第4話/知らない人から声をかけられるのは
……なんか、家の前で待ち伏せしてる人いない?
あの妙な虎もどきを殴り殺してしまった翌日。どんな化け物が現れようと今日も今日とてアルバイトがある。
既にバイトリーダー、時間帯責任者の位置を手にしている俺、戸山銀太郎は早めに店に行き、開店準備の指揮を取らねばならないため、朝7時には家を出て出勤だ。
現在時刻は7時5分。急いで家を出て走らなければ間に合わない。間に合わないのだが……
「誰だ、あの人……」
なんか玄関の扉の前に誰かいる。
我が戸山家の玄関の扉は昔ながらのモザイク硝子みたいなものが埋め込まれた引き戸なので、玄関に誰かいるとすぐに分かる。
なんなら扉は変えてないのにインターホンはカメラ付きというチグハグ玄関なので、誰がいるのかも正確に分かってしまう。
インターホンのカメラを覗きながら思案する。映像には、綺麗な金髪を肩くらいで切り揃えている美少女と呼んでいい感じの女の子が映っていた。
ここら辺で見かけたことは無い。まして金髪美少女の話なんて聞いた事も無い。葉桜町はその(無駄な)広さに反してコミニュティが小さい街なので、若い男女の話はバイト中に話しかけてくる近所のおじさんおばさんからも聞くくらいなのだ。ちなみに、香澄の話はこの半年でもう10回以上は聞かされた。
しかし、知らない金髪美少女が玄関前に立ってたから遅刻しましたなんてことは言えない。あと5分以内には家を出ないと、流石に間に合わない。
俺は意を決して引き戸に手をかけ、一息に開けた。
「あっ」
目の前の金髪美少女が驚きの声をあげる。ウチの扉古いから音が大きいんだよね……。
しかしここで立ち止まってもいられない。バイトに遅れてしまうのはとてもまずい。
とりあえずどうせ母さんに用事か何かだろうとアタリを決め話しかける。
「驚かしてすみません。母さん……戸山 花に用事とかでしょうか?呼んできましょうか?」
「いえ……」
「はぁ。あの、俺ちょっと朝のアルバイトで急いでるんで、ホントすみません失礼しますね。母さーん!」
「いえあの、タチバナは」
とりあえず母さんを呼んでおく。しかし母さんに用事じゃないならなんなんだろう。
異世界帰りの俺にマトモな知り合いなんてもはや香澄と家族と小学生時代の友人数人だし、爺ちゃん婆ちゃんのコミュニティはご近所で完結してるし、妹の知り合いって線が一番ありそうだけど、アイツは今学校の寮生活だ。
美人局、新聞勧誘、宗教勧誘……だとしたら母さん呼んだの失敗かも。だがまぁ、もう呼んでしまったから仕方ない。
「はーい、何ぃー?」
そう言いつつ奥から母、戸山 花が顔を出す。
「ごめん、この人が何か用事あるみたい。俺バイト間に合わなくなるからあとよろしく!」
そう言って金髪美少女に向き直る。
「んじゃそういうことで、俺は失礼します!」
そのまま横を通り抜けて走り出す。ヤバいヤバい、結構頑張りめで走らなきゃ間に合わない!
「ああっ」
後ろで少し声が聞こえた気もしたが、少し走った所でチラッと後ろを見てみたら母が応対してるみたいだったし大丈夫かな?
というかぶっちゃけ今は人の心配より自分の心配だ!
ちょっと頑張りめで走りながら駅前へ向かう、今日も元気なフリーターの俺であった。
☆
「ああっ」
走り去っていく銀太郎を見ながら件の金髪美少女、モニカ・E・立花は立ち尽くしてしまっていた。
「えーとぉ、それでウチに何か用事かな?あ、日本語通じるかなぁ……」
そのまま銀太郎の母──戸山 花が話しかけてくる。
(仕方ない、任務失敗だ)
モニカは意識を切り替えて居直る事にした。
「すみません、タチバナの名前はモニカ・エレメント・立花といいます。このGWの間、三嶋香澄さんの家でお世話になることになったので、香澄さんと仲のいい友人である銀太郎さんに挨拶に来たのですが」
「えっ、こんな朝からぁ……?」
一応銀太郎がもう家にいなかった時などの為に用意していた言い訳だ。実際丁度いいし、このまま本当に挨拶ということにしてしまおう。
(香澄には何も言わずに出てきましたが、まぁ事後承諾でも大丈夫でしょう、多分)
「はい、よろしくお願いします。タチバナです」
「な、なるほどぉタチバナ……さん? よろしくねぇ、私は戸山 花。で、あの子の母親なんだけどごめんね、今あの子バイトリーダーみたいなものやってるらしくて朝早めなのよねぇ。夕方には帰ってくるんだけど……あっ、上がっていくぅ?お茶出すわよぉ」
「いえ、それでしたらタチバナはまた夕方、今度は香澄と二人で来たいと思うのですがよろしいでしょうか?」
「香澄ちゃんも一緒に来てくれるの?嬉しいわぁ。あの子、ウチのバカ息子のせいであんまりウチに来てくれなくなっちゃったし、大歓迎よぉ」
随分マイペースそうな母親だな、と感じるモニカ。しかし歓迎されてるのは好都合なのでそうしようと思ったところで少しの違和感に気付く。
「ありがとうございます、そうさせてもらおうと思います。それとあの、銀太郎さんのせいで香澄があまり来なくなったというのは……?」
「あれ、香澄ちゃんから聞いてなぁい?」
「いえ、タチバナは何も。銀太郎さんと仲のいい友人であるとしか」
「それがあのバカ息子、5年間も行方不明でちょっと前にフラっと帰ってきたと思ったら5年の間のこともなにも憶えてないっていうし、香澄ちゃんにとぉーっても心配かけてたのに誰?とか普通に聞くし、そのせいで香澄ちゃんもあまりウチに来なくなっちゃうしホントもう……」
「…………」
「あっ、ごめんね!途中から愚痴になっちゃったわねぇ」
「いえ、タチバナは大丈夫です。なるほどそんな事が」
「そうそう。本当に愚痴ばっかり言っちゃってごめんね?結構長話になっちゃったし……」
「問題ないです。それではタチバナは失礼します、また夕方にお邪魔させてもらいますね」
「ええ、香澄ちゃんにもよろしくねぇ」
「はい」
少し礼をしてモニカは戸山家から立ち去った。
(5年間……行方不明……)
しかし気になる事を聞いた、とモニカは思案する。この話は香澄から聞いていない。
5年間も行方不明なんて、明らかに重要でなんなら核心にも迫る話かもしれないのに。
(帰ったら香澄を問い質さねば)
そう考えながら、モニカは一路三嶋家に歩き出したのだった。
異世界帰り勇者のフリーター生活 初音花散里 @skysword
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