Enjoy festa!!(3rd)

 未だかつて、こんなスリリングな文化祭を経験したことはありません。あたしはマスターがいないかどうか、それだけが気がかりでした。出会ってもどんな言葉をかけるか、それすらも考えられていないのに。とにかくマスターとなっちゃんを会わせてはならない。あたしが先にマスターに会ったら、是が非でもなっちゃんの元へ行かせてはならない。それしか頭にありませんでした。

 だから、端的に言うと、あたしはマスター以外の人間が見えていなかったのです。目の前からやってきていた人と、あたしは見事な衝突をしてしまったのでした。


「っ痛!」

「……っ!」


 あたしが短い悲鳴をあげて、相手は息を詰まらせるのがわかりました。


「あ、ごめんなさい! あたしってば」


 ぶつかったときの衝撃はそんなに大きいわけではありませんでした。でも、身体のバランスが崩れる程度にぶつかってしまったので、少なからず痛かったです。それはきっと相手も同じ。あたしはまず頭を下げました。


「大丈夫ですか?」


 あたしはぶつかった人を、そのときはじめてきちんと見ました。女の子でした。

 白いセーラー服を着た女の子。セーラー服の学校はないわけではありませんし、デザインも似ているものが多いです。でも、その子が着ているセーラー服はあたしが知っているものではありませんでした。この辺の学校ではないみたいです。

 女の子は栗色の髪をひとつに束ねている、清純そうな子でした。あたしが手を差し伸べると一瞬身体を強張らせましたが、おずおずと手をとってくれました。なんか、小動物みたいで可愛いな。不謹慎ながらそう思ってしまいました。線が細くて守りたくなるような。身長も平均かちょっと小さいくらいで、愛らしい。


「すみません。その、私……不注意で」

「いえいえ。あたしもあっちこっち見てましたから。お互い様です」


 この賑やかな場所に戸惑っている様子を見ると、うちの学校の文化祭に参加するのは初めてなのかもしれません。あたしは女の子を怖がらせないように極力人当たりのいい笑顔で話しかけます。


「文化祭は初めてですか?」

「え? は、はい。最近こっちに越してきたばかりで」


 道理で見たことない制服だと思いました。あたしが一人納得していると、女の子がぽつりと呟きます。


「ここは賑やかですね」

「楽しいときは楽しむのが校風なので」


 あたしはにこやかに答えます。


「当然、テストとかありますけど。でも、何事も全力投球するのがこの高校のいいところだと思うんですよね。あたし自身、適当にやるのはなんというか、人生を損してるなって感じて」

「……人生、ですか」


 女の子がきょとんと首を傾げます。


「そう。人生です。大袈裟なって言われるかもしれないけど、イベントひとつひとつは小さくても、それを積み重ねていくのが人生の良し悪しになるっていうか」

「……なんだか、哲学者みたいですね」

「えっ」


 言われてから我に返ります。あたし、あたしは今なんて言われてしまったの!?


「いや! 忘れてください、今のは!」


 恥ずかしい! というか毒されてる! あたしの思考回路にマスターが浸食してきています。それは、それだけは何としても避けないと……!

 ……ん? マスター?


「そうだった!」

「ひゃっ」


 あたしがマスターのことを思い出すと、女の子はおびえたように悲鳴を上げました。そりゃあそうです。突然あたしは大声をあげて背筋を伸ばしたわけですからね。あたしは申し訳なく思いながらも、女の子に話しかけます。


「すみません、バーテンダー風の格好をした男性見ませんでした? 三十代くらいの」

「バーテンダー?」


 女の子は不思議そうな顔をしていました。まあ納得です。見知らぬ人にぶつかられて、熱弁をふるわれて、かつ質問されてるわけですから。それでも記憶を手繰ってくれてるのだから、きっといい子なんだと思います。


「二階で、そんな方を見たような……」

「二階!?」


 ヤバイ、なっちゃんのいるフロアです!

 あたしはすぐ鞄からスマホを取り出し、なっちゃんに短くメッセージを送っておきました。警報です。あたしもこうしちゃいられない。すぐ二階に確かめに行かないと!


「あ、ありがとうございます! じゃあ、あたしはこれで」

「あの」


 意外にも、女の子があたしを引き留めました。


「お名前は」


 名前? あたしの?

 見ず知らずの女の子に名前を聞かれる……のは、小さい子ども相手だったら「教えちゃいけません」と教育する場面でしょうか。でもこの子は悪人には見えないし(人を外見で判断するなと怒られてしまいそうだけど)、あたしの質問にも親切に答えてくれました。名前くらい教えても大丈夫でしょう。


「仁科春です」

「春……さん。こちらの高校の方、ですか」

「はい。二年生です」

「そうですか」


 ありがとうございます、と言って女の子は丁寧に一礼してくれました。あたしはマスターを追いかけるため挨拶もそこそこに廊下を走ったわけですが。

 彼女との再会は、もう少し先の話です。

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