Enjoy festa!!(5th)
「渡良瀬さん。奇遇ですね、ここで会うとは」
「まあ。俺はここの学校の生徒なので」
少し目を逸らして話す渡良瀬さんに、やや違和感を覚えます。渡良瀬さんは確かに口下手という部類かもしれません。ただ、自分の確固とした考えはもっていて、考えることも嫌いではない。そして私から目を逸らすことは滅多にない。
推察するに。
今日の渡良瀬さんは普段とは異なる精神状態のようです。
「文化祭はお好きですか?」
「え」
そういうときは、核心をいきなり突くことはしません。彼が動揺してしまいますから。遠回しな雑談から切り出すと、渡良瀬さんは一瞬目を見張りました。しかし思案顔になり、慎重な口ぶりで答えます。
「……ほどほどには」
「好きではないのですか?」
「人混みが苦手なので」
界隈の賑々しさが彼には眩しいようです。この廊下では声量の少ない彼の言葉を拾うのも難しいです。私は移動を提案しました。
「緑茶を」
私達は歌声喫茶なる場所に来ました。合唱部の運営する喫茶店のようです。BGMが明るいコーラスというのも心が洗われます。とはいえ近すぎると渡良瀬さんの言葉を聞き取れないので、座席は離れた場所を取りました。
「マスターが客で飲食するのは目新しいです」
渡良瀬さんが表情を少し緩めて話します。
「職業柄、コーヒーを頼みたくなるのですが」
「高校生のコーヒーなんてたかが知れてますよ」
インスタントです、と言われたのでコーヒーは遠慮しておきました。なかなか市販のコーヒーを飲めなくなったのも職業病かもしれませんね。渡良瀬さんはブラックコーヒーを飲み、苦笑していました。
「コーヒーってのは奥が深いですね」
他愛のないやり取りを繰り返すうち、渡良瀬さんの緊張も解れてきたようです。初対面より頬を緩める頻度が上がりました。
「ところで渡良瀬さん」
渡良瀬さんが穏やかな表情になりつつあるところで、私は本題に入ります。バックミュージックは爽やかな混声合唱です。
「先程は緊張されていたようですが、何かありましたか?」
「え」
渡良瀬さんは驚いたような顔で私を見てきました。自覚がなかったのでしょうか。
「俺、そんな恐い顔してましたか」
「恐いと言うよりは不自然に思えまして。普段なら真っ直ぐ私を見てくる渡良瀬さんが、私を見て目を逸らすことに違和感を抱いたのです」
「視線、ですか。マスターは洞察力もすごいんですね」
そんな大仰なことではありません。私は変化や不自然さを大切にしているだけです。それで新しい発見が見つかることも多いです。
「いや……大したことではないんです」
渡良瀬さんがそう前置きします。
「ただ、春がマスターを探していたのが気になって」
「仁科さんが?」
これは天啓でしょうか。仁科さんと渡良瀬さんが接触していたとは。だとすれば、渡良瀬さんから仁科さんのことを聞くのが最短の道でしょう。
ああ、答えに近づくこの感覚。震えるような感動を覚えます。
「仁科さんは何か話していましたか?」
「いえ。マスターを見かけたら教えてほしいとだけ」
仁科さん……敵に回すとなかなか手強いですね。しかし私と水戸さんを阻むことは、たとえ仁科さんでも許すことができません。私は私の好奇心のために、必ずや水戸さんと出会ってみせましょう。
「渡良瀬さん。私と会ったことは仁科さんには言わないでください」
「はあ。ですが何故ですか? 春も様子がおかしかったので、気になっていたんです」
「知的好奇心を妨げることは何人たりとも許されない。私は仁科さんと己の信条をかけて戦っているのです」
「……よくわかりませんがわかりました」
さすが、渡良瀬さんは理解度が高い。このような方が常連として店を訪れ、思考を深めていくことに私は感激しています。本当にいい出会いを果たしました。
「春を探してるんですか」
「いえ。私が探しているのは水戸さんです」
「水戸?」
渡良瀬さんが怪訝そうな表情を浮かべます。
「仁科さんのご友人です。ご存じないですか?」
「いや……すみません。俺、春の友達は詳しくなくて」
「そうですか」
人との繋がりがどこまで導くか、それもまた興味深い出会いとなるのですが。渡良瀬さんから水戸さんの情報を得るのは難しそうです。
「春なら、女子バレー部の店から出たのは見たんですけど」
「女子バレー部、ですね」
存外愚直に行ってもいいのかもしれません。水戸さんはバレー部の所属。やはり、女子バレー部を伺って損はないでしょう。
渡良瀬さんに礼を言って、私は合唱喫茶を後にしました。行き先は決まりました。女子バレー部……そこで、水戸さんに会える。
未知のものがベールを脱ぎ、その全貌を露にする。私はそれを自分の手で行うことにこの上ない達成感を感じます。水戸奈都子さんという未知の存在。私が今日、その素性を知ることで、また思考は深みを増すことができるでしょうか。
女子バレー部の出店の入り口に立ったとき、私は絶望しました。
「そ、そんな……」
『好評につき完売しました』
こんな、こんなことが。運命の悪戯だなんて可愛いげのある言葉でまとめることができるのでしょうか。よもや閉店しているとは。
「残念でしたね、マスター」
背後から勝ち誇った様子の仁科さんが近づいてきました。自信に満ちた表情はしかし嫌いではありません。
「なっちゃんはもういませんよ」
「おかしいですね。そんなに合唱喫茶に長居したつもりはないのですが」
「高校の文化祭のスピードを侮ってもらっては困ります」
ふふん、と鼻を鳴らして答える仁科さんは生き生きとしていて素敵に映りました。これでご自身の考えも述べてもらえると、より相手を説得させることができると思うのですが。
「そうですか。水戸さんはもういないのですか。とても残念なことをしました」
「なっちゃんの危機察知能力と強運はバカにできないですから」
水戸さんとの邂逅は、私が考えている以上に困難なものだったのかもしれません。しかし、それはそれで面白い。山は高い方が登りがいがあるとも言います。水戸さんとの邂逅を楽しみにして、次を待つのも悪くないかもしれません。
「わかりました。では、またの機会にしましょう。今度はいつ、大衆向けのイベントがあるでしょうか」
「そんなこと言っても、なっちゃんは絶対に会いたがらないですからね」
哲学は時をかけじっくり思考するもの。次の出会いを楽しみにしましょう。
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