第一部/フリーター勇者

第1話/あの頃勇者だった少年

 なーんて。


 まるでおとぎ話、ゲーム、アニメ。地球にいる人間なんて誰も現実にありはしないと思ってるようなファンタジーの世界。


 そんな世界あるわけないじゃん!と思えるあの世界に俺は確かにいて、そして戦ったのだ。そう、自信を持って言える。

 地球に帰ってきて半年経った今でも、その記憶が褪せることはない。


 しかしそんな、異世界を救った勇者であるこの俺、戸山銀太郎。異世界に5年いたおかげで、地球では5年間行方不明だった。

 それは、勇者やってましたで社会復帰出来る訳もない地球ではとても致命的で。


 小学校を卒業する事も出来てなければ、中学校なんてものにも通えず、当たり前だが高校受験する事すら出来ず、義務教育をすっ飛ばして幼卒となった事を意味していた。


「レリア、サーシャ、ガスト、アガレス……ハルナ。俺、今日も頑張って正社員目指すよ」


 今日も遠い異世界に思いを馳せ、バイトへ向かう。


 フリーター勇者、今日も一日頑張ります。


 ☆


「いらっしゃいませー!」


 少し広めのコンビニのような店内をしたスーパーの中で響き渡る声変わりを果たしたであろう青年の声。

 少なくなったお茶の2Lペットボトルを棚に補充しつつ、すれ違ったお客様への挨拶も忘れない。

 もちろんペットボトルの賞味期限はしっかり確認しつつ期限の近いものを前に出す、先入先出も忘れない。


(フッ、完璧だ。完璧すぎる仕事ぶりだ!)


 今日も今日とて、自宅近くのスーパーアルバイトに精を出す元勇者、名前は戸山銀太郎。年齢は17歳。

 スーパーでの品出し、テキパキと仕事をこなすその様はもはや勇者でもなんでもなく、ただのフリーターだった。フリーター勇者だ。


(そろそろ15時を回るな……)


 彼は腕時計で時刻を確認しつつ、手を早める。

 今日はゴールデンウィーク2日目の5月4日、みどりの日。休日という事もあって学生のような客が多いのだが、昼も過ぎ、夕方になる前のこの時間は比較的客数が少ない。ゆえに、品出しを終えるのならこの時間に手早く終わらせる事が最善。


 銀太郎自身のアルバイト終了時刻が17時という事もあって、商品補充にラストスパートをかける。


(急がねば、急がねば……。上がる前に出しておかないとまたおばちゃん達にいびられる……あっ、お客さん)


「いらっしゃいませー!!」


 元気に挨拶しつつ、銀太郎は今日中に補充しなければならない商品を頭の中で数え始めるのであった。


 ☆


 彼の異世界での冒険から帰還してはや半年。というかまだ半年。


 俺、戸山銀太郎があのとても濃密だった5年間を既に懐かしいと思えてしまうのは、地球(というか日本)が余りにも平和で、異世界生活とリズムが違いすぎるからであろうか。

 なんせ異世界では街を少し離れて森にでも入れば、魔物、幻獣のオンパレード。旅は常に危険と隣り合わせで、いつも気を張り詰めざるを得なかった。

 冗談ではなく、寝ている時に気配を少しでも感じたら飛び起きて戦闘態勢になるくらいには緊張していたのだ。

 日本でも最初はそういう癖がなかなか抜けきらなかったけど……流石は人間の適応力、というか生来の気性がゆえ、というべきか。一週間もする頃にはもうそんな癖はなくなって、日本の生活に慣れきっていた。ふにゃふにゃだった。


 だがしかし、人は生活する上でやらなくてはならない事がいくつもある。いつまでもふにゃふにゃはしていられないのだ。


 5年間、というのは人にもよるが子供にとってはとても大きな年月となる。

 成長期で身体はどんどん大きくなるし、精神的にも成長する。もちろん親はそれを楽しみにしたりもする。

 そして日本では義務教育というものもある。

 普通はそれらを経て社会へ巣立っていくのだが、その大事な5年間……つまり小学六年生で12歳だった時の冬から17歳の冬まで行方不明と化していた俺、戸山銀太郎がいきなり帰還した時、家族が上から下へのてんやわんや大騒ぎになる事はまぁ、もはや必然だったのだろう。

 ────その日の事を思い出す。


 ☆


「どなた、で、しょ、うか…………えっ!?」


 自宅のチャイムを鳴らしてまず最初に出てきたのは母さん、戸山 花だった。5年間会ってなくても流石に母の顔は覚えていたみたいで少し安心した覚えがある。


 一方の母はとても混乱していたが、何とか言葉を絞り出すように


「あの、えぇ……あの、つかぬ事をお聞きしますが、その、銀太郎って名前をご存知でしょうか」


「どうもすみません。信じられないでしょうが、僕が戸山 銀太郎です」


 そんな返しをしたら思いっきりグーパンが飛んできた。その時はかなり緊張していた事と高揚していた事もありめちゃくちゃ油断していたので、顔面にモロに食らい、そこからの記憶が無い。


 これは後から祖父と祖母に聞いたのだが、母さんは俺を殴り飛ばした後その場に泣き崩れて、それを聞きつけた祖父と祖母と妹や近隣住民の皆さんやらがわらわら集まり出して、果ては警官まで来て大変だったらしい。俺は次の日の朝まで気絶していたので全く記憶ないけど。


 そしてそこからがまた大変だった。

 朝、自室(多分自室だ)で目覚めた俺がリビングに降りると、母、祖父、祖母更には妹までが既に集まっていて、そこから家族会議が始まった。


 当たり前というか、当たり前でしかないが、質問の嵐だった。

 当時小学六年生だった少年、戸山銀太郎がいきなり痕跡すら残さずいなくなり5年後に帰ってくるなんてのは、普通に考えておかしいのだからそりゃそうなる。


 子供が誰にも気取られず一人で5年間も生活なんて出来るわけがないし、ましてや家族関係も学校関係も良好だった俺はいなくなる理由もない。

 そらそうだ、別に自分からいなくなったわけじゃないし。

 ならば何をしてたか、どうして帰ってこれたのかを問われるのは必然なのだが、しかし異世界にいて勇者やってましたなんて言われれば「ふざけてるのか!」なんてまたグーパンが飛んでくるのは想像に難くなかった。



 だからそこら辺の事は、全部"記憶喪失"で乗り切ることにした。



 そう全て。何を聞かれても「知らない」「分からない」「覚えていない」でゴリ押した。

 そうでもしなきゃ病院とかに連れてかれてたかもしれない。

 そうやって記憶喪失でゴリ押しし続け一週間、日本の生活に慣れ、周囲も落ち着き始めた頃(妹だけはめちゃめちゃ食い下がってきた)。


 気付いてしまったというか。目を逸らし続けていた真実、即ち。


「あれ?もしかして俺、幼卒って事になるのか?」


 これである。

 結論から言うと幼卒だ。それはもう完全無欠に幼卒だった。中学校どころか小学校すら卒業出来ていない。

 そして、学歴というものがない人間に世間は冷たいのだ。


 まず、就職口がない。アルバイトの面接すら通らない。履歴書とかめっちゃ空欄だし当たり前だ。面接官の履歴書を見た時の反応で結果が分かるくらい。そもそも5年間失踪してた人間を雇う会社はそれはそれで怖い。


 母はもう一度、学校に通い直したらと言ってくれたが、ウチは祖父母の実家で暮らしていた母子家庭。妹にだって学費はかかるし、なにより5年間もいなかった親不孝者として、これ以上迷惑はかけたくなかった。


 そんな時、5年間行方不明だった俺が帰ってきたという噂を聞いたご近所のスーパーが、アルバイトで良ければ雇うと言ってくれたのだ。

 世間は冷たくなんかない。結構暖かかったのだった。


 しかし異世界では銀の勇者なんて大層な呼ばれ方をされていたし、なんなら救世主扱いだったのに日本では幼卒フリーター。なんか世知辛い。


 というかそもそも、あの異世界から帰還することは半ば諦めかけていたのだ。


 "魔王を倒されたら元の世界に帰します"


 召喚された時に俺は確かに神からそう聞いていた。あの異世界を俺を呼び寄せた張本人である神に。

 しかし魔王を倒して、ひと月経ってもふた月経っても一向に帰れる兆しも見えず。

 しょうがねぇそろそろ自分探しの旅にでも出るかと仲間たちに声をかけよし行くかと見送りされた所で足元にいきなり魔法陣が出てきたと思ったらタイムラグありすぎだろなんて言う暇すら与えられず強制送還。


 旅立つ前に持っていた持ち物はなぜかなくなっていて、気付いたらどこの高校とも知らない学ランを着たまま自宅の近所に立っていた。


 もはや今の俺は勇者でもなんでもない。フリーター、フリーターだ。

 そういう訳で俺は、とりあえず目の前で消えた俺を仲間たちが無駄に探したりしないように祈りつつ、アルバイトから正社員になるべく今日もスーパーで品出しに精を出しているのであった。

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