第二章 それは、二人の現在のお話
第6話 彼らの日常
西暦2050年、8月20日。午前9時42分。
あの日から2年が経ち、大学生になっていた俺こと
最近買った中古の軽自動車は馬如何せん力が弱く、アクセルを踏んでもちっとも加速しない。友人の持っている普通電気自動車とは雲泥の差だ。
曲がりくねった道をナビを頼りに何とか乗り切り、今度は角度が急な坂道に差し掛かる。今日の朝まで雨が降っていたから、急な温度差に霧が発生していた。
「うーわ。マジで勘弁してくれよ。こんな道でタイヤ滑らせたら、下まで真っ逆さまやんけ」
「いやー、本当にここ凄い道だね。さすが、山道って感じ」
俺はアニソンが流れる車内で悪態を吐く。俺の苛立ちをよそに、助手席に座る友人、
今かけている曲は、『
内容は、とある星に囚われたエリーシアというヒロインが主人公に助けられつつ自分の使命を果たすというなんともありきたりなストーリーなのだが、緻密に練られたストーリーや声優さんの演技も相まって素晴らしいとしか言いようがない。
特に、ヒロインを担当する声優さんが歌う主題歌が素晴らしく、透き通った歌声は聞く人全てを魅了する、そんな歌声だ。
だが、お気に入りの曲を流しても、一向に気分が高揚しない。濡れた道路は滑りやすく、霧で視界が良くない。僅かなハンドル操作が命取りになる状況で、俺は歌声に耳を澄ますことなど出来なかった。
「ったく! こんな日になんで殺生石になんか行かなきゃなんねぇんだよ。別の日でもよかんべよ!」
俺は慎重に車を走らせながら、一人毒づく。
そうなのである。今日、俺たちが朝からこんな場所まで来ているのは、華のとある事情が関係していた。断る事だって出来たのだが、一人ではどうしても不安だからという事で無理やり連れてこられたのだ。
「ごめんね、ごめんねー。でも、まこっちゃんだってノリノリだったじゃん。久しぶりの里帰りだーって浮かれてたし」
「いや、それはそうだけど」
「それに、私にもしもの事があったらどうするの。私、か弱い女の子だし」
「女の子って年かよ……」
窓を開けて外から入って来る風を楽しんでいた華が、小首を傾げて含み笑いをする。一言余計だが、華の言う事にも一理あった。最近はバイトに就活の準備にと忙しくて、実家にまともに帰れていない。以前はGWや大学の夏季休暇を利用して積極的に顔を見せに行っていたのだが、今年はまだ一回も無かった。
「むー。女の子はいつまでたっても女の子なんですー。万年彼女出来ない症候群殿堂入りのまこっちゃんには分からないかもだけどさ」
「そんなことねえよ。いやまて、何だその万年彼女できないなんちゃらって。失礼だぞ!」
「だって本当の事じゃん。まこっちゃん、高校時代から彼女いた経験ある?」
頬を膨らませた華が随分失礼な言葉を浴びせかけてくる。俺は反論しようと自分の記憶を手繰り寄せてみたが、残念なことに俺がリア充だった過去が見当たらなかった。そんな馬鹿なと思って中学、小学生だった頃の記憶まで引っ張り出してみたが、彼女はおろか仲の良かった女子など存在しなかった。
馬鹿な。
「馬鹿な!」
からからと笑う華の顔はそれはもう憎たらしいもので、一発どついてやろうとさえ思ったのだが、そこは運転している手前、自重するしかなかった。だって、危ないじゃないか。人様の命を乗せているのだから、よそ見運転や蛇行運転はダメ絶対。安全運転を心がけるべし。
俺が逆らえないことを良い事に、華は高校時代の俺の過去をほじくり返してくる。
「何だっけ、あれ。《俺の右手に触れるな、封印されし闇の――》」
「やめろおっ!!」
「他にもあるよね。《我が名は
「うわああああんっ!」
運転中というある意味身動きが取れない状況の中で、
そうこうしているうちに、硫黄の匂いがして来た。周りの景色も、なにも無い森から少しづつ家屋が増えてきている。那須温泉街の入り口まで差し掛かっていた。
そして、こんな悪天候にも関わらずこんな場所に向かわなければならないのは、一週間前に交わした華との会話が関係していた。
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