Enjoy festa!!(4th)

***


「……さて。どうしたものか」


 文化祭。それは学生の華の行事。文化部による華々しい展示や発表。運動部や各クラスの工夫を凝らした出店。廊下のいたるところにあふれる奇抜な仮装軍団。これくらい羽目を外しているから、きっと我々も心から楽しめるものに仕上がっているのでしょう。非常に興味深いです。


「何か店のヒントになるものはないでしょうか」


 これだけ面白い場所ならば、私の店にも持ち帰れるアイディアがあるかもしれません。今日来た目的はそれだけではありませんが、刺激を受けることも大切ですからね。


 さてはて。

 仁科さんにはああ言ったものの(というか、美樹に逆らえる気がしないので)、どうやって水戸さんを見つけましょうか。

 仁科さんからはバレー部だと聞いています。ということは、バレー部に関する出店を探せば良いですね。となると、まずは文化祭の見取り図をもらわなければなりません。受付にそういった書類はあるでしょうか。


「すみません」


 私は「総合案内」と書かれたテントの中にいた女子高生に声をかけました。パイプ椅子に腰かけていた少女は私を見るなり一瞬目を見開き(何故でしょう)、でも挨拶をしてくれました。


「こんにちは。文化祭へようこそ!」

「こんにちは。すみませんが、こちらに会場の案内図はありますか? 店の配置がわからないもので」

「パンフレットですね? こちらです」


 最近の子は敬語が話せないという話を聞きますが、目の前で手際よくパンフレットを渡してくれた少女の言葉遣いに迷いはありませんでした。

 ああ、いいですねこういう出会いは。彼女のように正しい日本語を話し、丁寧な口調で親切に案内をしてくれる人と接すると、こちらも気分が晴れやかになるというものです。たとえそれが仕事だとしても、私は素晴らしい心がけだと思います。


「うん。いい出会いをしました」


 少女は怪訝そうな眼差しを向けましたが、まあ気のせいでしょう。

 パンフレットを見ると、バレー部の出し物はひとつではないようでした。ふたつあります。男子バレー部と女子バレー部……ですがここで女子バレー部へ行こう、というのは早計です。


 何故か?

 すべての可能性を検討していないからです。


 何故水戸さんが女子バレー部だと断言できるでしょう。私は仁科さんから「水戸奈都子さんがバレー部所属」としか聞いていません。つまり、選手かどうかはわからない。水戸さんがマネージャーであるならば、男子バレー部の方にいる可能性も十分あり得ます。

 いえ、他にも可能性はあります。水戸さんは女子バレー部所属だけれども、ヘルプとして男子バレー部に応援に行っている場合です。それを考慮すると水戸さんが別の部活の応援に行っている可能性も否定できませんが……それはバレー部の店を確認してからでも遅くはないでしょう。可能性は無限大、ですから。


 男子バレー部は昇降口前。女子バレー部は校舎二階。


「ここからだと昇降口が近いですね」


 行き先を定め進んだはいいものの、気づくと手にフランクフルトを持っていました。はて、なにゆえ。

 確かに私は昇降口へと来たのです。校舎入口であるそこは大勢の人であふれていて、男子バレー部はてんてこ舞いのようでした。遠巻きに見るだけではあまりにも人が多く、水戸さんを見つけることが出来ません。どうせだから店に並び、近距離で確認しようと思いました。そうして長蛇の列に並んでいたのでした。そこで行列に割り込まれ、私は非常に残念な思いをしていました。


 人間、誰しも良い面と悪い面がある。それはこの学校も例外ではなかったのです。受付で出会った女子高生の立派さに感心していたのに。

 と同時に、人がマナーに敏感になる理由も思案していました。

 マナーとは本来「暗黙の了解」であり、必ずしも守ることが義務付けられているわけではありません。破ってもペナルティがあるわけではない。だが、社会と言う輪の中で生きるには必須の代物です。私も矮小な存在の一つで、やはり「暗黙の了解」を破られたことに怒りや不快感を覚えてしまう。そんな仕組みの一部に過ぎないのだと。


 などということを考えているうちに列は動き、私の番が来ていました。私は思考に没頭するあまり当初の目的を忘れ、「フランクフルトください」と喋っていたのでした。


「なんと、確認できていないではないですか!」


 思わず声をあげてしまいました。周囲の人間が驚いた様子でこちらを見ています。気にする必要性はありません。

 ただ、店員は全員男性だったように記憶しています。表情や顔までははっきりと思い出せませんが。ただ、背丈や体格から鑑みるに相違ないでしょう。とすればここに水戸さんはいない。


「だとすれば女子バレー部になりますね」


 パンフレットを広げます。出店は二階にあるようです。私は人ごみをかき分けながら階段を目指していきます。


「――あ、マスターですか?」


 その呼びかけを聞くまでは。

 心地よい低音、知的探求心に満ちた眼差し。底なしの興味はまさに哲学者の原石。


「渡良瀬さん」


 私の店の常連になりつつある方です。渡良瀬さんは仁科さんの幼馴染と聞いていますが、すっかり哲学の方に興味を持ってくれたようです。

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