第56話 調査報告

 夜8時。

 私は六路木探偵事務所を訪ねた。出迎えにやってきた六路木は目の下に隈ができていて、少しやつれているように見えた。


「あんたに急げと言われたんでね。寝る間も惜しんで調べてやったよ」


 ソファ前のローテーブルには資料が詰まったファイルが置かれている。


「これ全て山寺宏海に関する資料ですか?」


「まあな。知り合いにジャーナリストやらフリーのカメラマンやらがいるからそいつらからもらった情報もある。1人でこんなに集める時間はなかったよ。グレーなやり方で手に入れた情報もあるが、そこは許してくれよ?

ま、一通り見てみるといい」


 私はファイルを開いて書類に目を通す。

 最初の10枚は生年月日から学歴、家族構成、友人関係から、病歴、趣味などが事細かに記載されている。

 家族中は良好で、学校でも優等生として通っている。

 最終学歴は東京藝術大学。やはり芸術家としての天賦の才能があったようだ。

 次の3枚は祖父の寛治に関する資料で、私と共に解決した事件に関しては必要性がないので調べていないようだ。

 中央付近の15枚は新聞や雑誌の切り抜きや写真。どれも山寺宏海に関するもので、美術展で大賞を受賞した時のものや、東京藝術大学在学中の作品写真。作品製作者欄はどれもHIROMIとローマ字となっていて、切り抜かれた新聞記事には赤坂宏海と書かれている。

 赤坂というのは母方の苗字だ。両親は離婚していないし、何故山寺性を名乗っていないのかは調べてもわからなかったようだ。

 最後の方には山寺宏海の現在患っている病気に関する資料だ。病歴にも書かれていたが、約6年前に悪性腫瘍にかかり、その後3年程前に転移。手術をして取り除いたが、術後の定期検診に訪れなくなり、現在の病状は不明。時間がないという情報からして全身に転移が進んでいる可能性が高いと考えられるようだ。

 もし、全身に転移しているとすればたとえ逮捕できたとしても裁判を行う前に命を落とす。つまり法の裁きを受けることは無いだろうと締められていた。


「よく、調べ上げましたね」


「依頼を受けた以上当然だ」


「そうですか」


「……結局、知りたいことは知れたかよ?」


「ええ。彼は私の思った通りの人間でした。これでよくわかりました」


「なら結構だ。先輩、俺は山寺宏海本人を直接は知らない。だから奴の考えは完全にはわからない。しかし、行動を起こした理由は山寺寛治という大切な存在の死だろう」


「そうですね。だからこそ止めたいのです」

 

「自分に重なる部分があるからっていうんだろ?本当に甘いな。あんた」


「君にも理解できる所はあるでしょう?」


「理解はできるが、殺人鬼に成り果てるなんて極論にはならねぇよ」


 私は広げたファイルを閉じると目を閉じた。

 思い浮かぶのは山寺寛治の葬式に出席した時の事。涙を浮かべる両親の側で、涙を浮かべず、光のない虚な目で私を見つめている山寺宏海の姿。不気味な雰囲気を放つ彼は、あの時から必要悪として生きる事を考えていたのだろうか?

 私が瞼を開くと前に座る六路木探偵が口を開いた。


「12月31日。あんた1人で行くのか?」


「そういうつもりです」


「そうかい。俺は人は呼んだいた方がいいと思うんだがな」


「考えておきますよ。……それでは、そろそろ帰ります。資料はもらっていきますよ。宜しいですか?」


「持ってけ持ってけ。あっても邪魔だ」


 彼はそう言うとソファに寝転がってしまった。相当疲れていたのだろう。すぐに寝息をたててしまった。

 私は代金の入った茶封筒をローテーブルに置いて、起こさないよう事務所から出ると扉を閉めた。鍵をかけておかないと防犯上宜しくないが、仕方がないか。


「あ、月城さんですか?こんばんわ」


 声を聞き、右を向くとセミロングの黒髪をしたスレンダーな女性が立っている。彼女は六路木探偵事務所で事務仕事と補佐をしている野中飾利である。


「こんばんわ。丁度よかった。六路木くん。彼に依頼した調査結果を聞いて、今終わったのですが、途端寝てしまいましてね。代金は机の上に置いてありますから」


「そうでしたか。わかりました。依頼主の前で寝てしまうなんて仕方のない人ですね。申し訳ありません」


「いえいえ。彼には無理を言いましたし、大丈夫ですよ。それでは、これにて失礼します」


 私は彼女の横を通り過ぎて、自分の車へと向かった。

 家に帰ったら、また調査資料に目を通す事にしよう。私自身、見落としがあるかも知れない。

 s7のエンジンをかけ、私は自宅マンションへと走らせた。

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