第3話

 政宗は立ち上がり、虚空から一丁の銃を取り出す。


「はあ……ッ⁉」


 小虎の表情は驚愕に包まれた。どこからともなく銃が現れれば、そんなことができる人間以外そんな表情になるだろう。


 火縄銃?


 政宗の持っている銃を見たとき、小虎の脳裏には火縄銃が浮かんだ。でも、確かに形は似ているがサイズが小さい。

 そして小虎はその銃口が向いている方向を見て、ようやく思い出した。自分の今いる空間こそが不自然の、非常識の象徴だったということを。


「〈氷花――藤〉」


 政宗がそうつぶやくと、その持っている銃から砲火が放たれる。

 その銃弾が部屋の壁にぶつかり、そして。


 ――氷でできた、立派な藤の樹を作り上げた。


「……」


 小虎はその光景に呆然とするしかなかった。

 視界の端にドヤ顔する政宗が写るが、いまの小虎にはそれにかまっていられるほどの余裕はなかった。


「どうだ、小十郎。これで信じてもらえるか」


 とてもうれしそうに話しかける政宗。

 しかし政宗を見る小虎の瞳は、そんな可愛く跳ねる小動物をめでるような目をしていなかった。


「な、なんなんだよ、それは!」

「ん? この樹のことか。これはな、われがあのクソ鼠の命令で――」

「そうじゃないって!」


 声を荒げる小虎。その目は異形の生き物を見るかのような畏怖と、困惑に染まっていた。


「じゃあ、何のことだというのだ?」

「その力のことだよ‼」


 なかなかこっちの意図を読み取ってくれない政宗に、小虎はイライラして癇癪を上げてしまう。


「その力?」

「ああ、そうだよ! そのいきなり出てきた銃もそうだし、それから打ち出されてできたあの樹は一体何だって言うんだ‼」

「何だと言われてものう」


 小虎の言ったことに、むむむと悩む政宗。そんな態度の政宗に小虎はまた何かしらの苛立ちを深めていく。


「いつの間にかできるようになっていたのじゃ」

「はあ⁉」


 政宗の素っ頓狂な説明に小虎は間抜けな声を上げる。


「どういう事だ?」


 意味が分からない。

 小虎の頭の中は、そんな言葉でいっぱいだった。


「うーん、わからん」


 しかし、政宗から返ってきた返事も期待できるような言葉じゃなかった。

 あっけからんと答える政宗の姿に、小虎は毒気が抜かれるのを感じた。


「じゃあ、前は出来なかったのか」

「出来るわけないだろう。われも元は人間じゃぞ」


 ぐぬぬ。


 何をこいつは言っているんだと、少し馬鹿にした言い方をする政宗。それを聞いた小虎は、さっき沈んでいった怒りとは別のものがふつふつと湧き上がってきた。


「いつできるようになったんだよ」

「ついこないだだ」

「もっと具体的に!」


 できるだけ情報の欲しい小虎は政宗を質問していくが、政宗が要領を得ない回答しかせず苛立っていく。


 なにさっきからイライラしてるんだ、俺は。


 さっきからなぜかイライラする小虎は、客観視して落ち着こうとするがあまりうまくいかない。


「具体的にか。小十郎は注文が多いな。……確か十年くらい前じゃ」

「十年って。お前いま何歳だよ」

「主に向かってお前とは何だ。お前とは!」


 小虎にそう名指しされ、政宗は怒りを見せる。

 変なところで突っかかってくる政宗。


「はいはい。いったいいくつになるんですか、政宗さまは」


 小虎はそんなことをすぐに流し、早く答えを聞き出そうとする。


 俺が政宗の下僕っていう設定、生きていたのね。


 小虎はふんぞり返る政宗を適当にあやしつつ、話を進める。


「いくつだったかの。たしか今年が二〇二一年だろ。われが生まれたのが永禄十年――西暦一五六七年のころじゃから…………ざっと四百五十四歳じゃ!」

「さいですか」


 途方もねえ。


 小虎はあまりにも規格外な数字に呆然とした。


「と言っても、初代小十郎はわれよりも十年早く生まれたから、いま四百六十四歳じゃな」


 初代?


「へえ~、その初代ってのは?」


 小虎も歴史上の人物などは人並みくらいしか知識を持っていないため、政宗に疑問に思ったことを訊いてみる。


「最初にわれに仕えていたのは正真正銘の片倉小十郎景綱。そのあとに大阪で活躍したのはその子供じゃ。名前を襲名するとか言って、二代目片倉小十郎と名乗っておったぞ」

「へえ~」


 小虎は自分の知らなかった話に感心する。


 片倉小十郎って二人いたのか。


「しょうがないのだろうが、小十郎は先に逝ってしまってのう。その後釜を息子が務めたというわけだ」

「ふ~ん」


 その当時を思い出したのか、政宗は少し悲しそうに当時のことを語ってくれる。


「小十郎は忠誠心が高かったのは良かったんじゃが、ちょっと行き過ぎた面があっての。


 われより先に子供ができたんじゃが、主君より先に子供ができるとは何事だ。男だったらその場で殺すとかぬかし始めてな。


 流石のわれも引いたので必死に止めたのだ」


 政宗の口から語られる言葉は、いち高校生が知る由もない衝撃的なエピソードだった。


 その時代を代表するようなエピソードだ。やっぱり今とは違うということか。


 小虎もその話に深い関心を示した。


 そんなことを考えていると、政宗が頬を赤くして、少しもじもじしながら、


「でも、その小十郎と過ごした一夜は格別なものだったな」


 と。恥ずかしそうにそう言ってくる。


 ん? なにか聞いてはいけないようなものが聞こえたような。


 小虎は自分の耳を疑うかのように、もう一回言ってみてくれと政宗にお願いした。


 しかし。


「むう、もう一回か。……小十郎と共にした夜はこの世のは――」

「やっぱいい! それ以上言わないでくれ。頼むから」


 残念ながら小虎の耳に届いた言葉は、先ほど政宗が熱く語っていたものと寸分たがわぬ意味を持つ言葉だった。


 政宗は女――いや、あの時は男で片倉小十郎も男。と言うことは――。


「いや――――――!」


 ――がん!がん!がん!がん!


 小虎は先ほど想像した出来事を脳内から消去するように、床に壁に頭をぶつける。


 煩悩退散。


「ど、どうしたのだ、小十郎。大丈夫か」


 政宗が首をかしげて訊いてくる。


 あれがあれで、それがそれで、そして……。


「のぉおおおおおお!」


 再度政宗を見たせいか、先ほどの光景をまた想像し、地面にのたうち回る。


 心頭滅却。

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