第Ⅰ話 断罪の魂

序章 The new Life


第Ⅰ話 断罪の魂


 さて、これで閻魔さんと出会うのは何度目になるだろうか。


 いや、問い掛けなくても分かるな。101回目だ。


  ────


 あまりにも脈略の無い始まり方なので、解説をつけておこう。

 私はついさっき、と言っても、7日前なのだが、私は交通事故で命を落とした。まあ、7日前なんて、私の長い人生からすれば短い時間であるから、別にそこまで気にする必要は無いが……。嗚呼、人生という表現もおかしい話か、私には。

 まあ、それは置いておいて。

 という理由で、私は死んでいる。その世界では死んだことになっている。故人である。

 ではなぜ、こんな風に流暢に自分の状況解説をしているかという話になる。まあ、そうだろうな。死人が話をするなんて馬鹿げてるしな。

 理由から説明すると、ここが天界だからだ。

 いや、正確には天界への道だな。これから、その天界へ行けるかの選別があるのだから。


 では、あなたに聞きたいが人は死んだらどうなると思う?

 よく宗教で、閻魔様の所へ行くとか言われていると思うが、正直、信じてない人が殆どだろう。

 しかし、事実、実際は全くその通りなのである。

 上の答えは「閻魔様に裁かれる」なのだ。


 生物は死亡すると魂だけの存在となる。魂だけとなると必然と天に召されてしまう。これは魂全てが受け入れなければならない事実だ。

 しかし、例外もある。それが呪縛霊といった幽霊だ。

「死」を受け入れられず、異常な感情でその場に執着するものの魂は具現化し、霊と化すのだ。これは全体の1割相当に値する。

 それ以外の、特に異常な感情を持たない9割の魂は、文字通り天に昇るのだ。天に昇って、裁かれるのだ。それが今の私である。私は今、閻魔様に裁かれるのを待っている状況だ。


 ここは「裁断の間」。天界への道。閻魔様によって裁かれ、捌いてもらうところだ。


 死んで7日間。死んでから168時間。私は裁かれるのを、捌いてもらうのを待っている。正直、暇だ。だって待っているだけなのだから、そりゃあ暇で仕方ないだろう。暇だ。暇で暇で死にそうである。

 まあ、私は既に死んでいたのであるのだが……。


 ────


「25004番、中へ」

 番号を与えてもらったはずはないが、何故か私は中へ入っていった。いや、吸い込まれたと言ったほうが正しいだろう。

 そして、遂に番がきたとホッとした自分が身の内にいた。「身」は無いのだが……。


 ところで、皆さんは閻魔様についてどんなイメージを持っているだろうか?

 毛もくじゃら。赤い顔。偉大な方で、怒りっぽい、鬼のような存在────大概はそんなイメージを持ちがちだろう。閻魔様というのは全ての生命を、魂を断罪する存在なのだから、そりゃあ厳しいものでないといけない。

 しかし、実際は……


「よう! 久しぶりじゃのう!」


「久しぶりですね。閻魔さん」

 私は簡単に挨拶を返し、閻魔さんの前についた。


■■■


 敢えて言っておくが、このように閻魔様は陽気な人である。見た目は確かに鬼のようだ。と言っても鬼ではないが。朱い顔、逆立った髪の毛、威厳に満ち溢れた顔立ち。想像通りの想像の閻魔様である。閻魔様そのものである。

 だが、その中身はこうだ。陽気、剽軽ひょうきん、気さく。この方を着飾るにはピッタリの言葉は、おぞましいや怪訝けげんではなくどちらかと言うとそういう言葉である。

 そもそも、世間では閻魔様=怒りっぽいイメージが強いようだが、私が見た限り、会った限り、この方が怒ったことなど1度もないし、1度も見たことがない。だが、それは私が善人だからではないと思っている。正直、願っているだが……。何度も生命活動してる私だって、完璧に善人などできないのだからな。そうだと信じたい……。

 まあ、流石に101回も会え、我々のイメージ通りの閻魔様なのなら、1回と言わず、数回くらい激怒してもよいものである。


「さて、今回はどんな死因かのぉ♪」

 私の死因について、ノリノリの閻魔様。そのノリノリの閻魔様は手元の断裁の書と言われる物を、ワクワクドキドキの小学生のように開いていく。

「いや、閻魔さん。人の死因を楽しそうに見ないで下さいよ」

 まったく、不謹慎じゃないか。時と場合を考えてほしいものだ。


 初見の人、と言うか、私以外の人はほぼほぼ初見だが、私たちのこの光景はどうも信じ難いだろう。まず、閻魔様を「さん」付けするのはどうなのかという話だ。

 いや、だからと言って私以外の者は、決して会っても真似するなよ。初対面のただの人ならまだしも、相手は天下の閻魔様だ。私だって、閻魔様に認められてなければそんな言い方はしてないし、そんな勇気はない。勇気どころか言う気もないだろう。

 まあ、まず言えるもんなら言ってみろ、と言いたいところだが……。

 そもそもの閻魔様というイメージから、とてもとてもそんな親近感溢れる呼び方なんて初めからできないだろうからな。


 あくまで、この親近感は閻魔様公認であってこその親近感だ。


「まぁた交通事故か! ガッハッハッハッハ!」

 パタン、と手元の断裁の書を閉じる。

「だから、人の死因を読み上げるのに笑わないで下さいよ!」

「まあ、仕方なかろう。交通事故と言っても、どうやら向こうから突っ込んできた模様だからな。流石のセインでも、予測も回避も出来んだろうに……、ガッハッハッハッハ!」

「だから、笑うのを……、はぁ────」

 もう、ツッコむのを止めた。まあ、これがこの方だし。言ってもキリがないだろう。


 ったく、閻魔様という職業はなんて気楽なんだ。もし、選べるなら、私だって閻魔様出来るんじゃないか? 1度やってみたいものだ、と私は心底思った。


■■■


 この裁断の間にいると、時間を忘れる。それはこの空間だけは他世界と切り離され、時間がゆっくりと流れているのに関係する。


 長い間、私の体内時計的に、恐らく45分程度、閻魔様と話をした。

 話した内容は、前の世界はどんな世界かだったり、前世ではどんな人生を歩んだかだったり、まあ思い出話だ。


 この思い出話は閻魔様に会う度にやっている。

 言わば、恒例行事みたいなものだ。


 キッパリ言って、楽しい。


 しかし、この楽しい時間も永遠に続くわけでは無い。閻魔様も閻魔様の仕事を、役目を果たさなければならないのだ。


「さて、そろそろ主に判決を言い渡さないとダメなのだが……、お主なら、天国と地獄と転生、どれがいい?」

 これも毎度恒例の行き先選択。

 地獄は罪の償いたい者が。天国は思い残しのない者が。転生はもっと生きたい者が、選択する。

 私は101回も転生、死亡を繰り返しているのに、この方は何度だって聞いてくる。まあ、それが仕事らしいからな。そして、私の答えは初めから、1回目の時から常にひとつだ。


 私の答えは……。


「私は、地獄に堕ちたい」


「むう、やはりか……。お主は毎回毎回そう言っておるな。いつも言っておるが、お主は地獄に堕ちるべき存在ではないのじゃぞ」

 分かっている。私以外ならそうだろう。

 でも、私は違う。堕ちるべきなのだ。

「では、実際の判決は……」

 ペラペラと断裁の書を開く。その書には私の、そして、私以外の死んだ者の、ありとあらゆる情報が詰め込まれているらしい。先程、私が言ってもないのに、死因を当てたのもその書のお陰だ。そして、今閻魔様が見るものは、私についての判決だ。地獄に堕ちるか、天国に昇るか、転生するか、その書によって決まるらしい。そして、この書は閻魔様にしか読めないそうだ。

 書から謎の光が溢れ出し、その光が辺りを照らす。


 そして、私の判決が下された。


「25004番。お主の判決は────」



  ────転生だ────



「────」

 まあ、分かっていた。何も驚きはしない。

 私にも、勿論、閻魔様にも分かっている。これが必然であり、そして元より、私の願いなど叶わぬ事など。私たちは知っていた。知り尽くしていた。


「まあ、そうなりますよね」

 気を落とした訳でもない。別に分かっていた事実をただ告げられただけなのだから、何も感じることは無い。強いて感じるなら、「やっぱりな」とでも思考しておこう。


 普通の人なら、私以外なら、ここは喜ぶところだろう。転生など、そもそもの話、滅多にない事であり、ましてや死んだことをリセットさせてくれるのだから、喜ぶべき事なのだろう。

 だが、私は違う。

 冒頭に言ったように、私は既に100回転生してる。今回を合わせると101回だ。遂に3桁に乗っかってしまった。

 私を精神年齢的に言うと、2600歳。正しく言うと2602歳。

 つまり、26世紀近く生きているのだ。

 2000年なんて、気の遠くなる話だろ?私だってそうだ。

 そして、2000年以上生きてるとどうなるか。

 暇になる。暇人になる。

 流石にそんな膨大な時間があれば、やりたい事など山ほど出来る。やり尽くしてしまうと、暇で暇で仕方なくなる。2000年だぞ? 正確には2602年だぞ? いくら時間が足りないと言っても、そこまでは必要ないだろ?


 要するに。私が転生を拒む理由を端的に言うと──。


 生きるのが、もうウンザリなのだ。


 とは言っても、受け入れなければならない。それが、世の道理だ。

「済まぬな、いつも。儂がお主の思うように地獄に堕とせられればいいのじゃが……」

 気を落とす閻魔様。これはこれでシュールだが……。

「いいえ、閻魔さんに責任は無いですよ。だって、閻魔さんはただ、読んでいるだけなんでしょ?その書に書かれている文字を」

「────」

 閻魔様の持っている裁断の書。あれは確かに閻魔様にしか読めない書だ。私も確認させてもらったことがあるが、どう見ても真っ白なページが何枚もあるようにしか見えなかった。つまり、閻魔様にしか読めないのは確かだ。

 しかし、決めるのは閻魔様ではない。

 判決を実際に下し、魂を捌くは閻魔様ではないそうだ。

 それ以上の、閻魔様よりも上の存在だ。


「儂に、もっと権力があれば……。ったく、神も酷な真似をしよる」


 神。

 閻魔様より上の存在。

 この世を統べ、この世を創った、神。

 そして、私をある意味不死身にしたのも、その神だ。

 私の、憎む相手だ。


■■■


 暫く、閻魔様が神についての愚痴を吐けるだけ吐いていたので、「もう、止めましょうよ。私たちは向こうには逆らえませんよ」と声をかけ、話を切ろうとすると、閻魔様は1人でグチグチ言っていた。

 ────あなたは、近所のおじさんか何かですかね。

 取り敢えず、私たちの雑談はここで終了した。


「さあ、そろそろ時間じゃ。準備は出来とるかね?」

「準備も何も、私でなくても、もう分かってらしたでしょ?」

「まあ、そうじゃな。ガッハッハッハッハ!」

 高らかな笑い声が空間中に響き渡る。それはもう、この方が笑えば地震が起きるくらいにドッシリと響いた。これは閻魔様だから、なのか?

「では、セイン。お主は『転生』することとなった。おめでとう、とここで言うのは皮肉じゃな」

「もう、その言葉で皮肉ですよ」

 最後の時が迫っていた。101回目の閻魔様との再会の最後が、身に染みるように感じた。私はどこか寂しく感じた。これもいつもの感情だ。

 しかし、それは閻魔様も同じだったようだ。

「まぁ、そう言うな、セイン。儂なんぞ、お主と話すことだけが唯一の楽しみなのじゃからな」


 知ってる。私はそれを知っている。

 あなたが、こうやってここの時間を意図的に遅くしてるのも、こうやって、魂と話をするためだと。


 閻魔様も私と同じく、暇を持て余している。

 そして、閻魔様もまた、死ぬことがない、死ぬことが出来ない。

 そんな方が、数万年も数億年も、同じように断裁し続けることなんて、まさに地獄と言えるだろう。地獄の閻魔様だが、その名称自体が皮肉を語っている。

 これも、話してくれたことだ。

 この方は、自分が退屈しないよう、自分でこの断裁の間を創り上げたことを、私に話してくれた。唯一、自分が死ないことを、死ねずに退屈してることを共感してくれる私にだ。


 死なないことはいいことかもしれない。

 しかし、必ずしも、生き続けることがいいこととも限らない。

 私達はそれを知っている。


 だから、親近感を持てた。だから打ち解け合えた。

 私はこの方を、とても信頼していると心から想う。


「さて、本当に時間が押しておる。では、またの。セイン」

 唐突でもないが、時間がきてしまった。名残惜しい。そんな気もしないことはない。

 だが、これも宿命だ。

 別れたくないのは閻魔様も同じだろう。

「はい、また会いましょう。閻魔さん」

「お主との102回目の再会が、そう近い日でないことを祈っとるよ」


 光が視界に溢れ出し、閻魔様の姿がみるみる薄れていく。

 そして、意識も段々と薄れていく。


 こうして、私の101回目の断裁が終わり、私の102回目の生命活動が始まりを告げた。

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