sugar trap(2nd)
「はい」
マスターは笑顔で頷きました。
マスターが取り出した砂糖とテーブルの砂糖。何が違うかというと……見た目だけだとその違いは、角砂糖かスティックシュガーかと言うことです。個包装されたスティックシュガーは何の変哲もない普通のものに見えます。マスターが出した角砂糖も、外見は普通の角砂糖です。
あたしはよくわからないままマスターから角砂糖の入ったケースを受け取り、円藤さんというおじさまに渡しました。
「そうそう、これだよこれ」
憮然としていた円藤さんがちょっとだけ表情を緩めてくれました。円藤さんの求めていたものはこの角砂糖で相違なかったようです。
「すみません円藤さん。彼女は新しく働き始めたもので、まだ『いつもの』がわからないんです」
「っていうか、わかってたなら一緒に角砂糖渡してくれれば良かったじゃないですか!」
悪趣味です、悪趣味ですマスター! どうやらこの円藤さんは常連さんのようですし、何もあたしに恥をかかせるようなことをしなくてもいいのに。マスターは基本的に温厚で優しい人ですが、どうやらちょっと意地悪なところがあるみたいです。
「すみません。ですが、習うより慣れろとも言いますし」
「だからって」
「こりゃまた、活きのいい嬢ちゃんが入ったもんだな」
ニヒルな笑みを浮かべる円藤さん。バカにされてるみたいで、もう恥ずかしいです。穴があったら入りたい。
「それに、考えてほしかったんです」
マスターがカウンターに何か料理を出しました。スクランブルエッグとホットドッグのコンビです。朝食なんかだとお似合いですよね。
「円藤さんがスティックシュガーではなく角砂糖を好む理由を、ね」
結局今日もこうなるんですか! カウンターに向かい、お皿を受け取って円藤さんに渡します。
今日のは哲学的じゃないからまだマシかもしれませんけど、考えることには変わりありません。あたし、推理小説とかは読むだけで眠くなってしまうのに。
「考えないとダメ、ですよね……」
「是非」
マスターの笑顔がどうしてか般若のように見えます。あたしは肩を落とし、トレイを抱えて悩み始めました。
「角砂糖の方が溶けやすい……とか」
「違いますね」
瞬殺です。即刻却下です。あたしはちょっと悔しくなりました。
「じゃあ、円藤家のしきたりで角砂糖以外使っちゃいけないとか」
「ぶっ」
下品な吹き出し音がしました。おそるおそる振り返ると、円藤さんがむせています。どうやらホットドッグを詰まらせたようです。
「大丈夫ですか!?」
慌ててグラスの水を差し出します。円藤さんはそれを少しだけ飲みます。また何度か咳き込んでいましたが、落ち着いてきました。
マスターも何故か小刻みに震えています。
「あの、あたし……そんなにおかしなこと言いましたか」
「おかしいに決まってんだろ」
目尻に涙をためて円藤さんが言います。
「しきたりって……何をどう考えたらそんな珍回答ができんだよ」
バカにされていることだけは理解しました。あたしだってマスターに言われなきゃこんなこと考えなかったのに! すべての元凶であるマスターは、心なしか楽しげにしています。
「そうですね、さすがの発想力と言いましょうか。仁科さんにしか浮かばないことかもしれません」
褒められている気がしません。
「でも今回は、手がかりを頼りに考えてほしいのです」
「手がかり?」
「ええ」
フライパンを水洗いしながらマスターが言います。
「この店内にある物、その特徴……想像ではなく証拠を頼りに結論を導く。さながら推理小説ですね」
「……あたし、謎解きとか苦手なんですけど」
「まあそう言わずに。ゲーム感覚でやってみてください」
テレビゲームもあんまりやらないんだけどな。
とは言え考えないことには先に進めません。答えを出せないとアルバイトから帰れない、なんて可能性もなきにしもあらずです。
とりあえず、証拠とやらを探すことから始めます。と言っても何を見ればいいのやら。推理小説は頭がついていけずにギブアップ、たまに見る二時間ドラマだってトリックが難解でとても一回じゃ理解できない。そんな推理初心者のあたしに何から調べればいいか、なんてわかるはずもありません。
「マスター……」
ヒントください。
哀願してみると、マスターは苦笑ぎみに答えてくれました。
「では、問題になっている砂糖を見てはどうでしょう。そこに何か手がかりがあるかもしれません」
砂糖……って、角砂糖? それともスティックシュガー? もうちょっとヒントくれないかな、とマスターを見てみましたが、これ以上はくれないようです。
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