第71話 事件の終焉
炎と崩れ落ちてくる瓦礫の中、舞台上の男の元へ行こうと黒煙による目の痛みと息苦しさを我慢して一歩ずつ前に進む。
「月城さん、逃げてください。このままだとあなたまでここで死んでしまう。そんなことにはなってほしくない」
「君を捕らえると言ったでしょう」
「諦めてください。この炎と瓦礫で私に近づくことなどできません。今逃げれば助かるんです」
炎がさらに広がり、逃げ道はどんどんとなくなっていく。もう時間は残っていない。急がなくては彼の言う通りここで死んでしまうだろう。しかし、それでも諦めることだけはしたくなかった。
私はハンカチで口元を覆い、姿勢を低くして進む。火事の時、地面に近いほど酸素は残っている。これで短時間かもしれないが、一酸化炭素中毒になるリスクを減らすことができる。
私は這うようにしてゆっくりと近づく。炎で地面は熱をもって素手で触ればやけどしてしまいそうだ。
地面が抜け始める。もう限界が近いのかもしれない。舞台の前で大きく燃え盛る炎の前まで迫った時、私の体を引き起こして羽交い絞めにされた。驚いて後ろを振り向くとそこには煤で顔を黒くした黛君がいた。
「なぜ君がここにいるんです?」
「そんなことはここを脱出してからです。早く出ないと死にますよ!」
「しかし、赤宮が……」
「こんな状況じゃ無理です!行きますよ!」
黛君が力尽くで私を後ろに引っ張っていく。舞台の上で赤宮は苦しそうに動き回っている姿が目に映り続けていた。
私が黛君に引っ張られて外に出た時、初めてホテルの惨状を理解した。上層階は爆発で穴がいくつも開いており、下から燃え上がる炎と黒煙がそこから噴き出している。すでに消防が到着して消火活動が行われていた。
「月城警視、大丈夫ですか?」
「少しやけどをしたくらいです。問題ないですよ」
「そうですか……。でもとりあえず病院には行きましょう。煙をかなり吸い込んだでしょう。ちゃんと検査した方がいいですよ」
「そんな必要はありません。大丈夫です。それより、なぜここに君がいるんです?この場所のことも、今日ここで会うことも知らせていなかったはずです」
「六郎木探偵が僕に会いに来たんですよ。その時に頼まれました。12月31日にこのホテル跡地で赤宮と警視が会う。その時、何かあってもいいように周囲を警備して、何か起これば警視を助けてほしいとね」
黛君の後ろから堺警部に矢田丘、坂下など、赤宮事件を共に追ってきた刑事たちが走ってくる。全員安堵したような顔をしている。
「彼がわざわざ動いたわけですか。納得しました。……皆さん心配をかけて申し訳ない。私一人であの場にいれば逃げ遅れていたかもしれない。君達がいてくれたおかげです。ありがとう」
「当然のことをしただけですよ。……だけれど、感謝をしているというなら僕たちの言うことも聞いてください。病院で検査を受けてください。大丈夫と言いっていますけど、普段の無理もありますしこの際ですから徹底的に精密検査をしてきてください。ということで、救急車もうすぐ来るんで乗ってくださいね」
「……わかりました。断っても無理やり乗せるでしょうからいうことを聞きましょう」
黛君の指示で呼ばれていた救急車は2分もたたずにやってきた。私はストレッチャーに寝かせられる。
「月城警視。この後の捜査は僕たちに任せてください。すべての捜査を終えたら、報告に行きます」
「ええ、任せましたよ」
私は体を少し起こして敬礼をする。それに部下たちが敬礼で返す。
バックドアを閉じられ、サイレンをけたたましく鳴らして走り出した。
天井を見上げて私は後悔に唇を嚙み締めた。あの場で赤宮康介を捕まえ、残り少ない人生を使って罪を償わせたかった。その思いはあの炎で焼け焦げてしまった。
きっと私はこの後悔を一生背負って生きていくことになるだろう。今にして思えば私の警察官人生は後悔の多いものだった。不純な動機で警察官になった報いなのか、彼の言ったように運命のいたずらだっただろうか。
『後悔しても終わったことは変わらない。後悔するなら今を考えろ』
私は声に驚いて周囲を見渡す。救急隊員に心配そうに声をかけられ、慌てて大丈夫だと伝えた。
幻聴だったのだろうか?しかし、あの声は確かに山寺寛治のものだった。
「……そうですね、その通りかもしれません」
時計を見ると12月31日は終わり、1月1日を迎えていた。
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