうひとつ気掛かりがある。気掛かりというか、余計なお世話というか、同行する上で彼女を気にしてのことだ。

「ま、まあ、私についていくかは別として……、ベル。君には、まだやっておかないといけないことがあるだろ?」

「えっ、それって……何でしょうか?」

「ほら。会わなければいけない人物が……」


 ただでさえ、彼女には関係者が少ない。

 親もおらず、友達も少ない彼女にとって、今、会わなければいけない人物なんて限られる。


 無断での旅立ちなんて、親愛なる人物には失礼だ、というのが私の考えだ。挨拶くらいは入れておくべきであろう。


「そうですね。確かに、会わないと、私も心残りができてしまうところでした」


 彼女を愛し、そして彼女も愛する、親当然の人物────。




 ────さて、行くか

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