第50話 毒舌な探偵

 日が暮れて、黛警部との話を終えた私は残った業務を片付ける。

 時計を見ると夜の9時を過ぎていた。

 私はデスクを整頓すると荷物を持って駐車場に向かった。

 愛車のアウディs7に乗りこむと錦糸町へと向かった。

 こうして愛車を運転するのも久しぶりだ。しばらく家にも帰っていないし、移動はパトカーで行っていたものだから新鮮な気分だ。

 今から私はある男に会いに行く。

 組織の人間であり、赤宮事件の捜査とデスクワークに追われて忙しい私にはできる事に限界がある。調査したいことがあっても出来ない状況だ。

 それ故にあまり頼りたくないのだが、良く知る探偵に私の代わりに調査してもらう事にした。一応警視庁にも名が届くくらいには優秀な人物ではあるし口は硬い。難点があるとすればとにかく口が悪い事と、本当に心の中を覗き込まれた様に感じさせる超能力じみた読心術のせいで隠し事などは簡単に見破られるところか。

 彼は元精神科医ではあるが、いくら精神科医でも彼ほどの読心能力はない。天性のものだといえよう。

 大通りから一つ奥に入った少し狭い通りに一軒のビルが立っている。一階には駐車場と小さな薬局があり、2階に私が訪ねようときている探偵事務所がある。

 車を駐車場に停めると、2階に伸びる階段を上っていく。

 玄関口には『六路木探偵事務所』と書かれた表札が貼られている。

 インターホンを鳴らしてドアを3回ノックする。

 しばらくすると、かちゃりという鍵を開ける音が聞こえ、玄関扉が開かれた。


「就業時間じゃないんだが誰だ?……って、あんたかよ」


 不機嫌そうな顔をして出てきたのはこの探偵事務所の所長である六路木心護である。


「私も今は忙しくてね。それに、こう言う時間に来ないと助手や会計の方がいるでしょう?」


「たく、面倒くさいことだな。とりあえず話は聞いてやるよ。一応高校の先輩だしな」


「それはどうも。では失礼しますよ」


 事務所の中は以前来た時よりはるかに片付いていた。以前はもっと書類が散乱していた。最近入ってきた新人助手のおかげだろうか。


「しかし、あんた随分叩かれてるな。まあ、あれだけの警備状況でまんまと荻原周吾を殺されたんだ。警察の信頼はガタガタになっちまったな」


「仕方がありません。私がいながら荻原さんを守りきれなかったのは事実です。しっかり責任は取りますよ」


「警察を辞める気か?まあ、それもいいんじゃないか?俺は勧めるぜ。組織にいてもろくなことはないさ」


「組織嫌いの一匹狼が言うと説得力があるように聞こえますね」


 ローテーブルを挟み、向かい合ってソファーに座る。

 テーブルの上には灰皿と、数枚の書類が置かれている。どうも捜査資料らしい。

 書類に手を伸ばすと、彼はひょいと持ち上げてソファの空いたスペースに移動させた。


「守秘義務があるんだ。勝手に見られちゃ困る」


「それはすみません。どうも気になったもので」


「まあいいさ。どうせ巻き込まれた警察案件だ。いずれニュースになるさ」


「君はよく事件に巻き込まれますね。探偵故ですか?」


「さてね。なんの因果なんだか?まあそんな事はどうでもいい。とっとと本題に入ろう。何を依頼したいんだ?」


「そうですね。では、頼まれてくれませんか?赤宮……いえ、山寺宏海の調査を」


「……なんだと?」


 六路木探偵は怪訝そうな顔でこちらを睨みつける。


「私の元上司の孫、山寺宏海の過去について調べて欲しいのです。私はあの青年の過去を詳しく知らない。私自身で調べたいところですが、その時間は取れそうもない。そこで君に頼みたいのです」


「……いつまでだ?」


「今年の12月30日。大晦日までに知っておかなければなりませんから」


 六路木探偵は私の顔をじっと見つめてしばらく考え込む。

 彼の事だ。私の思考はなんとなく読めているだろう。多くを話さなくとも彼ならば私の意図を読み取ってくれる。

 10分ほど経った頃、彼は思考をまとめ上げたのだろう。呆れたようなため息をついた。


「……あんたも、組織に所属するのは向かない人種だな。1人で終わらせるつもりだろ?でなきゃ部下でも使って調べりゃいい。警察関係者の孫なら何か知っている奴もいるだろうし、情報も集めやすいはずだ。あんたは世間に知られたくないんだろ?山寺宏海が赤宮康介だって事をな。あくまでも赤宮康介という殺人鬼でしかない狂人は山寺宏海とは関係のない別人としたいわけだ。エゴがすぎるな。あんなのを救って何になる?人殺しの最低な野郎だぞ?」


「君の言うこともわかります。彼は裁かれるべきでしょう。ただの殺人鬼ならばね。しかし彼はそうではない。我々警察では逮捕できなかった犯罪者、表に出ないような闇に紛れて生きる犯罪者を狙って犯行に及んでいる。しかし、それが正しいとは言えない。私はそんな世界で生きる彼を救いあげたいのです。これ以上はさせるわけにいきません」


「お人好しで甘い人だなあんたは。警察やめるのは良い判断だよ。……はあ、仕方ない。わかったよ。調べ上げてやるから20万用意しとけ。それでやってやる」


 六路木探偵は私の話を聞いて呆れたようにそう言った。受ける依頼を選り好みする彼にしては珍しい事に感じた。


「わかりました。用意しましょう。……本当は受けてもらえないと思っていましたよ」


「あ?そんなこと玄関であんたの顔見て受ける事は決めてたよ。切羽詰まっていて目をみりゃ淀んで光がなかったからな。精神的にもかなり疲弊している。俺はそういう人間の依頼を断りゃしない」


「そんな顔をしてますか。私は?」


「ああ、メンタルが崩壊しかけてるからな。ストレスも相当溜まってる。俺から見りゃいつ壊れても不思議じゃないな」


 私は左に顔を向け、暗闇に染まる窓を向いた。反射した私の顔は確かに疲れ切っているように見えた。


「抱えてる仕事片付けたら長期の休養に入ることだな。今のままだと赤宮康介にまた相対する前にくたばることになるぜ」


「ええ、そうする事にします。……もう遅いですし、そろそろお暇します」


 私は立ち上がって玄関まで歩く。


「ああ、調査内容がまとまったら連絡する」


 六路木探偵はソファに座ったまま私にそういうと軽くてを振った。


「ええ、よろしくお願いします。では、さようなら」


 私は玄関扉を開けて外に出た。

 元精神科医の六路木探偵にああ言われたのもある。家で休息をとってから警視庁本部に戻ることにしよう。

 私は軽いストレッチをすると愛車に乗り込んで自宅のマンションへと走らせた。

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