第Ⅸ話 35回目の後悔
序章 The New Life
第ⅩIV話 35回目の後悔
「よう、おはようさん! 相変わらず、朝が早ェな、レジン! 遂に老化したか?」
「そう言うお前のはしゃぎっぷりも相変わらずだな。逆にお前は幼児化でもしたのか?」
「ははっ。子供心は変わっちゃいねェけどな」
清々しいくらいに外は光で溢れかえっていた。
春の空気が気持ちの良い朝。私は階段から降りてくる、同居の友人の為にファールルを注いでいた。ファールルとは、この世界で言う「コーヒー」のような飲み物だ。苦味が強く、ほのかに甘い。大人の私にとってはそれが丁度良い味なのだが彼、「カルヴァン」は舌も子供で、モーミルのミルクで割って飲むのが毎日の定番だった。
こちらへ来るや否や、彼は棚からミルクの瓶を取り出し、早速ファールルと割り始めた。チョロロロといった心地よい音を立て、
「う〜ん。やっぱ香りが最高だな、ファールルは」
「じゃあ今日はミルク無しでどうだ? ファールル本来の香りと味が楽しめるぞ」
「それはダメだ。俺の舌が拒絶する」
「不味いって言いたいのか?」
「まさか。不味かったらそんな毎日飲まねぇよ」
彼はいつものマグカップに口を当て、一口で飲み干した。もっと味わうべきだと思うのだが……。一口で飲み干されると、入れ方がまずいようで仕方ない。
まぁ、逆に言えば、それほど美味しいということなのだろうが……。
彼とはもう十年以上の長い付き合いだ。十九の時に国家騎士団で知り合ってから、訳あってシェアハウスで暮らしいている。私は結婚することは出来ないが、彼は未だ独身であった。
だが、その所為か分からないが、同年代ということもあり、私達は意気投合した。
よく周りからは同性愛扱いされるが、そんなことは一切ない。というか、男としての私からしたら、そんなのは向こうからもお断りだろう。だが、それ程までに仲が良かったのだ。
恋人ではないが、強いて言うなら、兄弟みたいな関係だ。私が兄で、彼が弟的な。かなりの信頼関係がそこにはあった。家族のいない私にとっては彼が一番大事な存在であり、逆に彼も私を一番大事な存在だと言ってくれていた。
正直言うと、男二人の共同生活(普通)はそれなりに楽しかった。傍から見れば、そりゃあむさ苦しいだろうが、仕事でも息が合うこともあり、喧嘩や言い争いはほぼ無かった。
また騎士としても、私達は最高のコンビであった。周りからの信頼は厚く、そして私達の剣技はかなりの実力が伴っていた。
そしていつしか、私達は『陰陽の双騎士』と呼ばれるほどにまでなっていたのだ。
陰は大人しめの私で、陽は子供っぽい彼である。
国を守る騎士とは言え、その仕事は実に無いに等しかった。
まぁ、そうそう戦争や大災害は起きないし、国は平和そのものであったのだ。
その時の私は、とにかく幸せだった。
過去に多少の心残りがあるものの、幸せを感じざるを得なかったのだ。
仲のいい、兄弟のような同胞との日常。それ以外の騎士との楽しげな会話。近所の人々との触れ合い。
こんな日常がずっと続けば良いものだと、私は思っていた。
だが、「平和」というものは、
■■■
とある夏の日のこと。
私達は騎士人生、生まれて初めて窮地に立たされた。
今まで負け無しと言われた『陰陽の双騎士』の最初で最後の敗北だった。
「戦況は?」
「押されております」
「くっ……。一体何だと言うんだ!」
平和が終わったのは、本当に突然であった。
隣国の「アールヘルツ王国」が突如、近隣の国々に宣戦布告したのである。
アールヘルツ側は前々から戦争の準備をしていたようで、私達陣営は奇襲に戸惑い、戦闘の用意が整った時には、国は半壊していた。
砲撃で大門は跡形もなくなり、市民は無差別に捕えられ、あちらこちらで火の手が上がっていた。あの散々な情景は今でも忘れていない。
勿論私達、国家騎士団はすぐに反撃に移った。だが、激戦の末、やはり戦場に立つ時期が遅れたのか、私達の残す陣営は我が城「本陣」を残すのみとなったのだ。
負けはほぼ確実となった。
たが、私達の戦いの手が止むことはない。我が国の誇りを賭けて、我が騎士道を賭けて、私達は勝つことのない戦場に繰り出した。
この身が果てるまで────。この身が尽きるまで────。
だが、無理なものは無理であった。
「ぐはぁっ!」
隣で倒れる音がした。私の隣には一人しかいない。
彼だった。
「カルヴァン!?」
ふと彼の方を見ると、彼の右腕が無残にも抉り取られていた。
そして、人間の心臓のあるべき所に大量の出血が見られる。
狙撃による負傷だろう。鉛の玉は、戦いで脆くなった鎧を貫き身体に差し掛かっていた。
黒い静脈血が、ジトジトと彼の服と、私の手に染みる。
「大丈夫か、カルヴァン!!」
私が声を上げ、彼を気にかけるも、彼は弱々しい声で答える。
「多分、大丈夫じゃ、ないな……はぁ、はぁ……」
今にも途切れそうな声は、彼の生命線を物語っていた。呼吸は過呼吸を通り越し、激しく乱れている。
「おい、待てよ! まさか、冗談だろ?」
だが、私の呼び掛けに反して、彼は答える。
「冗談であって、欲しいもんだよ……」
こうして話している間にも、血は止まることはなく、大量に身体から流れ落ちる。気づけば周りは血の溜まり場となっていた。
「やべぇよ! おい、何とかしないと!」
私が彼を抱えて、本陣に戻ろうとすると、彼は私の腕を掴んだ。
「何、慌ててんだ……お前らしくねェなぁ……はぁ……」
「そりゃあ慌てんだろ! 待ってろ、すぐに手当してやる!」
再び彼の身体を抱えようとする。だが、彼の身体は完全に脱力していて、もはや物を握ることすら出来ないほど衰弱していた。
もたれ掛かるも、バランスを崩し、そのまま彼は地面に横たわる。
「おい、ふざけんなよ。お前一人で行かせねぇぞ!」
「はぁ……残念だが……俺はここまでのようだ……」
徐々に彼の手が冷たくなる。
手が白みを帯び始めた。
「馬鹿なこと言うな! まだ、死ぬと決まったわけじゃ……」
すると、彼は私の顔を力のない腕で叩いた。
叩いたと言うよりは撫でたと言った方が正しい。それくらいに彼はもう力が無かった。
「馬鹿はどっちだよ……お前だけでも、逃げろ……はぁ……」
「しょうもないこと言うな! ぶちのめすぞ! お前を置いて、逃げられるわけねぇだろ!」
彼は家族当然だ。家族を置いて、自分一人で助かるなんて、当時の私には出来なかった。
死に際で、最後の別れ際。
だが、彼の顔は、笑っていた。
「湿気た、顔すんなよ……はぁ……お前らしくねェ……」
そして、彼の最後の言葉を、私は今でも耳に焼き付いたままだ。
「頼むから、兄弟の死に際で……はぁ……情けないことすんな……よ……」
握っていた手が、完全に脱力する。
その途端、彼に表情が無くなり、スっと目が閉じる。
家族が、死んだ。
この最悪で最低な状況。
普通の人なら嘆き、悲しむ。
だが、私は普通の人ではない。もはや人でもない。
死を何度も経験し、死を何度も目撃し、死に慣れてしまった、異常人格者だ。
何度も味わった死の前。
三十五回も死を体感した私の顔は────
頬が赤いだけの、無表情だった────
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