第ⅩⅠ話 やり取りは歪で

序章 The New Life


第ⅩⅠ話 やり取りは歪で


 正直な話、今私は何故彼女と一緒にいるのかが分からない。

 劇的な展開であるのは確かなのだが、これが喜劇であるのか、悲劇であるのか。それすら判別が出来なかった。漫画やアニメではよくあるシュチュだが、こんな状況、本当にあっていいのか?


────


 あの騒動から約4時間。時刻は午後6時を過ぎ、あんなに頭上で存在感を放っていた陽が、地平線に沈みかけている。

 街から約12キロといったところか。王都とは反対の方角へ歩いて暫く、平原から壮大に見えていたあの巨城や外壁も、いい加減視認できなくなるほど遠ざかっていた。

 道も山道に差しかかり、木々で辺りの暗さがより闇を増す。

 流石に、これ以上の移動は危険なので、ここで休憩せざるを得なかった。


「ちょっとここらで今日は休息を取ろうか」

「そうですね。私もうクタクタです」


 そう言うと、私たちは近くの倒れた木に腰を下ろした。


 因みに、ここまでに至るまでの会話はほぼゼロ。気まず過ぎて、会話どころか目も合わせずらい状況である。逆にこの会話ができただけでも奇跡に近い。

 私の中で再び彼女への罪悪感が生まれる。彼女を連れ出してきたはいいが、彼女の了承があったとは言え、現在の私はどう考えても「誘拐犯」じゃあないか。本当にこれで良かったのか?

 そもそも、彼女の意図が見えない。いや、彼女のセリフのままだとすれば「もっと会話したい」なのだろうだが、それだけの為に私の旅についてくる理由になるのか? その予想は少し強引過ぎはしないだろうか。残念だが、今の私では推測が出来ない。


■■■


 倒木の上で思い思いに身体を伸ばす私たち。

 流石にこの雰囲気では精神的に死にそうなので、話題をつくる。

「火でも起こそうか」

「そうですね」

 私たちは周囲から簡単に落ちている枝を集め始め、まともな会話を初めた。


「そう言えば、アルトさんって幾つなんですか?」

「いきなり言いづらい質問をしてきたな……」

「えっ、あ、いや、デリカシーのない質問ですみません。言いたくなければ別にそんな……」

「違っ、そういうわけじゃないんだ」


 私が言いづらいのは、どう説明すればいいか分からないからだ。そもそも2602歳とか言えるはずもないだろ。どこに見た目20代周辺の2000歳超え人間がいるんだよ。まず、2000歳超えの時点で、誰も信じないだろ。


 取り敢えず、妥当な年齢を適当に述べておくか。


「21歳……、かな」

「かな? かな、って?」

「あ、いや、21だったような……。まぁ、自分の歳なんていちいち数えるような細かい人間じゃないんでね」

「大人みたいですね」

「いや、大人だし……」


 我ながら、口が滑る。

 何とか誤魔化すが、完全に怪しまれただろうな。


「じゃあ君はどうなんだ、ベル」

「それ、女性に聞きます?」

 膨れっ面でご機嫌悪そうなベル。

「いや、私はそんな男女を差別化する人間じゃないから。そんな女性男性間の暗黙の了解など、私は守る気はない」

「そ、それはその方が正しいかもしれないですけど……」

 論破、とは違うが、ここはベルが引っ込んだ。

 いや、これは私が真面目に思っていることだ。私が女性に転生した時に、必要以上に女性が過保護で差別的なのが何かと腹が立った。そこまで男性が偉いのか? そこまで女性は保護されるべきなのか? と私は世間に物申したいのだ。

 私のセリフに押され、彼女は口を開いた。

「今年で17です」

「ほう、去年学校を卒業したのか」

 ベルから説明は受けたが、この世界では8歳から学校に通え、8年間学校に通える8年制らしい。義務ではなく、自らの意思で入学するらしく、彼女も8歳から学校に通ったらしい。因みに王都「ギルティア」にある学校は全て国立の学校で、入学金も留年もあるらしい。

「そうです。去年、卒業証明書をいただき、今国家考古学者になるために日々勉強の毎日です」

「……」

 なら尚更連れ出すのはまずかったのではないのか、と私の中で三度みたび咎めたい気持ちが浮上する。

 そんな夢を持ちながら、やはりどうして旅に出たいのか……。

「じゃあ、やっぱり連れ出すのはまずかったのか?」

「あ、いや、そうじゃあないんです。私の夢は、あくまで『考古学者』であって別に国家考古学者に固執しなくてもいいんです」

「では、どうして私についてきたんだい?」

 もう気になるので、ストレートに質問をぶつける。

 まぁ、流れ的にも彼女は語ってくれそうだったので、もじもじとひた隠しするのは止めたのである。

 すると彼女は、その意図通りに話してくれた。


「私、気づいたんです。アルトさんと出会って、私の知らない事が沢山あるんだって……。あの図書館にもなかった言葉が、歴史が、文化が、存在することを私は思い知りました。そして、アルトさんの事を知りたいわけではないですが、この人といれば、もっとまだ見ぬ世界が見えるのではないかと思いまして……」


 彼女は私との出会いで世界の広さを知った、ということらしい。そして、更なる広さを求めるためについてきたと……。

 私、そんな威厳なこと、1度でも言ったのか? いや、取りようにはそう聞こえることがあっても、そんな大したことはしていないはずだ。ちょっと期待されてることと興味を持たれてることに、抵抗を感じてしまう。嬉しいことなのだが、素直にそれは受け取れない……。


「いや、そんなに私に期待されても……」

「えっ、あ、別に私はそう思ってついてきただけで、別に意識して何かする必要ないですよ。私が勝手に学んで、勝手に成長するだけです」


 フォローがフォローになっていない気もするが……。その言葉が、より一層私を焦らせる。

 他人に常に見られているのは、不快感……は言い過ぎても、不安と逆らいがある。特に私は詮索されるのに敏感であるから、一緒に旅をするなら私にとってベルは危険視しないといけないのだ。


 危険視、ねぇ。

 我にもなく、失礼極まりない。


■■■


 着火魔法により、焚き木に火をつけると、周りの闇が薄れた。

 小さいが、温かみがある光。

 それを囲み、私たちは会話を交わした。

 先程の話で、ようやく関係が和らいだようだ。空気も和やかなものに変わりつつあるのを感じる。

 話の内容は、彼女の思い出話が大半を占めた。学園生活、現在の日常、勉強の程度など、赤裸々に過去が語られた。


 現況、情報を聞き入るばかりの私は、自分からは何も提供していない。本当に、性格がひねくれていると自分でも思う。これが異常人格のいわれなのだろうな。


 そんな異常人格者は更に、傷口に触れるという醜悪しゅうあくを晒してしまった。


「ところで、家族はどうしているんだい?」


「……」


 何気に発した質問。その質問が彼女を傷つけてしまったようだ。

 下を向き、笑顔が消えるベル。その顔からは哀しみが感じ取られた。どう考えても、野暮な質問をしたとしか思えない。


「あぁ、言いたくないならいいんだ。野暮だったね。大体は察したよ」

「はい、多分、想像の通りだと思います」


 彼女は恐らく語りたくないのだろう。

 誰だってそんな過去はある。私にだってある。

 だが、私の要望に対し、包み隠さず彼女は語ってくれた。




「私の両親は、9年前に亡くなりました」

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