Fireworks(3rd)

 饒舌なマスターを見るのは晶との対談くらいかなと思っていたので、意外でした。あたしと話してるときのマスターは、あたしに「何故」を言うばかりだったから。その変化が何を意味するのかはわからない。けど、悪い気はしませんでした。


「さて、仁科さん。私は水戸さんを達観している人物と考えましたが……仁科さんは、何故水戸さんが花火を綺麗と思えないとお考えですか」

「え」


 そして、遠回りをしたけれど――そんなに気分は悪くなかったです――ここに戻ってくる。それも慣れっこでした。ただし、問いの矛先はあたしで、多分あたしと出会ってから一番、真剣な問いかけ。

 マスターの柔和な瞳には逃げることを許さない真摯な光が灯っていて、あたしは決して目を逸らしてはいけないと本能的に感じました。これはあたしが、あたしのために出さなければいけない結論。思考の海。なっちゃんの寂しげな横顔が脳裏をよぎります。


 なけなしの頭脳を使って考えます。答えが出る・出ないじゃなく、考えなきゃいけない気がしました。そうしなきゃ、あたしはなっちゃんの表面しかわかろうとしてない気がして。あたしはもっと深く知りたくて。それをどう言葉にしたらいいかわからないけど、間違っているとは思えなかった。


「あたし、は」


 マスターの考え。散りばめられたヒント。候補に挙げた感情の選択肢。きっとすべてを活かして完璧な答えを出すのは難しい。けど。

 息を吸ったら思ったよりも乾燥した空気が肺を駆け巡っていきました。


「なっちゃんは、花火を感動する対象として、そもそも見ていないんだと思います。うまく言えないんですけど、花火のことを鑑賞するつもりなら、もっと興味を持っていると思うんです。でも、お祭りのときになっちゃんが花火は綺麗かって質問してきて……あんまり楽しそうじゃありませんでした。笑ってたけど、寂しそうだったし。目はどこか遠くを見てるみたいで。だから花火そのものに、まず興味・関心がないのかなって思いました。


 じゃあ仮に見たとして、それを綺麗だと感じない理由ですけど。シチュエーションも関係あるのかなって思います。花火大会とかお祭りって、人がいっぱいいますよね。それでもってみんなが同じ方向を向いて、おんなじものを見て。それが嫌いなのかもしれません。みんなと同じものを見て、同じように感じることが嫌なのかなって。


 なっちゃんは自分を強く持ってる人で、貫くときは貫く子だと思います。ミーハーなものとか、ありきたりなものはちょっと離れて見ている所があるのかもしれません。今回もそうなのかなって……今なら思います。


 あの……やっぱり、うまくまとめられてる気はしませんけど。これで、答えになっているでしょうか」


 深呼吸をしました。頭の奥に酸素が行き渡ってないような、そんないっぱいいっぱいの状態でした。どれくらい話したんだろう。ただ自分の考えたことを話しただけなのに、すごく疲れた。空気を求めて深呼吸を繰り返す。


 マスターの方を見ます。一番気になってしまうから。

 あたしの、このドラマの台本みたいな長台詞を聞いてマスターはどう思ったのか。それがあたしの心臓をバクバクと加速させていく。


 マスターは静かにブラックコーヒーを注いでいました(いつの間に)。あたしは砂糖いれないと飲めないんですけど、この食欲をそそる昼下がりの香りは好きです。白いコーヒーカップに注がれた淹れたてのコーヒーが、あたしの目の前にことりと置かれました。


「……疲れたでしょう」


 コーヒーでも、と言うマスターの表情は穏やかでした。

 言われるがまま、客席に備え付けのスティックシュガーを一つ、封を切って流し込みます。渦を描いて落ちていく白い粉を見ているだけで、不思議と心が落ち着いていくようでした。


「仁科さん。あなたがきっと初めて、真剣に考えようと思い、向き合って導いた結論です。それは誇って良い」


 柔らかい声色に思わず顔を上げました。コーヒーの湯気が目に沁みます。マスターは……いつも柔和だけど、今日は一段と優しく見えたんです。


「もちろん、今の意見を論破することは正直簡単なことです。ですが初回から完璧を求める必要はありません。大切なのは仁科さんが自分の意志で考えようと思い、考えたこと」

「あ……」


 何か言おうと思ったんです。マスターがまるで子供を褒めるみたいに、穏やかな声で言うから。いつもみたいに噛みついてやろうと思ったんですけど、相応しい言葉が全然出てこなくて。

 なんだか、頭が真っ白でした。


「結論まで出せた。ならばいいじゃないですか。私もとても嬉しい。飾らなくても、仁科さんならそれだけでわかってくれますよね」


 じわりと、何かが胸の奥から湧き上がってくるような。奇妙な感覚に陥りました。あったかいような、鼻がツンとするような、でも不愉快じゃない感じ。

 その感情に名前を付けたらマスターに負けたような気がするので……あたしは黙ってコーヒーを一気飲みしてやりました。

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