第49話 大間事件

 月城警視は一枚の写真を取り出して僕に手渡した。そこには、現在とあまり変化のない月城警視と顔の左頬に大きな傷跡が残る眼光鋭い初老の男が立っている。


「そこに写っているのが私の元上司である山寺寛治です」


「この人が山寺警部ですか。僕は殆ど面識がないですけど、確か、14年前の事件で殉職されたと聞きました」


「ええ、私も彼の部下として事件を追っていました。あの事件は空野景隆大量殺人事件の解決から5ヶ月後、11月下旬に起きました」


 月城警視はビルの中に消えていく夕日を見つめながら話し始めた。


「11月24日、東京都足立区のとあるマンションで起きた放火殺人事件が始まりでした。被害者の倉嶋紗枝はロープにより絞殺された後に放火されていた。放火はタバコによる時限装置を使ったものでした。タバコに火をつけて、フィルター付近に灯油にひたした紐をくくりつけた簡易なものでした。紐は灯油をまかれた遺体に括り付けられていました」


 タバコによる時限装置とは、どこぞの探偵小説だか、漫画に出てきたような方法だ。

 それにしても、わざわざこんなに手の込んだ方法を取るということは、知能犯なのだろうか?


「犯人は同じ手口で3度事件を起こしました。犯行現場は焼けていて犯人の痕跡は全て消えており、タバコの銘柄も毎回変えていました。

 その慣れた手口から、事件を起こしたのは今回の件だけではない事を私と山寺警部は確信していました

 そして、これは疑惑程度のものでしたが、この放火連続殺人事件の犯人はグランムーンライトホテル放火事件をおこした人物と同一ではないかと私は考えていました」


 月城警視は深くため息をついた。


「結果、その疑惑は当たることになりました。12月26日の事です。3件目の事件が起きた際、犯人の目撃情報が入ってきました。

 犯人は50代、白髪のオールバック、大柄で筋肉質の男だとわかりました。私は山寺警部に許可を取ってかつてグランムーンライトホテルレセプションパーティ出席者を調べ上げました。そこで、1人の男が浮かび上がってきました。元オーマファウンデーション社長、大間兼続54歳。

 大間は月城グループと険悪な中でした。かつては父と仕事をしていたのですが、グループの規模拡大と共に、関係に溝ができたようです。

 決定的だったのはオーマファウンデーションを月城グループが買収した事だったようです。

 父と大間の間にどのようなやり取りがあったのかはわかりません。しかし、大間は自身の会社を奪われて、一気に地に落ちてしまいました。

 その時から彼は優秀な経営者から非道な犯罪者に成り下がったのです。

 大間兼続が犯人だと断定した私達は捜査を進めて、彼の潜伏先を突き止めした。

 突入したのは12月31日の大晦日、廃墟となっているホテル跡の2階にいたところを捉えました。

 大間は狩猟用のライフルを持って待ち構えていました。

 山寺警部は機動隊の到着を待たずに1人、大間に飛びかかっていきました。その際に下腹部を撃たれて重症ながらも抑え込んだのです。

 すぐさま私が手錠をかけて、すぐに救急車と応援を呼びました。しかし、山寺警部は助かりそうには見えませんでした。

 声をかけると、『機動隊を待っている間に逃走されると直感したから押さえに行ったのさ。ここで逃せば、奴はまた人を殺す。それだけはさせちゃならない。……いいか、月城これは忘れんなよ。刑事は被害者を助けるだけじゃダメだ。犯罪者も助けてやらなきゃいけない。何の理由もなくこんなことをする奴は殆どいない。訳があるもんだ。だから救ってやらなきゃならないのさ。たとえこっちがくたばる事になろうとも、わからせてやらなきゃいけない。……それが出来るのは最後まで諦めない本物の信念もった奴だけだ。お前は、そういう刑事になれ。いいな?』

 そう言って笑みを浮かべると、彼の体から力が抜けてぐったりと倒れました。

 年明けが2時間後に迫った22時3分。山寺寛治は亡くなりました」


 僕は話を聞いてどのような事件かを思い出していた。当時の世間を騒がせた凶悪事件であった。


「その後、大間はすべての罪を認めて死刑を宣告されたというのは黛くんも知っているでしょう」


「はい。そうでしたね。連日ニュースにもなりましたからよく覚えています」


「……私は山寺警部の残した言葉を胸に今も事件と関わっています。私は赤宮にこれ以上犯罪を犯して欲しくないのです。だから、どうなろうとも私は彼を捕まえますよ」


 その言葉は固い決意を込めた宣誓に聞こえた。

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