文化祭へようこそ!
Enjoy festa!!(1st)
ついに来ました。高校生の華の祭典、文化祭。
仁科春です。
先日ちょこっとお話ししましたが、あたしの高校の文化祭は七月の半ばにあります。なっちゃんの一喝があったせいか、まあ色々と紆余曲折あって、結局あたしのクラスは出し物なし。クラスのおちゃらけた男子をはじめとした有志数人が後夜祭の漫才コンテストに出場すると息巻いていましたが、ぐだぐだになる予感。
昨日――文化祭初日、外部に公開しない内輪のイベントも、まあ手作りの文化祭って感じでした。今日は二日目にして最終日、一般の方にも開放する日。これを見て学校の雰囲気とかを確かめる中学生もいるらしいけど、そんな真面目なものではないです。何といってもみんな浮かれてるから。
さて、帰宅部にして委員会も大したことはしていないあたしは、昨日文化祭を満喫して……つまり暇になるはずでした。昨日見きれなかった残りをなっちゃんと回ろうかな、くらいで。でも残念ながら、予想通りというか、あたしに暇な日など訪れませんでした。
「仁科さん。私を文化祭へ連れて行って頂けませんか?」
何を隠そう、この一言です。
「マスター、文化祭に興味あるんですか?」
なんて、野暮なことは聞きません。マスターの興味が別のところにあるのは、先日の一件でわかっているからです。あたしは恐る恐る聞きます。
「それは……なっちゃんのことですか」
「さすが仁科さん、話が早い」
この間のアレを見ればわかりますよそりゃあ。マスターはいつもよりも笑みを深くして答えます。
「水戸さんが来ないならば、私が会いに行くだけです」
なんという行動力。気になるものを前にしては考えるだけで飽き足らず、自分の足で目で確かめたいという性分だったようです。なっちゃん、逃げて。あたしは必死でなっちゃんに念を送っていました。
一応、友人としてなっちゃんの身の安全は確保しなくては。あたしはマスターにささやかな抵抗をしてみます。
「で、でもマスター。文化祭って言ってもウチのはそこそこ広さがありますよ? 一日でなっちゃんを見つけるのは」
「仁科さんがいるじゃないですか」
「いやいや!」
なんでさも当然のようにあたしを巻き込むんですか!
「なっちゃんを敵に売ることはできません!」
「ぶっ」
この汚い噴き出し笑いは円藤さんです。もう見なくてもわかります。夏になり、クールビズとかで重たいグレーのジャケットは着ていません。
「敵! 敵だとよマスター」
「そんな殺生な」
マスターの返しもおかしいと思うんですが。
「とにかく。あたしは手伝いません。なっちゃんの居場所は絶対に言いませんから」
「そんな……」
「いいじゃないの、あなた」
そう言ってあたしに助け船を出したのは奥さんです。助け船かはわかりませんが、途端にマスターの顔色が悪くなりました。
「文化祭の日時だけ教えてもらえれば、あとはお得意の哲学的思考で居場所のひとつやふたつ、わかるわよね?」
「いえ、哲学と推理は等号ではなく」
「わかるわよね」
一秒の空白を置いて「はい」と答えたマスターがこの上なく小さく見えました。
「……大丈夫かなあ」
そんな不安と爆弾を抱えて、あたしは文化祭二日目を迎えています。
不安で不安で、本当にどうしたらなっちゃんをマスターから守れるか心配で、仕方ありませんでした。別に、なっちゃんはマスターを毛嫌いしているわけではないと思います。ただ、会って話したら面倒くさいことになるとわかっているから、できるならお近づきになりたくない。その気持ちはあたしにもなんとなくわかります。
初日に大方のお店は見て回り、文化祭をとりあえず楽しみ終わってはいます。だからマスターの不穏な動きが余計に心配になるのです。なっちゃんは、今日はバレー部の出店の担当になっていると聞いています。すなわちあたしとは別行動。
まずはこの迫りくる危機を知らせなくては! そう思いました。
バレー部のお店は二階の廊下にあります。会議室の美術部ブースの隣、焼きそば屋さん。あたしの学校は教室だけはやたらとあるので、屋外よりは屋内に出店が多いのです。
「なっちゃん!」
開店早々、あたしは二階の出店へと駆けこみました。
「ん、どうしたの春。息切らせちゃって」
「なっちゃん……今日。マスターが、来るかも」
なっちゃんにはそれで十分でした。げ、という露骨に嫌そうな顔をしてから、慎重に口を開きます。
「……それ、ほんと?」
「うん。なっちゃんに会うって言って、聞かなくって」
「春。あたしがここで店やってるのは」
「言うわけないよ」
なっちゃんの質問を予想して手早く答えます。焦りのせいか早口になってしまいます。対するなっちゃんはあたしの返答にちょっとだけ安心した様子で……でも、すぐ苦い顔をしました。
「弱ったな。今日はあたし、ほとんどここで店番だから」
「逃げられないってこと?」
なっちゃんが本当に、本当に苦しそうに言います。よっぽどマスターと会いたくないらしいです。
「ごめん春。なんとかマスターがこっちに来ないようにしてくれる? 最悪、会ってもあたしだってわからなければいい」
「うん……」
頷きながらも、あたしは正直不安でした。あのマスターのことです。妙な思考にふけってなっちゃんを見つけることくらい、やってのけてしまいそうな不安感があるのです。
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