time limit(後)

「人は何故、期日を設けるのか。まずはそこからでしょう」


 小気味良いジャズが流れてきました。なんていうか、「いかにも」って感じです。


「仁科さんはどう考えますか」


 そしてまずあたしに考えを聞くのもお約束になった気がします。期日について……あるのが当たり前だと思っているあたしにとって、そんなに悩むことのない質問でした。


「期日がないと都合が悪いからじゃないですか?」

「何故」

「『この日までにこうしたい』っていう予定を立てるためにです」

「何故」

「何故、って」


 あたしなりに満点の答えだったので、更に深く突っ込まれるとは思いませんでしたが。


「逆に、期日がないと不便じゃないですか。あの担当さんだってそうですけど、雑誌とかを作るためにスケジュールが必要なわけだし」

「不便。そうですね、まさにそこに期日の意義があると思います」


 マスターは早々にキーワードが出たからか上機嫌です。と言ってもいつも笑顔なのでそう見えるだけかもしれません。


「期日とは、人間が作り出した枷だと考えます」

「カセ?」


 漢字が……変換できません。って何だろう。あたしの様子を察したのか、マスターは優しく解説してくれます。


「枷とは自らの身体の自由を奪うもの。手錠だと思ってもらって差し支えないです」


 手錠ならあたしにもわかります。刑事物ドラマでよく犯人が手につけられるやつですね。ワイドショーだと布がかけられているやつです。


「あれ? ってことは……マスターは期日を良く思ってないんですか?」

「必ずしもそうとは言えません」


 マスターの言葉はいつもあたしの予想の逆を行きます。


「先程仁科さんが言っていたように、物事を効率良く進めるため……いつまでにこれを完遂するという目標を立てるのに、期日という枷はうってつけなのです」


 あたしの考えが採用されているのか、もう一声だったのか。今のマスターの言葉は難しく、一度聞いただけでは意味がわかりませんでした。だからおそるおそる聞いてみます。


「……つまり?」

「時には自分で自分を縛るということも大切だ、ということです」


 それだけ聞くとMみたいです。


「人とは本来自由な生き物。寿命以外に自らを縛るものなどない、時間などに捕らわれなくてもいいはずなのです。それでも時間という概念を捉え、期日を設けるということには、社会的な意味があるのかもしれません」

「社会、ですか」


 どうして急に社会の話に?


「人間がより高次の存在として生きるためにルールを作ったのだと、私は考えます」


 マスターの話はあたしの許容範囲を余裕でオーバーしていました。


「人間が群れをなし、国を作りました。その共同体のなかで皆が快適に暮らすためには共通のルールが必要なのです」


 それはなんとなくわかります。決まりがなくって好きなことをしていいとしたら。他人のものを盗ったりしてもいいわけだし、行列にズルして割り込んでも文句を言えないわけです。

 確かに、すごくギスギスしてそう。


「法律がそのルールの代表格でしょう。権利と義務を提示する……うん、これだけでも熟考する価値がありそうです」


 それは別の日に勝手にやってください。


「私は期日もそういったルール作りのなかで生まれたと思うのですよ」


 マスターはカウンターに肘をついて目を閉じます。端から見ればそれは懐かしいレコードの音源に耳を傾けるようですが……実際は、考えることに集中する姿です。


「互いに約束を守るために。効率のよい社会を作るために。期日は物事を効率良く進めるための約束ごとであるのと同時に誠意の証なのだと……考えたくはなりませんか?」

「誠意?」


 社会のルールとかいう話をしていたはずなのに、誠意という言葉が突如出てきました。

 オウム返しのあたしに対し、だって、とマスターはいたずらっ子みたいに笑いました。


「約束を破ると信じてもらえなくなるでしょう?」

「……ああ」


 なんだか脱力しました。妙に頷けたからです。

 あたしはもう一度奥の席にいる二人組を見つめました。〆切に原稿を迫る宝さんと、しどろもどろの舞浜さん。


「マスター。あたし、宝さんの言い方がキツいと思ってたんですけど……それも仕方ないのかなあ、とか思ってます」

「舞浜さんが〆切に間に合わないのは日常茶飯ですからね」


 あはは、と声を出して笑うマスター。心なしか舞浜さんが小さくなったように見えます。

 やっぱり人間、信用が第一ってことなんですかね。

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