The girl living there(3rd)
「悲劇は嫌いですが、喜劇が好きというわけでもありません。コメディやギャグテイストのものは『低俗だ』と吐き捨てる人ですから」
そこまで言われると、大分絞れてくる気がします。新聞片手にコーヒー(ただし激甘)がお似合いの人だもんな。ちょっと頭が固かったり、考え方や見てくれに固執しているのは……なんとなくわかります。たぶん、円藤さんは「カッコ悪いこと」がイヤなんだと思う。甘党がバレたくないのもそういう部分が関係してるのかな。あたしには正しい答えなんて見つけられないけど。
そんな円藤さんが好んで読むジャンル。
悲劇じゃない。コメディでもない。感動する話が好き。悲しい話が嫌なら人が殺される推理小説もナシ、かなあ。
「…………」
あたしはマスターの視線が気にならないくらい、思考に没頭していたようです。後に言われることなのですが。
ロマンチスト。
ハッピーエンド。
誰も死なない。
一番合うのは、あのジャンルのような。
あたしは顔をあげ、マスターを見てみました。マスターはすでにあたしの方を見ていたようで、いきなり視線があってびっくりしました。すべて見通しているかのような眼差しが、憎らしく映ったりもします。
でも、この提案を伝えたい。あたしはそんなことを思っていました。正解なんてわからないし、マスターは意地悪だし、円藤さんは何も言ってくれないし。あたしだけが歯車をぐるぐる回してフル回転してるみたい。滑稽に見えるのかもしれないけど。
けど、あたしなりに導いた答え、それをどうしてかマスターに言いたい衝動にかられて。
「……恋愛小説、なんて、どうですか」
あたしはマスターの様子を伺いながら言ってみました。当たってるかどうか自信はないけれど、やっぱりマスターはどう受け止めたのか、気になって仕方がありません。
すると、マスターはニコニコといい笑顔をしました。日陰だった場所が一気に明るくなったように。これは何だか、嫌な予感。
「素晴らしい! ついに仁科さんも物事を推測するということを体得したのですね」
「いやいやいや!」
気に入られた!? それはマズイ、かなりマズイ。あたしは円藤さんの本の中身が気になって(あと人生論を考えたくなくて)考えただけなのに!
思いの外マスターに気に入られることをしてしまったみたいです。
「あ、あのですねマスター。今のは成り行きってやつですからね? ほら、あたしの考えなんてどうでもいいから答えを」
「どうでもいいわけありません」
やたらと熱く語るマスター。その言葉の勢いに思わずあたしはたじろぎました。うう、なんでこんなことに。
「手がかりをもとに、自分なりの結論に辿り着く。これこそが物事を論理的に考え、哲学的思考に至る道程の第一歩。仁科さんがその歩みを確実に進めているようで、私は本当に感動しています」
「いや、だから」
答えをですね。
そんなあたしの言葉にマスターが耳を傾けることはありません。
「哲学に唯一の答えは存在しません。私はそう考えます。百人が考えれば百通りの答えがある。そこにその人なりの論拠と思考過程があれば、哲学はそれでいいと私は思うのです」
うわあ、完全に自分の世界に入ってしまった。これはもうあたしにはどうしようもできません。
マスターから答えを聞くのを諦めたあたしは、カウンターからのろのろと離れました。行き先があるわけではなかったけれど。
「はあ」
なんだかわからないけど、すっごく疲れた。
ふと、円藤さんと目が合います。ああそうだ、あたしの時間は終わったんだし円藤さんに正解を聞けばいいじゃない。マスターも満足してるし、自分の世界に入ってるうちに円藤さんに聞いてしまおう。
「あの、円藤さん」
「!」
あたしが声をかけるやいなや、円藤さんはすぐに鞄を守るような体勢になりました。なんですかそれ、あたしは円藤さんのエサでも奪いに来た獣なんですか。
これじゃあ円藤さんから聞き出すのも、本を拝借するのも無理そうです。
「七日町の彼女、かあ」
しょうがないから、今日の帰りに本屋さんで探してみよう。
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