第Ⅸ話 再開したくなかった相手

序章 The New Life


第Ⅸ話 再開したくなかった相手


「いやぁ、かなり味がよくていい店だったよ。まったく、至れり尽くせりだな」

「いえいえ、奢って貰うなんて、こちらこそありがとうございました」


 昼食は彼女の勧めにより、小洒落たカフェで済ますこととなった。

 店内はいかにもカフェな雰囲気で、若い女性で賑わっていて、非常に居心地がよかった。木製の店構え、センスのいい家具・雑貨、見ていて和む観葉植物。カフェとしては100点満点である。出来れば、ここでデスクワークをしたいくらいだ。

 料理も中々なものであった。彼女はオムライスに似ている『クレムレット』というものを、私はグラタンに似ている『ログレム』というものを頂いた。当然、彼女のオススメである。


 グラタンをベースに、このログレムを食レポするなら非常に、クリーミーな味だった。

 普通のグラタンよりも、どこかコクがあり、そしてホワイトソースの舌触りがなんとも滑らかであった。具沢山でマカロニといったものは入ってなかったが、野菜が食感に刺激を与え、食欲を更に引き立たせる。チーズに関しては格別だった。伸びるに伸び、モチモチとした歯応えでとても新感覚だ。また、ちょっとした焦げも一層と腹の虫を鳴かせ、1度食べると病みつきになってしまう、まさに至高の1品であった。

 似ているものとして『ガリオ・グア』という、他世界の料理もあったが、味は確実にこちらが上である。これは、うまい。


 是非ともまた寄りたいと、内心思うばかりであった。


「次は君の食べていた『クレムレット』も味見してみたいもんだ」

「あれは私が1番好きな食べ物ですよ。ラゲッジの上に乗ったメルプがトロトロで、更にそれを纏うサヴレヴィアソースが、それはもう……」

 恐らく、ラゲッジが米で、メルプが卵だろう。

 やばい。食べた後だというのに、涎が出てしまう。一体どんな味がするのだろうか……。


「ところでアルトさん。これからどうするおつもりで?」

「あ、あぁ。これからか、そうだなぁ……」

 そう言えば、特に考えていなかった。転生して101回、様々な職や経験をしてきて、様々なストーリーを描いてきたが、果てさて、今回はどんな人生を描こうか。101回目の転生。私は何にするべきか。せめてなら、なったことのない未経験の職を生業としたいのだが……。


 生憎、そんなのは、もう決まっていた。


「取り敢えず、これからこの街を出て別の街へ向かう」

「えっ、来て早々に出ていっちゃうんですか」

「そして別の街で、冒険者になろうと思う」

「そ、そうなんですか……」


 異世界。特にファンタジー世界において職を選ぶなら、冒険者を選んでおけば間違いない。

 よく、異世界漫画やアニメで職業を冒険者にしているのについて、あれは正解だ。


 冒険者の利点。それは、まず、収入がそれなりにあることだ。


 一見、行けそうなクエストがなくて収入が安定しなさそうな冒険者ではあるが、しかしその反面、初心者や低レベル者にとってとても良心的である。というのも、クエストというのは、なにもモンスター討伐だけではない。材料採取だったり、障害物の撤去だったりと、その内容は幅は広い。中には冒険者がするべきことかどうか疑わしいものだってある。そんな依頼(クエスト)の中から自分にあった仕事(クエスト)を選び、こなせば報酬が入るのだから、これはとてもやり易い職業なのだ。言えば、「短期間アルバイト」みたいなものである。それに、例え報酬が少なくとも小さなクエストを重ねがけし、ちょびちょびやれば山となり、そこそこの収入が手に入る。


 死と隣り合わせなものあるが、クエストは自分流の方法で自分のペースで稼げるのが大きな利点だ。


 しかも、その収入は他の職よりもその値が高い。


 過去、3回、ファンタジー世界で冒険者以外の別の職を選んだことがあるが、どれも冒険者よりも収入が下回っていた。それも最低額の時よりだ。

 その3回の職というのは「農家」「商人」「居酒屋経営」である。


 特に「農家」は過酷であった。

 天候が馬鹿げているファンタジーの世界は、まず気象への対策が繁簡だ。大きさ10センチオーバーのひょうが降ってきたり、落雷が雨のように落ちてきたり、雲ひとつない快晴と思えば何も無い空から水の塊が落下してきたりと、とにかく常識が常識ではない。対策しようにもしきれないもの(雨のような落雷など)もある為、ファンタジーの世界では農家は厳しいのだ。現地の農家を職にしている人は、一体どこまで根性があるのだろうか……。

 馬鹿げていると言えば、モンスターの荒らし被害も馬鹿げている。1度モンスターに目をつけられれば、毎年収穫の時期にモンスターが荒らしにやってくる。その荒らし方も、土地を荒地に変えるほどで、1度の来襲で全てが水の泡となる。

 これらによって作物が不作になれば、勿論収入がなくなる。

 神様も酷なことを……。一体、農家に何の恨みがあるのやら。

 そしてこれを聞いて、誰が農家になるのやら……。


 私の聞いた話では、ファンタジーの農家は餓死する人が多いらしく、実際に私も餓死してしまった。


「商人」「居酒屋経営」は一方でモンスターに襲われる危険も、餓死する可能性も、全くない。いや、100パーセントではないが、仕事している上ではゼロに近い。その点「農家」よりは、客足があればそれなりに安定はする。むしろ、この世界の「農家」はアウトロー過ぎるのだ。

 だが、「冒険者」と比べると話は違う。話というか、桁が。


 そんなわけで、私はファンタジー世界では「冒険者」になると高を括っている。我が平穏のために。いやその前に、他のはやってられない。


「いつここを旅立つつもりですか?」

「2~3日くらいかな。旅立つ下準備をして、早めに出ようとは思う」

「そうなんですか」

「それに、長居できないしな……」

「えっ、長居できないって……」

「いやっ、こっちの話」


 不思議な顔で見つめるベル。残念だが、至って真面目な君には真意を明かせない。

 不法入国を既に犯している、なんて、一体どの顔をして言えるのだろうか……。


 ────


 トスッ


 大通りの真ん中、フードを被った男と肩が当たった。

「すまない」

 大人数の街中において肩の違えることなど、茶飯事なので別にいちいち謝る必要はないのだが、人として呟く程度に詫びを入れた。

 相手はそれに気が付き振り返る。しかし、私はそんなのを気にせずそのまま進んでいく、が。


「ああっ!!」


 肩の当たった男が声を上げた。

 男の方へ見返す私たち。男は指を私に向けていた。


「てめぇ、さっきはよくも!!」


 フードがめくり上がり、顔が露見する。

 その男は、先程私を襲ったチンピラだった。


■■■


 何故こんな数時間の間に厄介なチンピラと2回も鉢合わせしないといけないのだろうか。実に不愉快である。やっぱり今日は運がない。


「あっ、あん時の奴じゃねぇか!」

「お前っ、よくもやりやがったな!」


 奴の周りには他の3人もいた。仲良しこよしなのか、お前らは。

「あの、どなたですか?」

 私とこのチンピラとの事件を知らないベルは首を傾げる。大丈夫、君は知らなくていい事だから。


「っ、てめぇ、今度は女も連れてやがんのか!!」


 いや、別にナンパしたわけじゃねぇよ。ただ、街を案内してもらってるだけに過ぎない。勘違いされるような言い方するなよ。

 私を怒鳴りつけるチンピラたち。思えば、「さっちはよくも」は私のセリフである。それに、私は何もしてねぇよ。


「いや、どなたか存じ上げないんですが……。見間違いではないでしょうか?」


 ことを大きくするのも、対応するのも面倒なのでしらばくれることにした。しかし、チンピラはそれに突っかかる。


「ざっけんな! さっきの奴だろうが! 今度こそ、身ぐるみ剥がされてぇか!?」


 安い挑発に乗るなよ、小物が。周りの状況考えろよ。公衆の白い目が痛いように伝わらないのか。

 それに、身ぐるみ剥がすかどうかはお前の匙加減だろ。


 殺気立つリーダー格のチンピラが、我慢出来ず早々に私の腕を掴み上げた。どうやら、さっきの苛立ちがピークにあるらしい。

 そして、先程の件で私に殴れなかった拳を再び振り下ろさんとした。


 相手と喧嘩することにおいて対峙するのは、相手の土俵に立つことなので、できるだけ暴力は避けたいのだが、もう先刻に手は出されてるし、抵抗しない手段はないだろう。

 いや、抵抗ではなく「反撃」である。それも一方的な。


 相手の渾身の拳を軽く受け止めた、が、ここからどうすればいいか分からないので、私は勢い流すままにチンピラの逆の腕も掴み、見事な一本背負いを決めた。

 言うまでもないが、この世界には「柔道」なんて競技は存在しない。なので、この一本背負いを対処する「受け身」といった衝撃を抑える術は彼にはないため、チンピラはもろに背中を打撃する。ドスンという鈍い音が響き、石畳の道路に全体重と私のつけた勢いが痛みと化す。

「痛てぇ! 痛てぇよ!!」

 痛みに耐えられず、声を荒らげて仰向けの状態になる無様なリーダー格のチンピラ。

 リーダー格がこんなざまぁなかったら、笑いものだな。

 激痛に嘆く彼をよそに、周りが目を疑い、引いていく。ったく、その軽蔑は私にではなく、こいつらに向けて欲しいものだ。

「っ!? てめぇ、何をした!!」

 何をしたも何も、ただぶん投げただけなのだが……。

 そう言うと小柄のチンピラが若干動揺し、ナイフを取り出す。

 それに伴い、細身のチンピラもナイフを手にし、大柄のチンピラは身を構えた。

 戦闘態勢のスイッチが入った瞬間である。

 私が3人を見やると、3人は一斉に襲いかかっきた。

「危ないです! アルトさん!」

 ベルの忠告を傍にナイフを振るう2人。

 無論、素人のナイフなど私には擦りもしない。

 華麗な回避を見せると、大柄のチンピラが大きな拳でかたきと言わんばかりに満身の一撃を見舞う。

 一般人ならクリーンヒットだが、残念。相手が異常わたしである。

 私は己が手の3倍はある拳を対抗した。

「っ!?!?」

 体格差は歴然。どちらが勝つなんて周りが見たら一目瞭然だが、今回はその例外である。

 なお、魔法を使ったのかとも思われるかもしれないが、そうでもない。

 まぁ、今回のこの身体能力スペックに感謝といったところか。

 こればかりはあまり誇れる話ではない。

 この思わぬ状況に観衆ギャラリーどころか、本人ですら身震いしていた。


「う、嘘だろ!? ガセルがあんな奴と互角だと!?」

「な、何をしやがった!? あいつは何を仕込んでやがる!?」


 掴んだ手に更に圧力を加える。

 すると情けない悲鳴が相手の口から飛び出てきた。

「ぐわァァァ!!」

 そして大柄のチンピラは膝から崩れ落ちた。


 自分の目が信じられないチンピラ2人。呆気に取られた彼らは呆然とし、地面にナイフを落とした。カランと乾いた金属音が奏でられる。


「はぁ。だから人違いだと切言を入れたのに。他人ひとの言葉も時には信用すべきだと思うがね」


 実力差を見せつけられ、2人のチンピラの膝がガクガクと震えている。

 敵わない。この4人のチンピラ共にようやくそう思い知らせることができた。

 本来の目的とは違うような気もするが、これはこれで気分がいい。

 彼らの恐怖を支配し、権化として威圧する私。

 今の今まで、対等どころかそれ以下に思っていた存在が格上だったのだから、その驚怖は大きく膨れ上がる。


「くっ、クソっ!!」


 恐怖に抗い、リーダー格からようやく発したのはこの一言だけだった。

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