とある葉月の風物詩

Fireworks(1st)

 夏休みになりました。

 蝉の煩わしい鳴き声にもすっかり慣れてきた頃合い(うるさいのに変わりはないけど)、あたしも華の女子高生らしく夏休みを満喫しています。もちろん、たくさんの宿題は机の引き出しにそっとしまって。なっちゃんが「図書館で勉強でもしたら?」と言っていたけど、あたしはそんなの聞いていません。空耳です。


 さて、あたしの家でも夏休みらしく帰省したり、イベントに参加してみたり、それなりに楽しいバケーションになっています。その間のアルバイトですが、マスターはやっぱり気前よく「大して混みませんから大丈夫ですよ」と長いお休みをくれました。むしろ混まないのが心配になってきましたけど。


 夏祭りに出掛けたのはアルバイトをお休みした日のことでした。八月も半ば、お盆の時期に近かったと思います。

 なっちゃんに誘われて、あたしは近所の神社の夏祭りに参加しました。毎年行っているお祭りで、勝手は知っています。


「春。こっちこっち」


 なっちゃんはいつも通りのラフな格好でした。スポーツブランドのTシャツにダメージジーンズ。夏祭りだから浴衣を着よう! という女の子ではないんです。


「なっちゃんは浴衣着ないの?」

「むしろ何で着るの? 動きにくいし着崩れるし、いいところを見つけられないわ」


 試しになっちゃんに聞いてみたけど、つれない返事をされました。好き嫌いは人それぞれだし、あたしはそういうところがなっちゃんらしいなと思っています。学校でも遠出しても、我が道を行くというか。全国の「祭りは浴衣だろう」という人間を敵に回しかねない発言の切れ味は気になりますが。

 ちなみにあたしはお祭りみたいなイベントごとに特別な衣装を着たくなる性分です。ゆえに今日は朝顔柄の浴衣。白地に薄紫や水色の朝顔が爽やかで可愛くて気に入っています。


「アンチ浴衣のなっちゃんには聞きにくいけど……似合ってるかな」


 辛辣さにちょっと物怖じしてしまったけど、やっぱり誰かから反応はもらいたくて、あたしはおそるおそるなっちゃんに問いを投げます。なっちゃんは驚いたように目を丸くして、それからわたわたと手を振りました。


「あーいや、春が着るのはいいんだよ。可愛いし。ごめんね、言葉足りなくてさ」


 似合ってるよとなっちゃんは笑って言ってくれました。


「何ていうのかな。鑑賞するのはいいんだけど自分が着ることに意義を感じない……っていうか」


 遠目に見るだけでいいわ、と言ってあたしの頭をぽんぽんと撫でました。妙な子供扱いは複雑な心境になりましたが、なっちゃんが褒めてくれたのでよしとします。


 ラフな格好のなっちゃんと歩いていると、まるで素っ気ない恋人みたい。面白くって笑っちゃう。変な優越感と幸福感にふわふわしながら、あたしたちは一緒に夜の参道を歩きます。あくまで地元の神社なので、そこまで規模は大きくありません。出店は金魚すくい、焼きそば、チョコバナナ……よくあるものがよく並んでいます。これも見慣れた光景です。


「なっちゃん、リンゴ飴買おうよ」

「春、去年も買ってたよね」

「恒例行事なの。これ食べないと夏祭りに来た! って感じがしない」

「なにそれ」


 それでも付き合ってくれるなっちゃんはやっぱり心が広いというか、いい友達だなあとしみじみ感じます。とか言うとまたマスターに感化されたようで癪です。

 去年と違うのは、今年は花火が上がるということです。


「花火だなんて、スケールが大きいよね」

「どこからそんなお金持ってきたんだか」


 あたしとなっちゃんの感想は違いますが、花火にはやっぱり興味があります。花火大会は隣の市で一万発打ち上げるそこそこ大きなイベントがありますが、あたしの住んでいる地域ではなかなかお目にかかれません。それが地元の神社で花火を打ち上げるというのだから、数発とは言え実はワクワクしていました。


 神社の境内に腰かけてそのときを待ちます。八時から開始ということでしたが、周囲に障害物が少なく、かつ腰かけることができるということで境内のあたりは人が多く集まっていました。なんだかんだで、みんな花火を楽しみにしてるんだろうな。


「あのさ、春」


 突然、なっちゃんが神妙な顔つきで話しかけてきます。


「何?」

「春はさ、花火って綺麗だと思う?」


 聞かれてる意味がよくわかりませんでした。あたしは戸惑いながらも首を縦に振ります。なっちゃんは静かに溜息をついて、なんだか寂しそうに笑いました。


「そっか」

「なっちゃん、花火嫌いなの?」


 口から出てきたのはそんな言葉でした。


「嫌い……ではないけど。綺麗だと思えないんだよね」


 綺麗だと思えない。

 その言葉はあたしの心の深いところに、何故かぐさりと刺さったのでした。


 どん! と閃光が炸裂して、花火が尾を引いてぱらぱら落ちていきます。特別な景色だと楽しみにしていた風物詩。幻想的で夜を鮮やかに彩る魔法のような時間。そのはずなのに、あたしはその光景をあんまり覚えていません。


 隣の市に行かないとなかなか見られない打ち上げ花火。

 ずっと見たかったはずなのに、あたしは心から楽しむことができませんでした。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る