第Ⅹ話 逃げるが勝ち

序章 The New Life


第Ⅹ話 逃げるが勝ち


 騒ぎを起こしたら逃げるのは、どんな状況に置いても定石らしい。


 圧倒的格差をチンピラ共に見せつけた私はその場を直ぐに離れるべきだった。

 その後、群がる観衆の中からピーという甲高い笛の音が聞こえたのだ。

 果たしてこれがいいことなのか、悪いことなのか。私にとってはどうも災難にしか思えないが、彼らにとってはこれもれっきとした正義ある行動なのだろう。

「御用だ! 武器を捨て、両手を上げろ!」

 私とベルとチンピラ共は一瞬のうちに6人の衛兵に取り囲まれてしまった。

 この土地の警察枠はとても優秀そうだ。喧嘩開始からまだ2、3分しか経過していないが、もう危険を嗅ぎつけてここにいる。

 逆に言うと、私は衛兵が止めに入るほど騒いでいたのかと、少し反省の余地がある。


「くっ、衛兵かよ!!」

 衛兵を見るなり、怖気づいたのかチンピラ共は倒れ込むリーダー格を抱え、強行突破を試みた。

「どけっ! どけどけ!」

 群衆に突っ込むチンピラ3人と1人。群衆に突っ込んでいったからか、衛兵は対処に手間取るも、4人がその後を追い、視界が届く範囲で押さえつけられてしまった。大柄の男も含めて。呆気ない。


 一方で、残った衛兵2人は私たちに手持ちの槍を構えた。

「聞こえなかったのか! 両手を上げろ! 従わなければ、この場でも強行に移る!」

 あまりにも衛兵が煩いので、「はいはい」となくなく手を上げる。

 ベルは「ひぃっ!」と恐れながら両手を上げた。


「私はわけも分からず襲ってきたあいつらに抵抗しただけなんだが」

「言い訳は後で聞こう。出来れば騒ぎを起こさないでもらいたいのだが」


 喧嘩ふっかける奴らが騒ぎの発端だと思うのだが。どうやら言い訳すら聞いてくれないらしい。

 すると、遅れて衛兵が2人やってきた。


「遅いぞ! 新入り!」

「「申し訳ございません!」」


 元気に応える衛兵2人。謝るのも大声でないといけないのか、ここの衛兵は。

 私が衛兵だった時はそんな決まりなかったぞ。


 と、ここで新入り2人と目が合った。


「あっ、こ、こいつは!?」

(あ、こいつは)


 私も衛兵も気がついてしまった。ほんと世界は、いや、国は狭いものだな。私も運がない。


「ん、どうした新入り」

 わけが分からず尋ねる上司の衛兵。

 それにやはりハキハキした声でもう1人の新人衛兵が答えた。


「この者は、先程『不法入国』した者です!」


 その衛兵は、私が入国した際に追われていた衛兵だった。


■■■


 更に罪が重くなってしまった。辺りに重い空気が漂う。

「貴様、不法入国もしていたのか!」

 厳しく問いただす衛兵。鬱陶しい。熱血も程々にして欲しいものだ。

「あぁ、その通りだ」

 言い訳も出来ない状況に、嘘をついても仕方ないので、正直に話した。まぁ、顔はバレているわけだし、どうせ衛兵に目をつけられれば捕縄確定であるのは間違いない。

 私の申告に隣でベルが目を丸くしていた。

「不法入国って、何をしたんですか!」

「静かにしろ!」

 思わず出た発言に檄を飛ばす衛兵。ベルが可哀想だ。


「これからお前たちを署に連行する」


 遂に連行発言が出てしまった。

 そう言うともう1人の槍をを構えた兵が私の首筋に歯を向けた。

 それは少しでも動けば反逆と見なすという事の現れである。無論、抵抗はするだけ無駄かもしれない。疲れるし。


 だが、私は敢えて抵抗させてもらう。


「やだね。私は連行される気はない」


 更に空気が悪くなる。それにベルが青ざめて挙動がおかしくなっていた。冷や汗を流している。

「何だ、その態度は? 痛い目にあって捕まりたいのか!」

 私の挑発のセリフを聞き逃すはずもなく、先程のチンピラと何ら変わらない脅しを見せる衛兵。

 何だ、熱心なだけで、やり方はあのチンピラぼんくらと同等なのか。がっかりだ。


「それもやだね。私は捕まる気も、捕まることもない」


「────!?」

 堂々と逃げ切る宣言をし、衛兵一同は驚きを見せた。もしくは寝言を吐いてるとでも思っているのかもしれない。

 だが、それは虚言ではない。私には奥の手があるのだ。


「ほう、どう逃げると言うのかね、この箱庭から。衛兵は五万といるんだぞ」


 怒りを通り越し、少し衛兵は私に興味を抱き始めた。

 周りを取り囲み、袋のネズミと思い込んでいる彼は実に余裕ぶっていた。

 なら見せるしかあるまい。魅せてやろう。



「すまないが、面倒事は勘弁なのでね。捕まえられるもんなら────」



 捕まえてみな



 ブオン!


 思ったより豪快な音と共に、後ろに何かが現れた。

「────!?!?」

 それは吸い込まれそうな闇。全てを飲み込みそうな空間。否、ゲートである。

空間移動魔法メア・レゲート」────

 空間を断絶し、そこに開かれた扉から1度訪れたことのある場所に空間移動させる魔法だ。

 私はそのまま振り返ると、ベルを抱きかかえ、その扉に向かって勢いよく飛び込んだ。

「えっ、」

 ベルから思いもしなかったような声が漏れた。

「待てっ!!」

 そんな声が聞こえたが、私たちが飛び込んだ瞬間、扉は何事もなかったかのように空に消え、断絶していた空間が元に戻る。

 衛兵は視界から消え去り、私たちは無事に脱走を成功させた。


 飛び込み、逃げた先は王都の外。

 正面大門の程近い、私が不法入国した外壁の前だった。


■■■


 緊迫した空気から解放され、ベルは深呼吸をし、ようやく落ち着きを取り戻した。


「何とか撒いたようだな」

「何とかじゃありませんよ……ビクビクしましたよ」

 勿論、ベルには何も伝えていなかった。私の咄嗟の判断によりベルも連れ出すことにしたのである。

 それにベルは少し不満を抱いていた。


「さて、いよいよ王都に追われる身になってしまったな」

「それよりも、何か一言でもいいから伝えておいてくださいよ。心臓が止まるかと思いました……」

「それは済まないな」

「あと、不法入国って、一体全体何をしているんですか!」

「まぁ、それにはかくかくしかじか事情があってだな……」

 とは言えども、ここでその理由を話してもどうしようもない。

「とにかく、その話は置いておいて……」

「結構、重要な部類だと思うんですけどねぇ。私もあなたを見る目が変わってしまいそうです」

 ほう、それは困ったものだ。こんな可愛い娘に、しかもちょっと仲良くなった知り合いに偏見されるのは嫌である。誰かも知らん民衆にどうこう悪く言われるよりも、よっぽど毀謗きぼうすることができる。……もしかすると、この世界での私の死因はベルこの娘なのではないのだろうか……。

 だが、そんな私の心配や詮索よりも、より気にかけないといけない肝要な事がある。


「ところでベル。君、これからどうするんだい?」


「えっ」

 他人のことより自分を重んじる私にとって、気遣いなど疎遠極まりないが、現段階「人間」である私に、人間の心が無いわけでもない。知り合った以上、彼女の安否は私にとって今の最重要項目だ。

 一緒に逃げてきてしまったからには、まず、ベルは間違いなく共犯者扱いされているだろう。このまま街に送り出せば、捕縄からの事情聴取待ったなしである。

 それを彼女に伝えると、彼女は思いもしていなかった様子であたふたしていた。無理もない。私が自己判断のもと、連れてきたのだから。

 私の行動は正しかったのかもしれない。だが、同時にこれは自分勝手でもある。この騒動もこの状況も、全て私が生み出し、そして私の所為だ。

 なので、私は責任をもって、彼女を家まで無事送り届ける義務がある。彼女の安全を確保しないといけない。


「とにかく、君の家の前まで扉を開こう。君は家にいた方が安全だ」

「アルトさんは、これからどうするんですか?」

「私はこのまま、ここから出立するつもりだよ。どうせお尋ね者扱いなんだから、この街にはいられないしな」

「そ、そうなんですね」


 悲しそうなベル。別れが惜しいようだ。

「私、もっとあなたとお話したかったのに……」

 それは私も同じである。


 滞在時間、約4時間。たった4時間であったが、得られるものも起こった出来事も非常に濃い4時間であった。できれば、彼女に街を案内してもらい、観光したかったところだが……仕方ない。自分のいた種だ。

 決別の時……そんなこもった時間ではないが、どこか別れ惜しい。


 名残はあるが、彼女を無事送り届けるために、手を伸ばす。

 そして、空間転移魔法を、脳内で唱え始めた。


 ────


 身体中のマナが熱くなる。魔力が活発化し、マナが魔法を構成する。

 その魔法は、詠唱者の望み通りに魔法を構成し、目の前に、黒く飲み込みそうな空間を創り出す。

 そして、扉が開かれ────


「待ってください!」


 あと1歩のところで魔法が中断され、魔法として構成されかかっていたマナが落ち着きを取り戻す。

 私の魔法を止めた声の主は、ただ1人しかいない。

 私はそちらを当然に振り返った。



「あなたの旅に、私も連れて行って下さい!!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る