七日町の彼女

The girl living there(1st)

 五月です。

 ゴールデンウィーク真っ只中です。世の中のトレンドとしては、やっぱり家族や友達と遊びまくれる連休です。女子高生ならなおのこと、フリーでしかない幸せ期間。あたしだって社交的な人間です、インドアよりはアウトドアです。だからこの何連休だか忘れてしまったけどとにかく長いお休みを、遊び倒してエンジョイにエンジョイを重ねよう! と息巻いていたのですが。

 あたしは今日もここにいます。


 喫茶店「メメント・モリ」。


「お前、今日は休みだって言ってたのになんでいるんだよ」


 円藤さんがいつもと同じ窓際の席を陣取っています。ブックカバーのかけられた文庫本とコーヒーがセットで。

 休日でお出掛けする人が増えるはずなのに、この店は相変わらずの微妙な入り具合です。


「いや、その……ヒマだったもので」


 あたしは苦笑いするしかありません。

 マスターの厚意でゴールデンウィーク中はアルバイトをお休みにしてもらったのに。「仁科さんにもプライベートもいうものがありますしね。ここは大して忙しくなりませんから、どうぞお休みを満喫してください」とは四月下旬のマスターの話。

 どうして来てるんだろ、あたし。「ゴールデンウィークはぶっ倒れるほど遊びまくりますから!」と豪語してた過去のあたしを殴りたい。


「一応弁明しますとね? 昨日までは遊んでたんですよ。友達と買い物とかご飯たべたりしてたんです。でも今日はみんな用事があって……」

「暇人のお前があぶれたわけだ」


 ニヤリと笑う円藤さんにちょっとムッとしてしまいます。


「休みなんだから家でゴロゴロしてりゃいいじゃねえか。なんでわざわざバイトしに来るんだよ」

「それはその」


 確かにそうなんだけど。あたしもアルバイト行けますよ! なんてマスターに電話するつもりはなかったんですけど。


「一日ゴロゴロして過ごすのは、なんかわからないけどイヤなんです」

「……わけわかんねえな」


 円藤さんはバッサリと切り捨てました。ひどい。


「結構なことじゃないですか」


 そう言ったのはマスターでした。段々暖かくなってきましたが、安定のバーテンダー風の仕事服です。


「何かしていないと落ち着かない、というのは人生を充実させたいという思いの表れです。私は素晴らしいことだと思いますよ」


 とても大袈裟なことにされている気がします。そんなことは微塵も思っていなかったんだけれど、言い出せる空気ではありませんでした。


「マスター。今日は人生を充実させるには、とかを考えんのか?」


 コーヒーに角砂糖を投下して円藤さんが問います。猫舌まではいかないけれど、円藤さんは熱すぎるものがダメだと聞いています。湯気がたたない程度に冷めたコーヒーにあの量の砂糖を入れてるけど、ちゃんと溶けるのかな。たまに不安になります。


「ああ、それもいいですね。なかなか深いテーマです」


 ……ヤバイ。

 このままだとトンデモ哲学をあたしにも振られることになる。人生の意義だとか充実させるとか、そんなのあたしには答えられない! 露骨に「哲学してます」なんてテーマ、頭が痛くなるどころじゃなくて知恵熱でも出してしまいそう。ゴールデンウィークまで小難しい話をするのは、それだけはごめんです。

 かくなるうえは。


 あたしは辺りを見回します。代わりのテーマを探すためです。どうせあたしに振られる話なら、もっとずっと簡単そうなテーマにした方が何倍もマシ。瞬時に考えたあたしを褒めてあげたい。機転がききすぎて泣いてしまいそう。


「あっ、あのマスター!」


 そしてあたしの目に止まったのは……


「円藤さんの本ってブックカバーかけられてますけど、どんな本読んでるんでしょうねえ!」


 円藤さんが読んでいる文庫本でした。


「俺の本なんてどうでもいいだろ」

「どうでもよくありません!」


 ここで引き下がったらゴールデンウィークの思い出が人生論になってしまう。それだけはイヤでした。全力で回避したい連休でした。

 あたしは必死です。


「いつもここで本読んでるんですよ? 何を熱心に読んでるのか気になるじゃないですか」


 というわけで、あたしは円藤さんの本に手を伸ばしました。


「おい、勝手に取るな」

「いいじゃないですか、減るもんじゃないし」

「そういう問題じゃねえんだよっ」


 本を取(りあげ)るために背伸びするあたしと、本を死守するために身体をのけ反らせる円藤さん。それを傍観するマスター。

 決死のやり取りはある程度続き……


「あっ」


 円藤さんの手から本が床に落ちる形で幕を下ろしました。

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