第4話

 結局、あの後小虎ことらが正気に戻るまでに三十分くらいかかった。


「どうだ、落ち着いたか」

「ああ、すまない。政宗まさむね


 小虎は迷惑をかけた政宗に謝る。しかし、政宗にも多少なり責任がありそうな気はするが。


「政宗の話をまとめると、

  一、身体が女になった。

  二、自分じゃ解決できない。

  三、小十郎を頼ろう。

  四、俺のところに来た。

 て言う感じでいいんだよな。」

「うむ、大まかその通りじゃな」


 はぁ。小虎は無意識にため息が出る。


 俺の常識じゃ測れないものばかりだ。人を頼ろうにもどう説明すればいいんだよ。素直に『伊達だて政宗の幽霊が会いに来て、それが女体化していて、俺に助けを求めている』というのか。……ないな。


 小虎はこの状況の無理難題さに愕然とする。


 そういえば……。


「なんで俺のところに来たんだ」

「ん? どういうことだ」


 小虎の質問に政宗は驚いたような顔をする。

 どういうことだって……。この表情じゃ、本当に言っている意味が分かってないな。


「俺の名字は確かに『片倉かたくら』だけど、あの片倉小十郎こじゅうろうとは一切関係ないと思うぞ」

「なに言っておるのか。おぬし小十郎の子孫であろう」

「はあ⁉」


 小虎先ほどの驚愕きょうがくを通り越して驚いた。自分の知らない家の秘密に困惑する。


 いや、だって。俺、誰からもうちがそんな家系とは聞かせてもらってないけど。


「なんでそんなこと分かるんだよ」

「小十郎と一緒の匂いがするからだ」

「匂いって……」


 お前は犬かと言ってしまいたい気分だった。


「われは犬ではないぞ。そんな名前は利家公としいえこうにでも言っておけ」


 どうやら口から出ていたようだ。


「利家公?」

「いや、なんでもない」

「そうか……。でも、それじゃあ理由にはならないだろ」

「いや、われには分かるのだ」


 意地を張って引かない政宗。

 いろいろあって疲れていた小虎は正直うんざりしていた。


「はいはい。もうそれでいいよ」


 結局、小虎が折れることでこの話には決着がつく。


「では頼むぞ。第十九代目片倉小十郎」

「へいへい」


 小虎は変な使命を政宗から託された。しかし、小虎は適当にやれば何も起きないだろうと問題の先送りをしようとしていた。


「よし。では、おなかがすいたし夕餉ゆうげにするぞ」

「え……ッ⁉」


 その言葉を聞いた瞬間、小虎の顔が絶望と驚嘆に包まれる。


「なんだ小十郎、その顔は?」


 いや、だって、え?


「あの、ここに住むんですか」

「当たり前だろう。小十郎のいるところが、われの住居だ」


 Oh, my Godそんなばかな!


「どうだ。小十郎もわれと住めて幸せだろう」


 なわけないだろ。竜姫ねえさんにどう説明するんだよ。


 小虎はこれから苦労に思いをせ、泣いていた。


「うれし泣きをするほどじゃないじゃろう」


 違う。これは悲嘆ひたんのあまり涙が止まらないんだ。


 しかし、政宗は小虎の心情を理解しないまま、はははと高笑いしていた。


 こうなったら仕方ない。


 小虎は政宗を追い出すことをあきらめ、どうやっていくかを考えることにした。


 ……決して逃げたわけではない。


「……とりあえず、この部屋をどうにかできないか」


 政宗は真っ白に染まった部屋を見て、政宗にそういてみる。

 あまり期待はしてなかったが、


「ん? そのくらいならいいぞ」


 ――ぱちんっ。


 政宗が指を鳴らすと、まるでしもが引いていくようにいつもの見慣れた小虎の部屋に戻っていく。

 さわーっとした音が鳴り、白いきりみたいなものが幻想的でその去り際も美しかった。


「「……」」


 しかし小虎も政宗もそんな光景など一切目に入らず、とある一点に視線が集中していた。


「なあ、政宗」

「な、なんだ、小十郎」


 小虎が淡々と声をかけ、政宗が動揺を隠しきれていない声音で返す。


「……あれも元に戻るんだよな」


 二人の視線の先には、いまだ立派に咲き誇る一本のふじがあった。


「……政宗」

「…………」


 小虎が問い詰めるが、政宗はだんまりである。


 ……。


 …………。


「………………むり!」

「お~ま~え!」

「いひゃい、いひゃい。あうじのほおをひっぴゃるとはにゃごとか」

「……うるさい、黙れ」

「……ひゃい」


 小虎は怒りに任せて政宗の頬を引っ張る。政宗がなにかと抗議をしてくるが、小虎はどこと吹く風でその抗議を無視する。

 小虎が目で脅すと、政宗はびっくりするほど静かになっていった。


「はぁ……。どうにかするから、政宗はこの部屋から出てくるなよ」

「……はい」


 小虎が相当怖かったのか、政宗はシュンと大人しくなっている。


「そこの吹き飛ばした窓もどうにかしておいてくれ」

「わかったのだ、小十郎」


 小虎はあらかた指示を出すと部屋から出てく。そのとき見えた政宗の顔は、いまだにシュンと落ち込んでいた。まるで、いたずらをして怒られた子供のようだ。

 小虎は、がしがしと後頭部を掻く。


 さすがに言い過ぎたか。


 小虎は政宗のその態度に、じわじわと多少の罪悪感が噴出してくる。


 しかたがない。


「……政宗」

「……ッ! ひゃ、ひゃい!」


 政宗の返事は見るにえないものへと変貌へんぼうしていた。


「あー、えーと……、あれだ。せっかく出てきたんだから楽しんでいけよ。確かに迷惑だとは思ったけど、いろいろな俺の知らない話が聞けるのは面白いから……。まあ、なにが言いたいかと言うと、俺はお前を歓迎しているぞ」


 うまく伝わったか。


 そう思いながら部屋を出ていくと、後ろから『だから主のわれをお前呼ばわりとは、いったい何様だ』とさっきの調子で聞こえてきた。


 よかったよ、元気になって。


 小虎はそう思いつつ、リビングに向かっていく。

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