Midsummer Night's Dream(3rd)

 ここまで露骨に催促されると、さすがにあたしもイラッと来ます。「そんなに急かさなくっても話しますってば」と若干突き放すような口調になってしまったのは、でも、グイグイ急かしてくるマスターに一因があると思うんです。

 あたしは少しむすっとして、唇を尖らせてもごもごと話し始めました。


「この間、文化祭の出し物の話があったんです」


 あたしの高校は七月の中旬、夏休みの直前に文化祭があります。中途半端な文武両道を目指しているので、盛り上がりは何とも微妙な感じです。文化祭は二日間。学内だけのでやる初日と、一般の人にも開放している最終日。せめてあと一日あれば……というのが在校生の感想です。

 出店はクラスや部活動、委員会単位で行います。盛り上がりのせいか、あたしのクラスも出し物をやろうということになり、どんなお店にするかを話し合っているときのことでした。


「なっちゃんが激昂したのはそのとき……だったと思います」

「激昂?」

「はい。キレたんです、なっちゃん」


 黒板にはいろんな案が出されました。お化け屋敷や展覧会といったものではなく、メジャーな食べ物の販売に方向性が決まりつつありました。からあげ、ホットケーキ、焼き鳥、クレープ、フランクフルトなどなど。食べ物のアイデアは挙げればきりがなく、最終的には食べたいものばかり出される始末。結局は多数決で決めようかという話になり、挙手で意見を募ろうとなったとき。


 忘れられません。突然、なっちゃんが机を思いっきり叩いたんです。

 バンッ! と大きく鋭い音は、だらだらと流れていたクラスの空気を一変させました。皆が何事かと音の発信源に視線を向けます。あたしも思わずそこを見ました。見ればなっちゃんが机に両手をついて起立していました。……その目は、あたしから見てもぞくりとするほど、鬼気迫るものでした。


「多数決? ふざけないで。一番大事な選択肢が挙げられてないじゃない」


 有無を言わせぬ空気が流れていました。なっちゃんの行動に口を挟める人は、驚きのせいもあり誰もいなかったです。あたしたちが呆然としている中、なっちゃんはつかつかと黒板の前に大股で歩きました。そして乱暴な走り書きで……ダイナミックな字で、こう書いたのです。

 「出店しない」と。


「……それは、なかなか」

「出し物をやろうと言ったのはクラスの中心になっている女子で、その流れに流された部分があったんです。積極的に出し物をやろうと思っていたのは数名だと思います」


 これがマスターの望んでいた「具体例」として適切かどうか? あたしはその評価が気がかりでした。浮かぶがままに話してみたけど、結局なっちゃんが賛成とか反対とか、もっとわかりやすい例が良かったんじゃないか、とか。

 数秒の沈黙ののち……マスターはにっこりと笑みを浮かべて言いました。


「本当に興味深い。水戸さん……ますますお会いしたくなりました」


 とりあえず琴線には触れたようです。変な緊張感のせいか、糸がほぐれてあたしは深く息を吐きます。


「考え得る重要な可能性を見落とさず、さらにそれを大衆の前で堂々と発表できるとは」


 かなり高評価されているようです。本人にその意図があるのかないのかさっぱりですけど。


「ただ、私ならその選択に至るより早く問題点の協議を提案しますね。出店をする上でのメリットやデメリットを共有する場を設け、皆が十分な情報を得たうえで多数決なりの意思決定をした方が民主的ですし」

「……マスター。長くなりそうですか?」


 あたしは思わずそう問いかけていました。だって今日のマスターは一段と、変。


「なんだかえらく正論ですね」

「正論、と言いますと?」

「マトモに聞こえます」

「それは失敬な」


 マスターは全然失敬そうじゃありません。むしろ愉快そうに笑っています。

 濡れタオルを絞り終わったマスターは、スタンドにそれをひっかけました。同じように洗われた濡れタオルが何枚か並んでいます。左端のはたぶん乾いている頃でしょう。


「仁科さん。水戸さんを今度連れてきてください。どんな手段を使ってもいいです。今度コーヒーをご馳走しますから」


 そう言われたとき、マスターが本気でなっちゃんを気に入ってしまったと悟りました。ああ、あたしの心のオアシス。マスターとの攻防材料がひとつ生まれた瞬間でした。

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