第2話/多分女心と秋の空とかそれ以前の問題

「お疲れ様です!お先に失礼しまーす!」


 時刻は17時半。朝9時から夕方17時までの勤務だった。

 この時間なら、母さんが夕食の準備を終えた丁度いい時間に帰れるかも。確か今日は出かけに唐揚げがいいとリクエストしておいたのでちょっと上機嫌だ。スキップしちゃいそう。

 心持ち早歩きになる。


 バイト先のスーパーは駅前にある。栄えてるってわけでもなく、かと言って廃れてるって訳でもないのが俺の地元である葉桜町だ。

 今日はGW2日目なので、いつもよりは賑わってる気がする。

 しかし葉桜町は別に都会って訳でもないので、少し駅前から離れると結構な田舎だ。夕方18時過ぎでも、余り人を見かけなくなるくらいには田舎。

 だから誰か歩いてくればすぐにわかるし、なんなら大体は知り合いだったりする。


 駅前から歩いて5分。つまり向こうから歩いてくる黒い髪をポニーテールに束ねた、ここら辺ではまず見かけないような美少女も知り合い、ということになるのかもしれない。


「こんばんは、戸山くん」


 声をかけられる。正直、彼女と会うのは気まずいなんてレベルじゃないのだが……挨拶されて返さないわけにもいかない。


「あー……こんばんは、三嶋さん」


 なんとかそれだけ捻り出した。


 三嶋 香澄。

 家が隣で(隣と言ってもそこそこ距離がある)、失踪する5年前はよく遊んでいた────所謂、幼馴染ってやつに、遭遇した。


 ☆


 男子三日会わざれば刮目して見よ、なんて諺があるが、女子も五年も会わなければ色々変わる。というか、女子の方が変わる気がする。


 三嶋香澄────香澄は、異世界に召喚される前はいつも一緒にいて遊んでいた、幼馴染ってやつだ。

 遊ぶようになったきっかけはもう思い出せないが、家が隣だったし、多分成り行きだろう。

 当時大人しく、また外での遊びを何も知らないようだった香澄を、色んなところへ連れ回していたことをなんとなくだが憶えてる。


 当然、俺がいなくなった時もとても心配してくれていたようで、一時期なんて自分が何かしてしまったのではないかと塞ぎ込んでしまったくらいだ、とこれは後で母と妹から聞いた。


 だから俺が帰ってきた時に母から連絡がいく事は至極当然なことで、そうなると彼女が俺を訪ねてくることもまた、当然と言えた。


 ……ここでもう一度言い訳を述べさせてほしい。


 女子も五年も会わなければ色々変わってる。

 もちろん察しのいい人間なら直ぐに気づいたのであろうし、上手いことやったのであろう。

 だがこの俺、戸山銀太郎はかつて仲間だった女たらしにすら「お前はもっと気を遣えるようになれ」とまで言われた男だった。


 そう、俺は涙ながらに再会を喜ぶ幼馴染に、ずっと心配をかけていたであろう幼馴染に、「誰ですか?」と聞き返したのだ。


 ちなみに妹にも最初そう言った。何故失敗から何も学ばなかったんだ俺は。


 ☆


「えーと、実家に帰ってきてたんだ?ははは、えーとそれ学校の制服?えと、似合ってますね!?」


 ……白々しい。何たる白々しさだよ俺。

 俺が「誰ですか?」と問いかけてしまったあの日から、彼女とは会っていなかった。

 や、気まずいし…………。

 それに彼女は今、寮のある高校に通っているのだ。偶に土日なんかに帰ってきてるみたいだが、あの日以来ついぞ俺は出くわさなかった。別に避けてたわけじゃないけどね!?


 そんな俺の白々しい言葉に、果たして彼女は答えた。


「うん、ゴールデンウィークは家に帰ってこいってお父様が。それと制服もありがとうございます、嬉しいです。……でもですね、今ここにいたのはですね」


 そこで、香澄の声が少し、ちょっと、いや結構、冷たくなった気がした。


「銀ちゃんと、久しぶりに、お話、したいなって、思って」


「ヒェッ」


 ヒェッ。


 ちょっと怖い。冷気みたいなの出てない?氷魔法とか使ってない?大丈夫?

 しかし香澄は俺の反応なんて気にした風もなく。


「だからちょっと、時間いいですか。銀ちゃん」


「あ、ああうん。今日はもうバイト終わってるし、暇だから」


 自業自得だ。覚悟を決めて謝ろう。


 そう、決意した。


 ☆


「えっ?ふふっ、別にそんな怒ったりなんてしてないですよ」


 妹含めた三人でよく遊んでた近所の公園に入り、自販機でそれぞれ缶コーヒーとミルクティーを買って、ベンチで一息ついたところで開口一番謝罪した俺に返ってきた言葉はそんな感じだった。


「そもそも五年も会えなかったんですし、こんな地味女、憶えてなくてもしょうがないですよ。それよりも私にとっては、今こうしてまた会えたことの方が重要です」


「そ、そうなのか?それなら、俺もよかった……」


 多分まだめっちゃ怒ってる。言葉の端々からちょいちょい感じる。ただ、ひとまずは許してくれるみたいで安心した。


 怒った女性の扱いには気をつけろ。特にお前はな。


 とはかつての仲間、剣士のガストから言われた事だ。女好きでナンパ野郎だったアイツの助言だ、説得力が違う。


「あー、それで話ってのは……」


 慎重に問いかける。例え許されたとはいえまた怒らせるようなことを言ってしまうとも限らない。気をつけねば。


「……よし」


 香澄はそこで少し何事か悩んだように見えたが、しかし思いの外早く決心がついたようでこちらに向き直ってくる。

 その様子に少し身構える。次の瞬間。


「えい!」


 と、手の平をこちらに向けて可愛く声をあげた。


「? えと、なに?」


 なんだ?最近魔法少女とかこう、日曜朝からやってる女児向けアニメにハマってるとかか?あれちゃんと見ると結構面白いよね、って。そうじゃなくて。


「あの……」


「あれ?う、ううん……間違えました!ごめんなさい、忘れてください!!」


「いや、忘れてくれっても……」


「なんでもないんです、なんでも!そうだ、ホントは聞きたいことがあるんでした!」


「お、おう」


 マジでなんなんだ……え、なんなんだ怖い。

 そして彼女が問いかけてきたのは、割と(俺にとっては)普通の事だった。


「銀ちゃんは、その……本当に5年間、どこで何をしていたのか憶えてないんですか?あっいや!別にこれは責めているとかそういう訳じゃなく!」


「ああ、まぁそうだよな不自然だもんな分かる分かる」


 この手の話題は日本に帰ってきてから耳にタコが出来るほど聞かれてる。その度にゴリ押ししてきたけど、普通はもっと取り乱すような気もするし、不自然すぎるもんね、うん。


「不自然って……えと、本当に記憶喪失なんですよね……?」


「そうだね、そうだよ」


「…………」


 ちょっと返事がおざなりすぎただろうか、疑われてる気がする。いやだってこの話題もうめちゃめちゃ聞かされてるし……。


 だけど異世界で勇者やってましたなんて言われて誰が信じるんだそんなもん。


「そう、ですか。分かりました。もう……大丈夫です」


 香澄は問い詰めてきたりするような事はなかった。ただ俺の顔をじっと見て、その後静かに怒ってるというか、無理矢理何かを諦めさせられたような雰囲気でそう言った。


「お話してくれてありがとうございます。私、今日はもう行きますね。」


「お、おう……」


 そう言うと香澄はさっさと立ち上がり忙しく歩いていってしまった。


 一人残された俺は、まだ開けてもいなかった缶コーヒーを開けグイッと呷る。


「なんだったんだ……?また俺、なんかしちゃったのかな……」


 特に会話に怒らせるような所はなかったと思うけど、でも何か怒らせてしまったような気がする。

 かつてガスト以外の仲間からも、言われたことがある。

 "ギンタローのその、無神経なところは、治しておいた方がいい、よ?"

 どうやら、俺の無神経さは治ってないみたいだ。


「もっとちゃんと、ガストから色々教えて貰っとけばよかった」



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