7th heaven(2nd)

「なんでしょうか、それは?」


 やっぱりマスターは食いつきました。


 放課後。なっちゃんに無理矢理聞かされた怪談話をお土産にメメント・モリに来てみれば、予想通りの展開が待っていました。どれくらい予想通りって、マスターの興味津々の顔とか、バーテンダー風の衣装の着崩れない感じとか、そのあとのあたしに続きを促すセリフとか。全部想定の範囲内ってやつですよ。だから持ってきたくなかったのに。


 あたしは諦めて話すことしか出来ませんでした。

 どうして話したかって? あたしだってこんな悶々とした怪談を一人で抱え込むのは嫌だったから、に決まってるじゃないですか!


「よくある学校の七不思議ってやつです」


 そう前置きしてから話します。


「簡単に言うと、毎週金曜日になると同じ教室の同じ机に、同じ本が置かれているんです」

「なるほど、それは」


 マスターはうんうんと首を縦に振りました。したり顔と物憂げな表情がかけ合わさってできたマスター。だめだこれは、完全に哲学モードに入ってしまった。


「マスターも怪談には興味あるんですか? よくある話だったと思いますけど」


 なんとなく、マスターは一風変わった人ですから、そんな俗っぽいことに興味を示さない気がしていました。確かに不思議なことを考えるのは好きだけど。

 なんて言えばいいんだろう……マスターが「よくある定番ネタ」を深く考えるのは意外だったんです。マスターならもっと変な角度のものを好みそうですから。


 疑問に思ってあたしが聞くと、マスターはにこりと笑って答えます。


「怪談……人の心理をつき、恐怖に落とす。その話の構成は見事と言わざるを得ません。そういう意味で実に興味深いと思いますよ」


 やっぱりいつものマスターでした。


「あとは、ひとつではなく七不思議、と複数用意した点も面白いですね。ひとつひとつのインパクトが弱くても、複数用意することでその構造物全体をほの暗く、興味をそそるものに感じさせます」

「こうぞ……あの、マスター? そういう分析は間に合ってますから」

「しかし、何故七不思議なのでしょう? 日本人は四と九を嫌いますから、四不思議や九不思議の方が雰囲気が出ると思いますが」

「いや……知りませんよ、そんなこと」


 ミスでした。

 思えば、あたしのこのセリフは見事に最悪の選択肢でした。もう少し気の利いた、せめて適当に考えた「こうじゃないですか?」という提案のひとつでもしておけば良かったのです。


 結論。

 マスターの思考回路を繋いでしまったのはあたしのその一言でした。


「仁科さん、そんな殺生な。必死に考えている者に対して、その対応はあんまりではありませんか」

「そんなこと言われましても、あたしにはサッパリわからないですし」

「では一緒に考えましょう」


 後悔しました。いや、こんな流れになるだろうなあとは薄々感づいてはいましたけれども!

 あたしは数秒前のあたしを呪いました。こうなるともうマスターを止められません。


「なぜ七なのか? この間の『七日町の彼女』といい、七は縁がある数字のようです」


 あたしには哲学と結びつく災厄の数字のようです、七は。


 マスターは曇りひとつないまでに磨いたコップを飾り棚にしまってから、一呼吸おいてこう切り出しました。


「まずどこから手をつけましょうか……そうですね、数字のイメージから考えましょう。七と言えば幸運の数字、ラッキーセブンですね」

「スロットとかの、ですか?」


 元ネタがよくわからないのだけれど、カジノとかで揃うと大はしゃぎする数字、のような。マスターは満足げにうんうんと頷きました。


「そうですね。確かにカジノやスロットでも有名ですが……ラッキーセブンと呼ぶようになったのは野球が始まりのようですよ」

「野球?」


 あたしはお父さんがテレビ観戦をしているのを脇目にご飯を食べるくらいなので、正直野球はそこまで詳しくありません。


「七回になると選手にも疲労が出てきて、絶好の攻撃のチャンスだとかで。私が詳細に話すことも可能ですが……今回はそれがメインではありませんから」


 また今度、というマスターが不本意そうなのは本題から逸れてしまうからなのでしょう。しかし本当に残念そう。哲学をするにあたり雑学も豊富にあるようで、マスターはそれを披露したくてたまらない部分があるようです。

 あたしとしては「また今度」が来ないことを祈るばかりですけど。


「日本では、特に七という数字を特別視する傾向はなかったはずなのです。西洋の思想を輸入したにしては、縁起のいい七を怪談に据える必要性を感じませんし」

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