芸術家の過去

第54話 殺しの美術-FinalDance-

 六路木心護から連絡を受けたのは12月の初めであった。


『あんたの求める情報は手に入った。夜8時に事務所で会おう。金はちゃんと用意してくれよ』


 彼は電話でそれだけ言うと通話を切ってしまった。他の仕事もあるのだろうからあまり気にはしていない。

 私は現在、長期的な休みを取っているという事になっている。実際はこの間に私の退職手続きが進んでいる。

 加賀警視正に預けた退職願は人事第一課に届けられた。というより、課長である宗田崇高警視長が直接受け取りに来たらしい。(加賀警視正は人事二課長。警視である私の人事は人事一課の仕事)

 11月の終わりに宗田警視長の元へ呼び出され、私の意思を伝えることになった。加賀警視正も同席していたのは驚いたが、その場で私は赤宮事件における責任を取って退職したいと申し出た。

 どうも加賀警視正のいていた通り人事の方では降格処分で済ませるつもりだったようだが、私の意志が固いこともあり、12月31日をも自己都合退職ということになった。

 あとは私が警察官である間に赤宮を捕まえる。

 そのためにも、六路木心護の集めた情報は重要だ。

 まだ昼時で時間があることだ。私は忙しくて行けていなかった山寺寛治の墓参りに向かうことにした。

 コートを羽織ってマフラーを首に巻くと、私は玄関へ向かった。

 その時である。インターホンが鳴り、モニターに映像が映る。どうやら宅急便らしい。


「宅急便ですか?荷物は何でしょう?」


『どうやら絵のようですよ』


 絵という言葉を聞いて咄嗟に赤宮の顔を思い浮かべた。


「すぐにロックを解除しますので運んできていただけますか?」


『はいわかりました。よろしくお願いします』


 私はコートとマフラーを脱ぎ、リビングの机を動かしてスペースを作った。

 リビングに続く扉を開け放ち、玄関を開け放った。

 私がマンションの廊下に出ると、丁度二人の男性が長方形の段ボールを抱えてやってきた。

 私は彼らにそのままリビングまで運んでもらった。

 彼らに礼を言うと、私は段ボールの蓋を開け、大量の緩衝材をどける。

 緩衝材の中から出てきたのはアンティーク風の額縁に収められた一枚の絵画。燃え盛る舞台の上で狂乱の舞を踊る一人の男が描かれている。男は笑っているようにも嘆き悲しんで大声で泣いているようにも見える。

 額縁の裏には山寺宏海「殺しの美術-FinalDance-」といびつな字で書かれている。

 私は絵画を壁に立てかけて、段ボールの中を探った。盗聴器やGPS装置はなかったが、一通の便箋が入っていた。


[僕の最後の絵です。血のように赤い炎が荒れ狂う舞台の上で狂乱の舞を踊っている男の絵です。大丈夫、血液なんて使っていません。安心して飾ってください。これは赤宮康介としての作品ではないのですから。山寺宏海の遺作として受け取ってください]


「山寺宏海。君の絵は受け取りますよ。…………まっとうな芸術家として生きていれば評価されたでしょうに」


 私はコートとマフラーを着ると鍵をもって玄関を出た。

 墓参りに行く理由が増えてしまった。

 エレベーターで地下駐車場へ降りて愛車のS7に乗り込んだ。

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