第Ⅱ話 101回目の転生
序章 The new Life
第Ⅱ話 101回目の転生
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何も存在しないところから、新たなものが生まれるというのは、非常に神秘的だ。
それは物理的にではなく概念的にそう思うだけであって、そこに神秘的である理由はない。ただ、神秘的に思うだけだ。
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だが、この行為は「奇跡」と言っていい行為だ。
誰の手を借りた訳でもなく、ただ独りでに構成されるのだから、本当に「奇跡」のようなものなのだ。
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「転生」というのはまさにそういうものだ。
まぁ、私はその「奇跡」とやらを101回も繰り返しているのだが……。
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魂が新しく身体に乗り移ることを「憑依」という。
今、私は、私の魂は丁度その憑依の真っ最中だ。
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ひとつひとつ、身体の細胞が構成されていくのが分かる。
それは、コンマ数秒にも満たない「刹那」に近い一瞬だが、この時間はいつもとてつもなく長くゆっくりと感じる。
そして、心地良い。
正直な話、この転生する時の「奇跡」と言える一瞬が、私の生命活動の中で1番気持ちよくなる。まるで、マッサージを受けている感じだと思ってもらえればいい。
血液一滴一滴の循環を感じる。脈一つ一つの鼓動が確認出来る。
それだけの事だが、それだけの事が私にとって凄く安らぐ気分になるのだ。
流石に普段はそんなものは感じられない。
だが、この生仕上がりの身体を持った魂だけの私には、それが可能になる。息を吸うように感じられる。現在、私の五感は研ぎ澄ますに研ぎ澄まされている。恐らく今なら、数百メートル離れた人の声も聞こえるだろう。
実際は、五感など感じる部分はまだ未構成だが、意識的に感じるのだ。
まぁ、これを語ったところで同感できる生命など、私以外にいないだろうな。
だが、そんな「奇跡」の数秒も、もう終わりを迎える────
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アップロード完了────
別にVRMMORPGの世界にログインした訳では無い。
機械やコンピュータみたいな表現だが、魂が完全に身体に憑依した時は、本当にこんな感覚である。
先程からハッキリはしていた意識が、よりハッキリする。
視界というものがようやく認識でき、光が一気に隙間から溢れ出す。
それと同時に私の五感の在り処がようやく理解出来るまでになっていく。
身体を失って約169時間。久々に手に入れた身体に、何となく安心感を抱いた。
そして、私の身体は反射的に、自然と瞼が上がった。
周囲の光という光が私の眼球に投影される。白い澄んだ光。その光は私の慣れない脳に強く印象づける。
だが、まだぼやけていた。
そこで、私は瞬きを入れる。これは自然にではなく、意識的に。こうすると、視界がハッキリし、よりくっきりした景色が見えるのだ。
パチリ。
そんな音が聞こえるくらいしっかりと瞬きを入れた。
眩い光が少しずつ和らいでいく。
白という白が色を形成していく。
そして、本来の濃さへと、世界は彩られた。
だが、広がる景色は────霧に包まれた草原であった。
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再び目に入ってきたのは一面の白。
しかし、先程より鮮明になった景色は一瞬で霧だと判明する。
ぼやけていた眼をくっきりさせても、まだぼやけているとはとんだ嫌がらせだな。
とにかく、今、私は私がいる状況を確定させ認識しないといけない。それは転生して真っ先に行うべき最重要事項だ。
五感を通して、まず頭に入ってくるのは視覚である。霧が出ているとはいえ、陽の光がぼんやりある。時期は早朝だ。ちゃんとした時刻は分からないが、恐らく6時過ぎくらいだろう。そして陽の光がより強いところ、方角的にあちらが東だろう。
次に頭に入ってくるのは、触覚だ。手は朝露のせいかどうも冷たく、濡れているようだ。これも、時期が早朝であることを示している。そして、背中にも何かを感じた。ひんやりとはしているが、どこか温かみを感じる、固くてザラザラした感触。ちょっと身体をゆすればパキッといった音がする────、間違いない、これは木の感触だ。
ここまでを纏めると、どうやら他人から見た私は、早朝の草原に佇む1本の木に1人もたれかかっている状態らしい。
しかし、困ったものだ。
なんせ、今の私には時差ボケが起きている。
今まで死んでから何時間とか、時間経過を数えていたのは今まで生きていた前世での時刻が基準だ。私の体内時計はこの2000年以上でかなり鍛えられている。誤差は生じるが、前世ではお昼時のはずなのだ。
ったく、毎度毎度、転生する度にその世界の時間にリセットするのはいささか面倒臭い。世界を創る神とやらも世界の時刻くらいは統一してほしいものだ。
さて、状況確認に戻ろう。
取り敢えず、今の状況の要素から、ひとつ重大なことが分かった。
私の身体が「
これについては、正直ホッとする。
いや、当たり前だろ、と他の人は思うだろうが、これは結構重要な分岐点になりうるのだ。
そもそも、必ずしも転生した先で自分が人であるとは限らない。
私の統計では元々の生命活動が人だった場合、人に転生する確率が高いが、私だって、人以外にも転生している。
スライム、ドラゴン、悪魔、天使……果ては植物まで、私は転生したことがあるのだ。
因みに、過去に私が転生した回数、100回の転生した生物の割合は「人73:人以外27」である。
特にスライムはハズレとだけ言っておこう。今回は手足の感覚がハッキリとあるあため、その可能性はないがスライムだけは本当にもうなりたくない。マジで。
前々に、閻魔さんと会話したこともあるが、あの方ですら、「スライムに転生することだけは、転生よりも地獄に堕ちるのを選んだ方がいい」と表現しているくらいだ。なので、私たちの業界(と言っても私と閻魔様だけだが……)では「転生のハズレ代表」や「世界一生きづらい種」とも呼んでいる。
そう名付けて以来、私は他世界でスライムを倒すのを辞めた。なんか、可哀想になってきたしな……。
転生して自分が何の種族かを確かめるには、まず手を見るのが手っ取り早い。
もし鱗があるなら、魚人やドラゴンといった種族。
剛毛ならば、獣人やドワーフといった種族。
まず手を視認さえ出来ないのならば、スライムや魚類、植物などといった種族である。
パッと手を見やる。
少し赤みがかった綺麗な薄橙の手。手自体に毛は殆どなく、鱗もない。
どうやら今回は「人間」に転生したようだ。
そして、もうひとつ、状況や種族と同等な大事なことがある。
事実、これを確かめないとえらいことになる。どれくらいのかと言えば、周りの人々が軽蔑するくらいだ。私の第一印象がそれを知らないがために、「変態」と固定されてしまうくらいのことだ。
これを確かめる方法は、単純かつ明確かつ容易。
股の間に手を入れるのだ。
────
診断結果────
ここでひとつ言っておきたいが、私に軽蔑を抱いたり、下品とは思わないでほしい。
翌々考えてもみろ。誰が転生後の性別が、転生前の性別と一緒なんて言ったんだ?
現に私は過去に7回女性になっている。
そして、初めて女性になった時に失敗している。
どんな失敗だったかは……、聞かないでくれ。思い出したくない。
因みにだが、私の一人称が「私」なのは、どちらの性別でも違和感がないからである。
と、いうことで、この世界の私は「種族:人間」「性別:男性」という分類だと分かった。
私の状況整理も済んだところで、次にやることもここでやっておくことにした。
言い忘れていたが、私には転生した時にする、ウォーミングアップ的な恒例事がある。状況整理もその内のひとつだ。
ウォーミングアップは全部で4段階。4ステップある。
ステップ1は状況整理。まぁ、これは終わったので、次のステップ2に移ることにしよう。
ステップ2は、「準備運動」だ。
まぁ、これの目的は簡単に言うと、コンディションチェックと気分転換である。
コンディションチェックは文字通り、身体の状態を確かめる。
どれくらい丈夫なのか、どれくらい体力があるのか、筋力や肉付きはどうなのか、それらの基礎体力、基礎代謝を身をもって検証していく。
だが、予め言っておくと、前世ではまあまあ運動能力はあった方なのだ。医者からもお墨付きの健康を貰っていたし、生活習慣も悪くはなかった。
しかし、流石にメンタルや記憶は受け継がれても、運動能力までは転生によって受け継ぐことが出来ない。もしかしたら、この身体はウイルスに弱く、病気になりやすいかもしれない。
そういうのがあるので、きちんと自分を知る為にも、知って間違えない為にも、準備運動は必要なのだ。
もうひとつの気分転換は、要するに前世の迷いや心残りを断つためである。
「死」というとのはいつも突然だ。いくら身構えようが、誰も「死」の瞬間を予測、察知はできない。常にそう思っている私でもだ。そのため、どんな死に方でも、必ず未練が残る。残してきた友や家族への感謝、謝罪、やりたかったことや後悔。言い出せばキリがない。
だが、それをズルズルと他世界まで引きずるわけにもいかない。
よく勉強の合間とかに、気分転換に筋トレをしたりする者もいるだろう。それと同じ感覚だ。この準備運動はそのために行うのだ。
そうとなったら、早速行動だ。
私はそう思い、ゆっくりと起き上がる。
だが、私の身体はまだ思い通りに働かない。私はその場でふらつき、もたれかかっていた木に手をかけ身を預けざるを得なかった。当たり前だ。まだ魂が憑依して数分、そんなすぐに新しい宿り木に精神がいついていけるわけもない。
経験上、憑依した魂が新しい身体にようやく慣れるまで、少なくとも30分近くは有する必要がある。これは残念ながら、いくら転生を繰り返そうが、慣れることはない。
気を取り直してもう一度、独りでに立ち上がる。
まるで老人のような佇まいで、今にも杖がなくては倒れてしまいそうだが、それでも踏み留まる。
今の私は、さながら生まれたての子鹿のようだ。実際、生まれたてなのだから間違ってはないが。
────
数分が経過し、ようやく足付きが安定してきた。フラフラだった両足が遂に地面に対して垂直に立った。
ここで一度、背伸びと深呼吸を入れる。これはただ単なる、私の気紛れだ。いつもしているわけではない。
ぐぅんっ、うぅん────。
すぅ、はぁ────、すぅ、はぁ────。
気も済んだ。
さて、準備運動を始めるか。
■■■
準備運動のメニューはいかにもシンプルだ。
スクワット、腹筋運動、背筋運動、腕立て伏せ、懸垂、ランニングetc.……。
いつもこれをしている。毎回、このメニューを淡々とこなしている。
まあ、見ても聞いても分かるように、やはり凄くシンプルだ。
部活動のウォーミングでやる程度のメニューなのだから、さほど難しくない、普通の人でもこなせるレベルだ。
これを30分程度で行う。こうすることで、丁度いいくらいに身体が適度に温まる。そして、未練も吹っ切れるのだ。
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さて、最後の項目のマット運動(マット無し)を終え、私は一旦元々いた木陰に戻る。マット運動と言うよりは体操だな。前方倒立回転飛びとか4分の1ひねりとか、授業で行うくらいの簡単なものだ。……いや、流石にバク転とか宙返りとかは授業ではやらないか……。
そして、再びもたれかかる姿勢になる。
汗が額から太ももまでを濡らし、少しスカッとした気分になる。とてもシャワーが欲しくなるが、そんなものはここにはないに違いないので、取り敢えず腕で拭う。
軽い運動だが、結構激しめに運動したつもりだ。
だが、息はそこまで荒くない。どうやらこの身体は、結構体力があってタフなようだ。助かる話、私は自分の身体に負担をかけ気味のようなので、このタフさは素直に嬉しい。
身体のタフさが分かる一方で、私の身体と魂の憑依化も、ようやくしっかりしたものになってきた。
本来なら、この新しい身体で山を超えるほど飛び回りたいところだ。うんと身体を使いたい。うんと身体を動かしたい。この喜びを全身で表現したい。
だが、あまり疲れることは避けたい。ま、仕方ないな。ここで体力を使い切っては意味が無いからな。
まあ、その理由はこれから分かる。
なので、間に合わせにステップ3に移ろう。
ステップ3は都市に移動である。
■■■
さて、ここで問題だ。
ここまで約40分、状況確認や準備運動をしてきたが、私は今、「翌々考えれば、何故こんなところで悠長に運動してるんだ?」と思っている。
では、それは何故でしょう?
順を追って説明していこう。
転生時刻は午前6時。運動を暫くして、現時刻は恐らく午前7時前になる。
そして、ここは何処かと言うと、ここは
ファンタジー世界というのはただの直感だ。別になんの根拠も確信もない。
だが、どうだろう。もしここがファンタジー世界なら、私は今、どんなふうに見えるだろう。
ここでの、どんなふうに見える、という評価の求め方は人間から見てではない。
では、誰からなのか。
人間以外の生物。ファンタジー世界においての人間以外の生物。
そう、モンスターである。
改めて、言おう。今は何の時間だ?7時過ぎ、朝。つまり、昼行性生物ならとっくに起きてくる時間だ。
では、君たちなら起きたら何をする?
着替える? 寝癖を整える? それもあるかもしれない。
だが、それ以上に大事なことをするだろう。
朝食は食べないか?
────
もう、分かると思うが、この時間帯になると、もうそろそろモンスター共が食事目当てにうろうろし始めるのだ。
つまり、今の私は恰好の獲物。標的。対象。
草原に転がる骨付き肉のような存在だ。
ファンタジー世界では、他の世界と比べ物にならんほど弱肉強食の形がはっきりし、更に他世界よりも格が違うほど厳しい。
もし、他世界の者が森の中で転生されようものならば、数分も満たないうちにお釈迦である。
正直な話、実際は街の中で転生する方が珍しいのだ。私は101回転生してきたが、そんなドンピシャで街に転生したのは、たったの5回である。
ホント、どうしてゲームやアニメの主人公は、こうも街の繁華街ピッタしに転生するのだろうか……。一発で約5%を引き当ててんじゃねぇよ。
さあ、これだけ話せば、今がどれだけヤバい状況か分かってもらえるだろう。いや、分からなくても察してほしいもんだ。
ましてや、今なんと、先程まであった霧が薄くなっている。どちらかと言うとほぼ消えている。
つまり、今なら大サービス。どうぞ狙ってください。ここにいい肉ありますよ状態なわけだ。
まったく、全くもって笑えない。
だが、狼狽える必要も無い。
まぁ、こんなこと、計算内のことだ。いつものことだ。慣れっこなんだ、こんな状況は。
つまり、私は「異常人格者」なんだろう。
────
そもそも、人であるか、疑わしいが……。
それに、今の私にはこの高スペックの体力がある。
経験上、低級モンスターなら逃れるくらいお茶の子さいさいだろう。だからこうやって悠長に半時間も準備運動をしてたし、少なくとも、身体は慣れたものだから怪我はしても死ぬことないだろう。
体力を温存したいのも、そのためである。
まあ、だからと言ってモンスターに出会うのはいささか面倒だ。
さっさと、この場から退散しよう。するべきだ。
さて、では、出発するとするか。
そう思い、私は旅への第一歩を踏み出した。
────その時であった。
ホント、漫画みたいなことも、たまには起こるものなんだなぁ。
ったく、つくづく私の悪運のよさに呆れに呆れてしまう。思わず溜め息が出るほどだ。
できれば、出会いたくはなかった。
これは
だが、受け入れるのはそれはそれで不可解だ。
結果だけ言うと、上から、何かが降ってきたのだ。
いや。何かと表現するまでもない。そこまで小さいものではないからな。
そこに落ちてきたのは、勿論美少女でも、あるいは低級モンスターでもなかった。
そこに落ちてきたのは────。
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