第Ⅴ話 騎士の務め
序章 The new Life
第Ⅴ話 騎士の務め
彼女は悠々としていた。この状況でも一切たじろがず、騎士らしき威厳を持ち続けていた。
ロングヘアの茶髪に、耳には大きめのイヤリング。顔立ちはすらっとしており、イケメンのような美人だった。
「何だ、お前?!」
チンピラ達のその問に、彼女は丁寧に答えを返す。
「私は王都ギルティア、国家騎士団1級騎士『クロイツェ=レメア』である」
そして、その国家騎士団の証らしきエンブレムを腰から取り出し、私たちに見せつけた。
「────!?」
周りのチンピラ達は絶句する。
私にはそのエンブレムがどのような役割を持つか知る由もないが、この状況だけでその意味が分かる。
そして、チンピラ達は手を緩めた。
「1級騎士だと!?」
「しかも、れ、レメア!?」
「か、勝てるわけねぇ!」
青ざめた様子で4人は私から離れていく。後退していく。
それにレメアという騎士は1歩ずつ、そのチンピラに近づく。
「君たちの悪行は見せてもらった。私の見る限り、これはギルティア王国憲法、第32条に反すると見えた。もしこの場で悪行を続ける気なら、私は君たちを捕縄しなければならない」
そう言って再び1歩を踏み出す。
相手もそれに1歩退いていく。
そんな風にまた1歩、また1歩と近づき、退きを繰り返し、その女騎士は私の隣についた。
「さて、君たちはそれでも悪行を続けるかい?」
彼女の厳然たる態度で言い放った台詞が、機となった。
別にここで、私を人質に取ればいいものを、かなり焦っていたのだろう。小物もいいところだ。
怖気づいたチンピラ達は情けない声をあげ、すぐさまこの場から逃げていった。
■■■
ある意味助けられた。
全く助けを求めてはいなかったが、結局、私は何もせずに済んだのだから、結果的に私が勝ったと言えるだろう。
道は聞けなかったが、まぁそれはこの人に聞けばいい話だ。
「ありがとうございました。お陰で助かりました」
深々と礼を入れる。
呼んではいないが、助けてもらったのは事実である。
ここはきちんと誠意を見せる。
「いや、犯行に及ばれる前で良かった。なぁに、私は国家騎士として当然の義務を果たしたまでだよ」
そう言って彼女は笑みを見せた。
「君、名前は?」
レメアさんはそう尋ねてきた。よくあるシュチュだ。助けられた者と助けた者が打ち解け合うという定番の馴れ初めだ。
だが、私は名乗るのを断った。
「私、名乗れるほどの者ではありませんよ」
普通は強者や助けた者が言う台詞だろうが、本当にここで名乗るほどの者ではないので、私は断った。
そもそも、名前を知られるというのはリスキーだ。
名前というのは、かなりの重要資料である。その者を特定できる、言ったら1番の手掛かりである。
実名を晒さないのは、どの世界でも常識だ。私の経験上、実名を晒していない方が、危険に巻き込まれる心配が少ない。それほど、実名は大事なのだ。スパイとか、マフィアがコードネームとやらを使っているのはその為である。
私が断ると、彼女は早々に手を引いた。
「そうか、慣れ親しみがないなぁ、君は」
その通りだ。私には本当の意味での慣れ親しみなど存在しない。
────人を真に心から信用するなど、私にはできないのだ。
■■■
本題に入る。私は道を尋ねたいのだ。
「ところで、レメアさん。ひとつお聞きしたいのですが……」
「ん? 何だね?」
「王都への道はどちらでしょうか?私、道中で道に迷ってしまって、地図も持ち合わせてないもので、どうしたものかと……」
「あぁ、王都への道かね。それなら、この道をあちらに真っ直ぐ暫く進めば見えてくる」
レメアさんは一本道の南側を指さした。
「あ、そちらだったんですね。度々ありがとうございます」
「いやいや、なんなら送ってやることもできるが」
至れり尽くせりである。流石にそこまでは求めてない。
「あ、いえいえ、大丈夫ですよ」
この時、私はどうしようもなく彼女から距離をとりたかった。
何故かの理由は、この後露見する。
「そうか、では、私はこの周辺の警備に再び戻る」
ようやく彼女と離れることができる。そう安心していた。
実際、彼女といた時は緊張しかなかったのだ。
別に女性と話すのが不慣れなのではない。
「それでは、ありがとうございました」
私は立ち去ろうとした。
「ちょっと、最後にいいかね?」
止めたのは無論、彼女だった。
そして、もうひとつ、私に質問をしてきた。
「君、さっき、抵抗しなかったのは何故かね?」
私は寒気が走った。
さっき言ったように、私は自分を隠したい人間だ。詮索や認知はできるだけ避けられたいのだ。それは身の安全や私の今後の平穏に関わるからである。
その為に私は力を隠した。
彼女と居合わせたくなかったのは力量を悟られたくなかったからである。
恐らくこの場は惚けても無駄であるので、私は素直に自白することにした。
「よく分かりましたね」
「まぁ、あそこまで芝居臭かったら流石にな」
「やはり、そうでしたか。私もまだまだ練習が足りませんね」
自分でも薄々思っていた。そりゃあ、棒読みで「助けて」って言ってもなぁ。バレバレだよな。
「これでも私は1級騎士を務めている。様々な騎士を見てきた為、他人の力量くらいなら見定めはできる所存だ」
「では、私はどのくらいに見えますか?」
「そうだなぁ。少なくとも、私の部下と同等……、いや、もしかしたら────」
「私と渡り合えるかもしれないな……」
彼女は相当の自信をお持ちであった。そうでなければ、騎士は務まらないのであろう。
に対して、私も相当な自信は持ち合わせていた。だが……。
「それはないですよ」
なんせ私は転生直後だ。武器も何も無い。魔法は使えても、魔力に関しては彼女には到底及ばないだろう。そう判断した。
「あぁ、それと、先程の問いについて返答します。私は面倒臭がりなんですよ。道を尋ねたいだけで、別に体力を使う気はありませんでした」
「そうか、なるほど」
一瞬、気を引く彼女。私の意見は一様彼女にも通じたのだろう。しかし……。
「だが、君のやり方は実に非効率だ」
反して、彼女にも意見があった。
「抵抗しなければどうだ、君は間違いなく、痛めつけられていただろう」
「その時は抵抗したまでですよ」
「だが、私にはそれが最善の術とは思えない。私は騎士だ。ある程度の善行なら私には理解できる」
確かに騎士は正義を磨く職だ。剣術ではなく、騎士道というものを学び、極めるという仕事だ。彼女だけでなく、騎士なら誰でも大抵の善行は理解できるだろう。
「私は数々の同僚の死を見てきた。だから経験はある。君を見てると、その同僚を思い出してしまうんだ。なので、君に言っておこう」
「そのやり方じゃ、君はいつか間違える」
どうやら、彼女にも、様々な過去があるらしい。それを詮索するのは止めておくが、この言葉には説得力があった。
これに私は無性にモヤモヤした。焦れったくなった。
そしてこの時、私は思った。「この人とはやはり馴れ合えない」と。
勿論、私も反論した。
「何かひとつ勘違いしてるようなので、私からも言っておきましょう」
「私に普通の価値観はありません」
私は好かれたい訳ではない。例えそれが王都の1級騎士であろうと、たかだか世界のたった1人なのだからそんなのは誤差に過ぎない。
そもそも、普通の価値観、普通の感情のない私と馴れ合うことが間違っている。ここで嫌われても、軽蔑されても別に構わない。
空気が重いのを感じる。
当然だ。そうなるような発言を私がしたからだ。
結果、私も彼女も退かなかった。むしろ貫いた。
恐らくなのだが、お互い分かってしまったのだろう。
第三者が聞けば、何の話かさっぱりだが、しかと私たちは心付いている。
この話は、この言葉は、私たちの運命なのだと。
そして、後々、この出会いが大きく発展するのだが、それをまだ私たちは知る由もない。まあ、知る必要もないのだが……。
「君は一体何者かね?」
当然、再度質す騎士。
あれだけ話し合ったのだ。せめて私の正体を知っておきたかったのだろう。
だが、私の答えはひとつだ。
「名も語らない、ただの旅人ですよ」
再び礼を言い、私はそのまま王都の方角に歩き出した。
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