sugar trap(3rd)
どっちかわからないので、どっちも調べます。まずは問題になっている角砂糖。円藤さんに一度頭を下げてから、ガラスの小瓶を引き寄せます。小瓶の中身は普通の角砂糖に見えます。白色の角砂糖です。……あ、外側のこの小瓶、ちょっとお洒落で好きだな。
えーと、外から眺めてるだけじゃ足りないかな? マスターと円藤さんの視線を気にしながら、瓶の蓋を開けてみます。ふわっと甘い香りが広がりました。
瓶のなかにあるたくさんの角砂糖。そのうちのひとつを取り出してみます。やっぱり普通の角砂糖です。特に変わったところも見られません。
「マスター」
……答えてくれません。うう、まだ調べなきゃいけないみたいです。
今度はスティックシュガーを見てみます。紙製の細長い袋のなかに入ったスティックシュガー。中身はわからないけど、たぶん白い砂糖が入ってるんでしょう。やっぱりこれも普通のスティックシュガーです。
「……どっちも普通の砂糖に見えますよ? ここから本当に理由がわかるんでしょうか」
「少なくとも、今回の疑問の答えは砂糖を見れば導けるでしょうね」
砂糖を見れば導ける? でもどちらも普通の砂糖に変わりはないし。
……一応許可をとって舐めてみました。どっちも甘い砂糖です。スティックシュガーの中身も白砂糖です。まあ、固められた角砂糖よりはサラサラしてましたけど。
「もしや、サラサラのお砂糖が嫌だとか!?」
「俺は砂糖の質にこだわらねえよ」
すごいの閃いた! と思ったのですが、円藤さんに険しい顔をされました。あんまり無下に扱われると切ないです。
でも、味も違いがわからないし、円藤さんがそこまで品質にこだわらないなら、別にスティックシュガーでもいい気がします。何故そんな円藤さんが角砂糖を指定するのでしょう……?
「もう、わかりませんー!」
自棄です。あたしは万歳して叫びました。マスターも人が悪い、さっさと理由を教えてくれればいいのに。
「マスター、もういいですよね!? いい加減教えてくださいよ」
「いえ、まだ考えていないことがあります」
「まだダメなんですか……!」
あたしはここにアルバイトをしに来てるのであって、考え事をするために来てるのではないはずなんですけど。こんなことになるならここでアルバイトなんてしなかったよ……!
悶々とするあたしとは対照的に、朗らかな笑顔でマスターが言います。
「比較をするんです」
「……比較?」
「ええ。角砂糖とスティックシュガー、そのふたつのどこがどう違うか。じっくり見つめればわかるはずです」
本当はもう考えることはうんざりですが、マスターが言うからにはやらざるを得ないです。もう一度、角砂糖とスティックシュガーを見ることにしました。
比べろと言うので、とりあえずふたつを並べてみます。細長いスティックシュガーと四角い角砂糖。形とザラザラ感以外に何が違うと言うのでしょうか。味はあたしの舌ではとてもじゃないけど判定できないし。
「んー……んん?」
もしかして、このふたつ……量が、違う?
四角い角砂糖と細長いスティックシュガー。あたしの目が間違っていなければ、四角い角砂糖の方が大きめで砂糖が詰まっている気がします。スティックシュガーは細長い袋に入っているし。これはもしかしたら、もしかするかも……!
「マスター!」
あたしの声はテンション上がってたせいで甲高くなっていました。
「この角砂糖とスティックシュガー、それぞれ何グラムですか!?」
マスターは満足げな笑みを浮かべてから言ってくれました。
「スティックシュガーが二・五グラム、角砂糖が三・七グラムです」
「やっぱり!」
やけに半端なグラム数が気になりますがこの際どうでもいいことです。角砂糖の方がスティックシュガーよりグラム数が多い。ならば、円藤さんが角砂糖を選ぶ理由って、もしかして。
「角砂糖の方が、円藤さんにとってちょうどいい砂糖の量だから?」
ぱん、ぱんという乾いた音……マスターが拍手をしています。
「お見事です、仁科さん」
「ってことは」
マスターの声は穏やかです。
「ほぼ正解です。さすがは私の見込んだウェイトレスさんだ」
マスターに見込まれた覚えはないし、ウェイトレスなんて呼ばれたことはないんですが。
しかし、この奇妙な感覚……ふつふつと胸の奥から沸き上がってくるような、うーんなんだかよくわからない。でもどうしてだろう、口元のニヤつきが止まらない。
「や、やったあ……」
渦巻く感情の激しさとは対照的に、あたしはそれしか呟くことができませんでした。考えに考え抜いた疲労感の方が強かったからかもしれません。あたしは思わず円藤さんの向かいの椅子に座ってしまいました。
「円藤さんはね、甘党なんです」
面白そうにマスターが種明かしをしてくれます。
「マスター、余計なこと言うんじゃねえ」
「すみません」
マスターは全然申し訳なさそうじゃないです。
「店で置いているスティックシュガーでは足りないようでしてね。かといって二本では多い。そこで相談されたんですよ、もう少し多めの砂糖を用意してくれないかと」
円藤さんの表情は渋いです。マスターの晴れやかで楽しそうな表情が清々しくさえ見えます。
「円藤さんは常連ですし、お客様ひとりひとりの要望には応えたい。だから角砂糖を用意したんです」
「へえ……」
元々流行っている喫茶店じゃないし、お客様も常連さんばかりのこの店。だからこそマスターと常連さんとの仲はそれなりにいいものだと思ってはいたけど……
なんだ、マスターって結構お客様思いじゃん。ちょっと見直したかも。
「そうそう、あとは他の人に甘党だとバレるのが恥ずかしいのでスティックシュガーを二本使いたくない、とも」
「え」
「ばっ、マスター!」
円藤さんが椅子から立ち上がります。そのままカウンターの方に向かってマスターを怒鳴りつけ始めました。
「だから余計なこと言うな、阿呆が!」
「こういうのは大抵照れ隠しですから。基本恐い顔してますけどただのツンデレおじさんですのでかしこまらないでくださいね、仁科さん」
「え、あ」
「妙なこと吹聴すんじゃねえよクソマスター!」
首根っこを掴みながら怒鳴る円藤さんと、それをまったく気にせずあたしに話しかけるマスター。なんだかよくわからないけれど、円藤さんのことを少しは理解できた……のかな。そこまで恐い人じゃないみたいだし。
何にせよ、マスターの店の常連さんらしい強烈な人のようです。
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