Fireworks(2nd)

 ***


「マスターは花火を綺麗だと思いますか?」


 なっちゃんの言葉が結局こびりついて離れなくて、アルバイト先の喫茶店「メメント・モリ」であたしはそう口にしていました。マスターは真夏の昼下がりだというのにベストをきっちりと着ています。いくら冷房があるとはいえ、見ていてこっちが暑苦しいです。


「これまた唐突ですね」

「この前なっちゃんにそう言われて……引っかかって」


 こういう話をするのはマスターしかいない、と思いました。自然な流れでした。当然だと思いました。それがもうマスターに毒されている証なのかもしれませんけど。

 マスターはレコードに手を伸ばし、答えます。


「水戸さんは花火を綺麗だと思えないと」

「そう言ってました」

「美的感性は人によって異なるものですが」


 そりゃ、そう言ったらおしまいですけど。でもあたしは、なんていうんだろ……その答えじゃ満足できないのでした。

 うまく言葉にできないです。でも、引っかかるというか、なっちゃんが「花火を綺麗と思えない」と言ったことには何か深い意味があるんじゃないかと思うんです。そしてそれは、マスターがヒントをくれる気がして。


「花火を綺麗と思う以外には、どんな感想が考えられますか?」


 マスターは手始めにそう問いかけてきました。

 どんな感想? 綺麗以外に?


「花火を綺麗と思う以外に、ですか」

「はい。一番強い感情が『綺麗』でないのなら、違う強い感情があるということですから」


 なっちゃんの、強い感情。

 なっちゃんがどういう意図で言ったのかはわからないけど、でもあたしは考えてみようと思いました。他ならぬなっちゃんだし。あたしの友達だから、もっと知りたいと思って。自分の世界を大切にしながらもあたしの意見を尊重してくれる、そんな彼女をあたしも深く分かりたいと思って。


 花火は、打ちあがる。大輪の花が、咲いて。夜に溶けていく。綺麗。

 ……綺麗なだけ? あのときあたしが見た花火は、本当に「綺麗」だけだった?


「……寂しい、でしょうか」

「それはまた、何故」


 マスターが興味深そうにあたしを見てきます。答えを聞く、それに注力するスタイルです。


「花火は確かに打ちあがって咲いた瞬間、華やかでとっても綺麗ですけど……それが消えたときに、なんとも言えない寂しさがあるというか」

「いいですね。寂しさは別の言い方ができますか?」

「別の……」


 華やかな花火が消えた、静寂。取り残される、ような。孤独。


「真っ暗闇の虚しさとか。お祭りが終わったような、悲しさとか。現実に引き戻されるような、感じとか」


 言葉は意外とするりと出てきました。もっと言葉に詰まると思っていたのに。存外悩まないのはなっちゃんのために必死で考えているからでしょうか。考えるたびになっちゃんの読めない眼差しがよぎるんです。


「なるほど。花火が終わった後の虚無感から美しいと思えない。理由の一つになりそうですね。他には何かありますか」


 マスターは答えがひとつ出たところで満足しません。多くの選択肢を挙げて検討していくのです。


「花火をただの火としか見てない、とか」


 うまい表現が浮かびませんが、言いたいことはマスターに伝わったようです。でも言葉足らずな気がするので、あたしは口を動かします。


「花火じゃない――にしか見えない、とか。それが空で光っても何の感動もないでしょうし」


 浴衣を着ることに頓着しなかったなっちゃん。着崩れするとか言っていたけど、つまり彼女はあたしが心を動かす「風物詩」なるものへの興味や関心が薄いんだ。それは善悪では図れない、個人の価値観の問題。九十九人が美しいと言ったものが、百人目にも刺さる保証はどこにもない。

 あたしの話を聞いていたマスターも真剣な表情になって、更に考えを深めていきます。


「水戸さんの人となりが見えてきましたね」

「なっちゃんの?」

「仁科さんにもわかるはずです。水戸さんの感性が」


 感性?

 つまり、なっちゃんの考え……ってことでいいのかな。釈然としないところはあるけれど、あたしは唸りながら考えます。


「水戸さんはどこかドライな部分をお持ちなのかもしれません」


 マスターがぽつりと零しました。そこから感情はうまく読み取れません。

 でも、今の言葉で繋がらなかったものにうっすらと道筋が立ったような。あたしの言葉では出てこなかった単語が落ちてきたような。


「そう、ですね。なっちゃんは……冷めてる部分もありますから」

「仁科さんにはそう見えるんですね」


 気になる言い方をされました。あたしの捉え方は間違ってるってこと? 自分でもしっくりくる言い方が出てこなくて、あたしは首をひねりながら不安になって問いかけます。


「……冷めてるって言い方は間違ってましたか?」

「いえ。その人をどういう言葉で表現するかにも仁科さんが捉える人物像があります。しかしそれは違う言い方もできるのではということです」

「違う言い方ですか」

「私なら達観している、と評します」


 タッカン? また漢字が変換できない。よくわからないけど良い意味なのかな。

 あたしの様子を察してか、マスターの言葉が続きます。


「他者とは違う感性を持っているのでしょう。自分の意見を貫く辺りからも、意志の強さを感じます。それは皆が熱狂しているものに対し、場に流されず客観的に評価できる……ということに通じているのかもしれません」

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