第69話 月城と赤宮
ゆっくりと壇上の手前まで歩いてくると赤宮康介は大広間を見渡し始めた。私は拳銃を彼に向けてセーフティを外した。
「銃なんて構えないでください。あなたに危害を加えるつもりはありません」
「信用しろというのですか?」
「今の私はこうして立ってのそのそと歩くのが精一杯の状態なんです。あなたを殺すことなんてできません」
「何か仕掛けをしていればその状態でも私を殺せる。ここまで君を連れてきた支援者がいるはずです。その支援者に頼めばどうとでもできる」
「支援者の男ならもうここにはいません。すでに何処かへ行ってしまいましたよ。彼は[血の芸術家]赤宮康介の作品を欲していただけのいわばビジネスパートナーのような間柄でしかなかったんです。私も彼も互いを利用していたにすぎませんから」
「……信用できませんね」
「それならそれで構いませんよ。……この場所はあなたにとっても私にとっても人生を狂わされた場所。偶然なのか必然なのか、運命のいたずらというのは惨いものですね」
「ええ、そうかもしれませんね」
そう、ここはグランムーンライトホテルの跡地だ。25年前からそのままの形で残っている。グループとしてもこの土地を何度か再開発しようと計画したが、そのたびに問題が起こって解体すらできない状態が続いた。その問題の一つが山寺寛治がここで殉職することとなった大間事件だ。
呪われた土地とまで言われ、嫌悪された。グループ内でも不干渉を貫き現在もそのままとなっている。
「……君は何故事件を起こしたのです。君の正体が山寺宏海だと知った時から疑問でした。君には芸術家としての天性の才能があった。真っ当に生きていれば芸術家として大成で来たでしょう。たとえ犯人への怒りや我慢ならない思いがあったとしても、山寺寛治は強い正義感を持った刑事でした。その背中を見続けた君なら、こんな凶行に及ぶような考えには至らないはずです」
「同じような境遇でありながら警察官となったあなたには理解できないでしょう。私は警察という組織に所属する考えはなかった。表にいては見えないものが多いことは祖父から聞いていた。間違いなく犯人であると確信できていても逮捕しようにも証拠が不十分で結局時効を迎えてしまう。殺人事件は時効が消えたが、それでも多くの凶悪犯が今も我が物顔で外を歩いている。その事実が私をこの道に向かわせました……」
突然、大きくせき込んで胸を押さえ蹲る。彼はポケットから注射を取り出して震える手で腕に刺した。注射器を投げ捨てて床に割れて残った薬物とガラスが飛び散る。
乱れた息を落ち着かせ口を拭う。その口には血がにじんでいる。
「……はぁはぁ。もう普通の薬じゃあどうしようもなくてね。今じゃあ麻薬を使って何とか誤魔化している状態なんですよ。薬漬けのおかげでただでさえ短い余命が余計短くなってしまいました。……末期がんで転移もしているようでしてね。活動を開始した時にはまだ再発していなかったのですが、ろくな治療も受けていないのでね。いつの間にかこんなことになっていたわけです。
祖父の死をうけて、私は真っ当な生き方というのを捨てる覚悟ができてしまった。自分の信じる道を進めと祖父が言ってくれたこともあって、私は法で裁かれることのない犯罪者を裁く必要悪として生きると決めました。そう決めた以上私も無法者ですから、一般人からしたら恐怖の対象でしかない。しかし、犯人も逮捕されず、ずっと苦しみ続けてきた被害者や遺族からすれば救いの一手となれると思ったのです」
「……確かにそうかもしれません。君はそれほどの体になってまで自分の正義を貫き通した。それは認めます。理想は尊いものだ。しかし、それでもね。いかなる者でも犯罪者は法の裁きを受けるべきだと私は考えています。たった一人ので意義がが人を裁くなどというのは間違っています」
「それはわかっていますよ。しかしそれでは悲しむ人は増え続けるでしょう。私を必要としている人が多いのはあなたにもわかるはずです」
「君の支援者は確かに多かったし、皆君に心酔していた。それだけ君が救いにみえたのでしょう。しかし、自らの手を汚さず済む方法だってあったはずです」
「私には、そう思えません」
「……そうですか。君の考えも、その考えが変わることのないものであることはわかりました。では、もう一つ聞きたい。何故あのような惨い殺し方をしたのです?」
「それは支援者に私が殺したのだということをメディアを通して伝えるためです。それを芸術として売り込み、金儲けをするものが現れるとは思ってもいないことでしたけどね。しかし、その活動で[血の芸術家]として裏の世界で有名になり、活動資金と裏社会の住人の力を得ることができました」
「そういう理由でしたか」
裏社会との結びつきが強いのだろうと考えていたが、彼の支援者が血の芸術作品の写真か何かを売ることで支援を受けられていたとは思いもしなかった。裏社会の情報は彼にとって非常に有用なものだったはずだ。
ここまでの彼の返答は想像通りのものが多かった。私の思っていた通りの人格であることは間違いない。
であれば、きっと彼の考えは私の思っている通りのはずだ。
私は拳銃に添えている左手を離し、後ろのベルトにつけておいた手錠を取った。
「私の考えはお見通しということですか?」
「ええ、質問の回答を聞いて私の考えていた通りだと確信できました。君は、ここで死なせはしない」
私は拳銃を構えながら、大きく一歩前に出た。
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