夏が来れば思い出す

Midsummer Night's Dream(1st)

 春です。


 ……いや、季節的には夏になりました。

 じめじめとした梅雨の時期を抜け、衣替えも完了。白を基調とした爽やかで通気性の……思ったほどよくない制服で学校へと繰り出します。

 あたしはなんとか地獄のミッション・インポッシブルを、晶の助力もあり赤点はに押さえることができました。素晴らしい。二年生は中だるみの学年だ、などと言われるなかであたしはよく頑張ったと思います。晶という心強い味方を得たのもありますが……まあメメント・モリだとマスターに邪魔されたし、結局あたしの努力の結果なのだと言い聞かせます。


「春。それってたったとは言わないからね。赤点はないのが当たり前」


 平均学力をいく体育会系の友人、なっちゃんにはそう言われましたけれども。なっちやんとあたしでは致命的に違いがあるのです。要領がいいとか悪いとか、物覚えがいいとか悪いとか、集中力があるとかないとか。そういったら「みんなそうに決まってるでしょ、春が特別な訳じゃないんだから」と正論を突き刺されました。痛い。

 ともあれ、補習が二科目分になったのはかなりの負担減でした。一年生のときは長期休暇にのめり込む勢いで補習がみっちりでしたから。おかげで補習で夏休みの三分の一が消え、宿題の消化を躊躇ってぐだぐだとお盆まで過ごし、急に近づいてきた夏休み終了のお知らせに慌てて泣く泣く宿題を片付けたものでした。まあ、夏休みには終わらなかったので宿題の提出日ギリギリまでやってましたけど、それはそれです。


「あたし、夏って嫌いなのよね」


 なっちゃんがそんなことを言ったのは、ある日の午後のことです。五時間目の授業が終わり、残り一時間。眠気との戦いにも終止符を打とうとしていたときでした。お昼ごはんの後の古典は地獄でしかないと、あたしが半分夢の世界に足を突っ込んでいたような。噛み殺せない欠伸をしながら、間抜けな顔でなっちゃんを見てしまったものです。


「……どうしたのなっちゃん、突然」

「よく眠れたって顔してるわよ」


 生真面目というわけではないのに、身内のように釘をさすなっちゃん。どうにもあたしに対するお小言は特に多い気もします。「ふと考えてただけなんだけど」と前置きして、夏が嫌いみたいだわと言いました。

 夏が嫌いななっちゃん。どうして? なんて聞かずとも、あたしはその理由のひとつを知っています。


 なっちゃん……本名、水戸奈都子。「なつ」という響きでバカにされたと言っていたからです。有名な清涼飲料水の名前にかこつけてからかわれたり、名字と合わせて「水戸納豆」なんて不本意なあだ名をつけられたり。とにかくなっちゃんはその語呂のいい名前のせいでさまざまな風評被害にあい、自分の名前に近しい響きのものはことごとく嫌っているところがあるのです。

 ちなみになっちゃんは納豆が大嫌いです。まあからかわれていたんだから食べる気もおきない、というやつでしょうたぶん。


「夏ってさあ、暑いじゃん」


 しかし、今回は名前に関わる理由ではないようです。


「そんでもって蒸し暑いじゃん。湿気と温度のダブルパンチってさ、あたしらを殺す気?」


 不快指数上昇中よ、となっちゃんは紙パックの飲料を握りつぶして力説します。中身はほぼ飲みきっていたので飛び散らなかったものの、紙パックがなっちゃんの握力に屈する悲しげな音は聞こえました。


「湿度が悪いってこと?」

「どっちもよね。せめて片方ずつ来いっての」


 天候にいちゃもんをつけるあたり、さすがなっちゃんだと妙に感心してしまいます。


「梅雨はまだ耐えたわ。あれは湿度が九割九分九厘悪いから。でも本格的な夏はダメ。にわか雨とかゲリラ豪雨なんて、ふざけんなって感じよ」


 なっちゃんは大層ご立腹のようです。誰に怒るわけにもいかないけど。

 するとなっちゃんはあたしの顔を見て、にやり、と笑いました。これはなにか嫌な予感。


「そうだ。春のマスターのとこに持っていきなよ。何で夏はこんなに不快なんですかって」

「そんなの、さっきなっちゃんが言ってた」

「そうじゃなくて。、ってやつよ。どうせネタはあって困らないでしょ?」

「……そんなに言うならなっちゃんが店に来てよ」


 なっちゃんはさも当然のように「嫌よ」と即答し、続けます。


「あたしは変態になりたくないもの」

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