第Ⅷ話 元商人の眼

序章 The New Life


第Ⅷ話 元商人の眼


 気づけば時刻は昼をとうに越した時間になっていた。

 時間を忘れて話した訳ではないが、思ったより話で食ってしまった。

 数字に置き直すと、午後0時40分頃。

 昼食時を過ぎ、腹もいい加減唸り始めてきた。


 だが、まだ食事にはありつけない。


「すまないねぇ。昼食も食べず、講座どころか、案内までしてもらうことになるなんて……。つくづくありがたいよ」

「いえいえ、奇遇なだけですよ」


 私たちは今、換金屋に向かっている。

 まぁ、流石にお金の代わりに鉱石(オリハルコン)をボンと出されても、金どころか客としても判断されない始末になるのは目に見えてる。


 要するに、オリハルコンはこのままじゃ私のオリハルコンとしての利用価値がないので、換金しないといけないのだ。


「いやぁ、しっかし、本当に奇遇も奇遇だなぁ。まさか、たまたま声掛けた少女の自宅が、換金屋お抱えの貸家だったとは」

「はい、ほんと、奇遇なものですよね……。考古学選択の私といい、換金屋の大家さんといい」

「ったく。これじゃあ、運がいいのか悪いのか、本気で分かったものじゃない」

 なんなのだろう。今回の人生、非常の非常までに劇的過ぎないか?いや、悲劇的というか、刺激的というか。これも神とやらの仕業なのか……。だとしたら、飛んだ大きな世話だ。


■■■


「着きましたよ」

「ほう。いかにも換金屋な建構えだなぁ」

 換金屋は大通りの一角にずっしりと構えられていた。1階は木造の古めかしい歴史を感じさせる老舗。一方で2階・3階はそれとはまったく真逆の新しさを示す煉瓦の可愛らしい居住スペースである。

 下の店が築50年程だとすれば、上の住居は築5年といったところか。

「ここの大家さん、もとい店主さんは腕利きの鑑定士だって、国でも評判いいんですよ」

「へぇ、それは心強い」

 大抵店主を持ち上げる時は「評判いいんですよ!」と、皆揃ってそれを口にするから、その言葉は、そこまで信用ならないんだが……。

 まあ、老舗はそれなりに腕利きがやってるから、外れクジではないだろう。


 チリンチリン


 風を撫でたような心地の良い音がドアの開閉と共に私を迎える。

 店内は外の見た目に忠実に、ある程度の古さが感じられる。

 そして、その音が店内に響き渡り、この店の主の耳にも伝わる。

「いらっしゃいませ」

 渋めの低い声。どうやら男性のようだ。

「ただいま。グラコスさん」

 明るい挨拶に誘われて、店の奥からひょこりと顔がお目見えた。

 ちょび髭の茶髪店主。それなりの……、いや、平均上の筋肉を持ち、片眼鏡にきっちりとしたスーツ。グラコスとかいう、どこぞの魚類悪魔とは別の強靱さを持った方であった。


「おぉ、ベル。もう勉強は終わったのかい?」

「はい、午前中に。帰ろうとした時にこちらのアルトさんと出会いまして、換金屋を探してるとのことでこちらに連れてきました」

 その話だと、少々語弊があるような……。

「ほう、お客様でしたか。それなら大歓迎ですよ」

 そう言って、店主のグラコスさんは私の手を握り、カウンターへ連れていった。握る手の握力が凄い。他だったら悲鳴を上げてるレベル。

 まあまあこちらに、と半ば強引に座らされた私は、カウンター越しに店主と1対1の対面となった。


「さて、今回はどんな品で?」

 急かす店主。鑑定依存性と思わせる雰囲気だ。いや、鑑定依存性ってなんだよ。

「あ、あぁ。今日はこれを鑑定してほしいんだ」

 と、私はおもむろに下げている鞄をカウンターに乗せた。ドスンという、鈍く重い音がカウンターにのしかかる。

 それに期待する店主を前に、私は鞄のボタンを開けた。

「こ、これは……」

 当然、中身はあのオリハルコンだ。

 青く済んだように煌めく鉱石に店主は少し言葉を失う。始めて見たわけではないのだろうが。

 それを気にしたベルは私たちの元へ気になり、身を寄せ、覗き込む。

「え、こ、これって……オリハルコンじゃないですか!」

 その声に店内で品物を眺めていた数人の客人が振り向く。そこまで珍しいのかと少し誇らしげに私は感じた。

「これはまた、希少な物をお持ちでいらっしゃる」

「あぁ、つい朝採った新鮮な鉱物だよ」

「凄い。綺麗」

 2人とも目を輝かせていた。目がオリハルコンになるくらい。

「早速、鑑定しよう」

 店主は胸元のポケットから虫眼鏡を取り出した。年季の入った物のようだ。傷が所々に見て取れた。


「ふむ、非常に純度が高い。これはかなりの値がつくな。君、アルト君と言ったかね? これはどこで?」

 口調が変わった。スイッチが入ったようだ。

「あぁ、王国から数キロ離れた平原でドラゴンと戦闘になったんだが、そのドラゴン自体が魔力暴走しててな。その時にオリハルコンだけ頂いてきた」

「あのぉ、身なりからするに、武器はお持ちでないようですが……。」

「武器なんか要らなかったからな。あの小物は」

「ドラゴンに素手で!?」

 再び驚きに包まれる店内。この場合、私が異常なのだろうが、やはりそんなに驚くことなのかと優越に浸っていた。

「ところで、そのドラゴンの容姿は?」

 私の武勇伝に興味津々のご様子の店主。まぁ、話して損もないので話す。

「黄金の鱗を持ってて、体長は数メートルはありましたね。爪とか牙とかも、そこそこの個体でしたね」

「成程、成程」

 頷く店主。そして、暫く鑑定を続けた後に店主は結論を口にした。


「アルト君。君が倒したドラゴンは『ヒュードラ』と言われる、ここらのヌシだ」


■■■


「ヒュードラ? ここでは、あれがヒュードラなのか」

 少し拍子抜けする自分。どこの世界にもヒュードラと言ったドラゴンは存在するのだが、ここではあれがそうらしい。

 十数回前に生きていた世界では、首が3つあるおどろおどろしい容姿だったのだが……、こちらにおいてはまだ可愛らしいみたいだ。


「ヒュ、ヒュードラ!?」

 隣で驚くベル。本日で何回驚くのやら。

 一方で、店の客人も次第にこちらに興味を持ち始めていた。

「ヒュードラ。討伐ランクAAAトリプルエー級モンスター。ここらではちょっとした神聖な生物でね。別に殺傷の規則はないものの、神話にも出てくる生物だ」

「へぇ」

 どちらかと言うと、そちらの神話の方が気になる私。だが、続きは念の為聞いておこう。知識は多い方がいい。

「討伐ランクも高めな為、そこそこの冒険者でも、全滅に追いやられることが多い。しかも出現率はごく稀なので、オリハルコンどころか、爪や鱗の流通も少ない。だから、これはそれ相応な値がつくぞ」

「それはそれは……、私はとんでも無いもんを引っさげてきたようだな……」

 我ながら、誇らしくもあるが、どこか恐ろしい。こんな希少で貴重なものを軽々持っていたのかと思うと、少し身震いしてしまう。早く売って換金してしまおう。


「そして、気になる額だが……白金貨40枚でどうかね?」


「ほう、

「白金貨40枚だと!?」「初めて聞いたぞ、そんな鑑定額!?」

 納得する私に対して、驚愕を隠せない周囲。それもそのはずだ。


 この世界ではどうやら金の単位は存在せず、硬貨の枚数で物のやり取りをしているらしい。種類は銅貨・銀貨・金貨・白金貨の4種があり、銅貨は分かり易く説明すると約1円と同価値である。銀貨はその100倍、つまり約100円の価値だ。

 もう、分かるとは思うが、金貨はその100倍、白金貨は金貨の100倍に値する。つまり、1枚で100万円分の価値だ。


 そしてこのオリハルコンは、約4000万円の価値になるのだ。


 勿論そんな額、日常生活にありふれているわけがない。驚くのが正解である。


 そんな状況にベルはどうかと言うと、固まっていた。銅像のように。

 そして、起動開始するや否や、「えぇ!?」と声を上げた。

「凄いですよ、アルトさん! こんな鑑定額、ここに来て初めて聞きましたよ!」

 ベルで言う、「ここに来て」は恐らく5年程の話だろう。まぁ、そうそう出るような鑑定額ではないからな。


「すげぇな若い者。」「お前、何者なんだ!?」

 周りが群がり話を湧き立てる中、店主は私に声をかけた。

「どうする? お客さん?」


 勿論、換金しない手はない。もし、こんな額を取り逃せば、次いつ儲けるか知れたものではない。これは、即換金だ。


 だが、私はのを忘れてはいけない。



「そうか……、じゃあ、他を当たる」



「「「……えっ?」」」


■■■


「ちょ、ちょっと待ってください!? 何故ですか!?」

 慌てて、驚きを説得の態度に変えるベル。だが、私の気は変わらない。

「アルト君、と申したではないか」

「あぁ、確かに言ったよ。私は言った」

「じゃあ、何で交換しないんだよ。」

「それは、店側が設定するだからだよ」


 周りが絶句する。空気が一気に真剣モードに変化するのが伝わってきた。

「ええっと、グラコスさんでしたっけ? 私を舐めないでほしいんですけどね」

「何の話かね?」

 恍ける店主。無理もない。それが商人という人間なのだから。

「こう見えても、私は元商人なんですよ」

「!?」

 歳の割に商人経験とかいう、謎なことを言い出した私に、少々間が開く。そして、笑いが起きる。

「くっ、ハッハッハ。冒険者ヅラの上に商人経験か。お前、何歳だよ!」

 茶化す周りに、私は喝を入れた。

「少なくとも、あなたたちよりは歳上ですよ」

「────!?」

 笑いが止む。そして、周りに恐怖心が芽生えたのを私は感じ取った。

 私の言葉には気が篭もり、そして、おぞましさが彼らを包んだのだ。

 一方で店主はずっと真剣顔だった。そして、


「ふぅ、では、誤魔化せないというわけですか」


 と素直に自白した。

「えっ!?」

 ベルを含め、周りがそれに反応する。店主が負けを認めたのだ。

「その目。嘘をついていない目だ。分かりました。では、50枚はいかがですか?」

「あぁ、それならOKだ」

 と、私はスっとオリハルコンの入った鞄を差し出した。


「どうしてです、グラコスさん? どういうことです?」

「どういうことって。彼の通りだよ。これは私側が設定した金額であって、これ本来の価値じゃない」

 それに続けて私も説明に入る。

「ここに来るまでの間、様々な店を見て回って私は大体の物価を計算した。そして、導き出したオリハルコンこれの相応価格は大体、白金貨70枚くらいだろう」

「────!?」

「てっ、店主、本当なのか!?」

 そう言って1人が店主を見つめた。

「あぁ、そのくらいだ」

「それに対して、大体店の売上目標って知ってるか?そりゃあ、売れるに越したことはないが、基本、4割増が無難だ。儲けすぎず、丁度いい額だ。そうなると、客側からはどう思うか、分かるよな?」

 もっと額を上げろ!、となる。

 まぁ、商人なんて基本稼げればいいのだが、その欲はかなり深い。稼げれば稼ぐほどいいと思っているのだ。


「まぁ、70枚で売れって言われたら、そりゃあ店側は損しかないから、もう少し値を上げるに留まったって訳だよ」

 もう少しと言っても1000万円も上がっているがな。


「ったく、普通の人ならここで満足するんだがな。相手が悪かったか」

「迷惑な客ですみませんね」


 周りが驚きに轟き、無の空気が続く中で、私はオリハルコンの代わりに、私は金の入った袋を手にした。


「ベル、君にはお礼がしたい。何か食べたいものは?」

「えっ、あっ、ええっと……」

 話が分からないまま、誘ってしまったようだ。そんなベルは私と店主の顔を何度も繰り返し見る。

 すると、店主は優しい顔でベルを見て、

「行っておいで」

 と声をかけた。それにベルは元気よく言葉を返し、私についてくる。


「また、来ますね」

「頼むから、もう来ないでくれたら嬉しい」

「今度はあなたの設定額で買い取りますよ」


 捨て台詞を放った私は、換金屋をあとにした。

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