第7話

伊達政宗だてまさむねぇ――――!」


 部屋の窓ガラスが粉々に吹き飛ぶ。

 突如とつじょの出来事に目を丸くしてそちらを見てみると、その中を転がりながら着地する奴がいた。


 紅紫がかかった野球のユニホームのような服。下半身はスカートのようなもの。胸には『謙信けんしん様ラブ』と大きく書かれている。その字が彼女の胸の大きさにより、醜く歪んでいた。

 腰に差した一振りの日本刀。

 きりっと釣りあがった瞳には勝気そうな色が見て取れる。

 しかし、そいつの中で一番異彩を放つものは、額にあった。


 ――愛。


 そうかたどられた意匠いしょう仰々ぎょうぎょうしくベースボールキャップの額部分に鎮座ちんざしていた。


 小虎ことらはあまりにも非常識なことに混乱する。


「わたしと勝負しろ!」


 そいつは仁王立ちしながら言い放つ。


 思ったより声が高かった。もしかしなくても女性だ。

 そう言えば、こんな奇抜なデザインをしたものをかぶった武将がいた気がするけど誰だったっけ?


「ん?」


 小虎の疑問をよそに政宗に指を向けていた少女は、そう言い放ったところで不意にあたりを見渡すかのように動いた。


「む。政宗はどこだ」


 そんなことをのたまう少女。

 そのあともきょろきょろしていたが、踏ん切りがついたみたいにそれをやめる。


「なんだ。いないではないか。この愛戦士が間違えるとは……っ」


 そんなことを言いながら立ち去ろうとする少女。


 小虎は目の前にいますよと言ってやりたかったが、視線の先でメラメラと燃える政宗を見た瞬間、口を噤んだ。


「……おい、待て。直江兼続なおえかねつぐ


 そしてとうとうというべきか、小虎のベットで鎮座していた政宗が少女に声をかける。


「む。誰だ! わたしの名前を呼んだのは」

「われだ。この馬鹿者が!」


 そのまま少女を蹴り倒す。


「ぬわっ」

「むん」


 少女はごろごろと転がっていく。

 蹴り飛ばした本人は、成し遂げたぜと言いたげな顔だ。


「この愛戦士兼続に蹴りを入れるとは何事だ」

しつけをしたまでだ」


 文句を言ってくる少女になんの悪いことはしてないかのように返す政宗。しかし、その顔は悪意がにじみ出ていた。


「誰だ! 名乗れ」


 その刀を抜き放つ少女改め兼続。

 それを見た政宗の症状はさらに暗い顔に染まっていった。


「おい貴様、誰に刃をみけている……」


 ドスのきいた声が部屋に広がっていく。


「な、なんだ! 名乗れと言っているだろう」


 その雰囲気に蹴落とされたのか、兼続がしどろもどろになりながらも反論する。

 その姿に嫌気がさしたのか、政宗は深呼吸を一回すると口を開いた。


「われは奥州おうしゅう覇者はしゃ、伊達政宗であるぞ。控えろ、家臣風情かしんふぜいが!」

「は……はあ⁉」


 兼続はぽかんと口を開け固まっていた。

 それをまた蹴り飛ばそうと政宗が動くが、今回は兼続に防がれた。

「お、お前が伊達政宗ぇ。こんなちっちゃい子が⁉」

「口を慎めと言っているのが聞こえないのか、直江兼続」


 ああ、そうだ。直江兼続だ。


 小虎はさっきの疑問が解けすっきりする。


 しかし。


「そもそも、なぜここにに兼続がいる」

「そんなのわたしにもわからない。しかし、このおかげで宿敵政宗に出会うことができた」

「だからわれのことを呼び捨てするな」

「なぜわたしがあなたごときにかしこまらなければならない」

「なっ」


 それと打って変わって、政宗は不機嫌になっていった。


「われは大名だいみょうであるぞ。それなのに――」

景勝かげかつ様よりも弱い輩には頭は下げない」

「なに!」


 無茶苦茶だな。


 かたや大名、もう片方はその家臣。上下関係の優劣は明白。そんな状況でもこんなことをのたまうなんて、馬鹿か肝がわっているかだろう。


 小虎は目の前で政宗をあしらう兼続のことをそう思っていた。


「しかし、世間は私のほうが下だという。なぜだ!」

「当たり前だろう」


 当然のことのように政宗が反応する。


「だからだ。ここでわたしが伊達政宗を打倒し、わたしのほうがすぐれていることを証明してやる」

「なっ!」


 兼続はそういうや否や、政宗に向かって切りかかってくる。

 突然の事ながらも政宗はそれをかわした。


「なにをする!」

下剋上げこくじょうだ」

 当然のごとく反論する政宗だったが、兼続はそれがどうしたとばかりに切りかかる。


「くっ、ここは不利だ。退くぞ、小十郎こじゅうろう

「えっ、ちょっ――」


 なぜか政宗は、傍観者ぼうかんしゃに成り下がっていた小虎の手を引いて窓から飛び降りる。


 まっ。ここって二階――。


「死ぬぅううううううううう」

「大丈夫だ」


 そう問いかけられるときには、政宗の腕で受け止められていた。


 なにこの子、かっこいい。


「なにをしている! いくぞ」


 そんな馬鹿な思考にふけっていると、政宗は小虎を地面におろし腕を引っ張ってくる。

 予想以上の膂力りょりょくに小虎はなすがままに引っ張られるだけだった。


「逃がさない」


 後ろから声が聞こえてきて振り向くと、恐ろしい形相で追いかけてくる兼続の姿があった。


 なにあれ、怖い。


「ま、政宗――」

「どこか広いところはあるか」


 どうするんだと問いかけようとした小虎に、政宗はそう返してきた。


「あ、ああ。その先を右に曲がると公園がある」

「分かった」


 そのまま小虎の言うとおりにかけていく政宗。その先には昔から変わらない姿をした公園があった。


「小十郎……少し時間を稼いでもらえないか」

「は……っ」


 小虎はいきなりそう言われて唖然あぜんとなった。

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