第7話 その女、ミステリー収集家につき

 一週間前。西暦2050年、9月2日。19時21分。

 大学から帰って来た俺は、ベランダに干してあった洗濯物を取り込んだ後、夕飯の準備に取り掛かっていた。確かこの日のメニューは、茄子とチーズのミートソースパスタとほうれん草とベーコンの炒め物。我ながら良くできたので、パソコンでお気に入りの映画を見ながら飯を食ってた記憶がある。

 洗い物を済ませて、さあ風呂に入ろうと服を脱ぎかけたその時だ。数少ない友人の一人であり、昔からの腐れ縁であり、俺が知る限り一番の問題児である彼女が突撃してきた。

 そう、月島華である。高校を卒業後、何の因果か知らないが俺たちは同じ大学に進学した。尤も、俺は法学部で向こうは文学部という違いがあるが。華は大学に入ってからオカルトに目覚め、サークルを立ち上げるのと同時に学校の七不思議やら都市伝説やらの知識を収集し始めたんだ。今も知識量は増えるばかりで、最近は航空力学に目覚めたとか言っていた。


 「まこっちゃーん、遊びに――って、ひゃあ! なななな、なんて格好してるの、早く服着てよ!」

 「いや、お前が勝手に扉開けんのが悪いんだべや。寒いから閉じてくんね?」

 「そんな栃木弁丸出しで言わないでよ、もうっ! 早く服着て!」


 勢いよく玄関の扉を開けた華は、半裸の俺を見て顔を真っ赤にすると、怒りながら扉をそっと閉める。

 以前同じように遊びに来た時にバカ騒ぎをして隣の人に苦情を入れられてから、華はこの部屋で騒ぐことは無くなった。その分、他の所でいろんな人を巻き込んではひと騒動起こすようになったので、プラスマイナスでいえばマイナスともいえる。

 ところで、まこっちゃんとは華が俺に付けた渾名だ。俺たちが高校三年に上がった頃、彼女は唐突に俺のことを《まこっちゃん》、と呼び始めたのだ。

 一体どういう変化だろうと不思議に思って訊ねたことがあったのだが、その時は上手い具合にはぐらかされてしまった。

 俺も最初は恥ずかしさもあって拒否していたのだが、余りにもしつこく呼び続けてくるものだから結局折れてしまった。以降、彼女は俺をずっとそう呼んでいる。

 ……俺が折れるって、韻を踏んでね? ちょっとラップみてえじゃね?


 「まこっちゃーん、もう目を開けて大丈夫?」

 「ん?」


 そんなアホみたいな事を考えていると、玄関の方から弱弱しい声が聞こえてきた。華の奴、まだ靴を脱いでなかったらしい。少しばかり悪戯心が湧いた俺は、わざと衣擦れの音を出してから、こちらに背を向けて目を腕で隠している華に呼び掛ける。


 「おう、大丈夫!」

 「なんでそんな自身満々なの……って、ひょわぁーっ!」


 今だ半裸で仁王立ちをする俺を見た華が、再び顔を真っ赤にして絶叫する。幸い、隣に住んでいる人は今日はいないから、苦情が入ることはない。と思ったら、上の階からドンドンと床を叩く音が聞こえてきた。あらら。


 「あらら、みたいな顔で天井見上げてるんじゃないよっ! 早く服着て、服!」

 「いや、お前が勝手に目を開けんのが悪いんだべや。恥ずかしいから閉じてくんね?」

 「てんどんっ!」


 すいませんした。




 同年、同日。20時3分。

 お茶の入った湯呑が置かれた机を中心に、服を着た俺と未だ顔を赤くした華が向かい合って座る。

 椅子は無い。一人暮らしの大学生の部屋に、椅子なんて高価なものは無い。あるのは二四個入りのカップラーメンの箱と座布団だ。

 座布団は良い。枕にもなるし、クッションにもなる。災害時には頭を守る便利な道具にもなる。俺の中で座布団はザ・ふとんって感じだ。


 「それで、華。今日はなんで家に来たんだよ?」

 「ふぇ? あ、そうそう。実は、最近見たニュースで気になるのがあってね」


 そう言うと、華は持ってきたバッグから一冊のノートを取り出す。

 俺は知っている。あのノートの中に、新聞やコピーしたネットの記事の切り抜きが大量に張られている事を。しかも、その大半が未確認生物やらUFOといった出所の怪しい記事だという事を。

 俺が警戒を強めるなか、華は嬉々としてノートの新しいページを開くと、地方新聞の記事の切り抜きを見せた。


 「これ! 気にならない?」

 「えーっと。……《殺生石の上空に、黄金の水晶体?》だと? これがどうしたって言うんだよ」

 「まこっちゃんは気にならない? かの九尾の伝説が残る土地に、謎現象だよ? これはもう、あの地に何かあるとしか思えないよね」

 「くだらね。どうせ大方、光の屈折とかそんなんだろ。第一、殺生石だってあの場所で強烈な硫黄ガスが噴出してるってだけだろ」

 「むー、夢がないなー。まこっちゃんの出身地でしょー、連れてってよ」


 切り抜きに書いてある内容を欠伸まじりに否定すると、華は如何にも不満ですと言いたげに机の下で伸ばした足をパタパタと動かす。それ、埃が立つからやめてくんねえかな。

 そして出身地と言っても、中学までしか栃木にはいなかった。そもそも俺がいたのは牛乳出荷量が全国二位の那須塩原市であって、観光名所がより取り見取りの那須町ではない。

 畑違いだと以前伝えたはずなのだが、コイツは大体一緒じゃんといって聞かないのだ。


 「私、行きたいなー」

 「いや、気になるなら行けばいいんじゃね?」

 「行きたいけどさー。遠いんだもん」


 華は机に肘を付き、頬を膨らませながら文句を言う。遠いって言っても、栃木は同じ関東圏だろうが。首都圏だろうが。今のご時世、リニアモーターカーに乗れば三十分以内で着く。そこから目的地までバスで移動したとしても、恐らく一時間もかからないだろう。遠いとかほざくそこのお前、単に出不精なだけだ。

 そんな悪態を寸での所で飲みこみ、俺はジト目で華を睨む。


 「遠いっつったって、栃木は同じ関東圏だろうが。首都圏だろ、電車で行っても、四時間も乗ってりゃ最寄り駅まで着くんだし」

 「それが嫌なの! 四時間って、結構時間潰すじゃん。その間、私何してりゃいいのよ」

 「音楽でも聴けよ。もしくは本かゲーム」

 「ええー……」


 渋る華に、俺は腕輪型の端末を見せる。《アルキメデス》と名付けられたこの端末、登場してから早八年が経過している。俺の持っているは如何せん型が古く、扱い辛いことこの上ない。最近、株式会社スバルという会社がヘッドセット型の携帯端末を開発していると噂が流れているが、真偽のほどは明らかになっていない。

 それはともかくとして、俺たちのやり取りは何処までも平行線をたどるようだ。そもそも、なぜ華は急に行きたいと言い出したのか。いくらが大好きとはいえ、こんな風に話を切り出されることなど無かった。


 「なあ、華。なんかあった?」

 「え? な、なんで?」

 「いや、なんとなく。強いて言うなら、いつもの華なら準備万端で事をおっぱじめるのに、今日は違ったからさ」


 俺がそう言うと、華は急に黙り込んでしまった。怒った訳ではない。ただ、どう説明したらいいのか考えあぐねている様子だった。俺は華の頭の中で整理がつくまで茶をすすりながらスマホを弄る事にした。

 そこから暫く無音な時間が続いた。俺がしびれを切らして口を開きかけたその時、ようやく華は切り出した。


 「――夢を、見たの」

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光の巫女と、色視る青年 まほろば @ich5da1huku

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