月城才児の信念
第48話 月城の過去
取り調べを終えた月城警視が部屋から出てきた。
聴取内容を聞こうとすると、ただ僕に「屋上に来てください。重要な話があります」とだけ言われた。
神妙な面持ちを見るに恐らく誰にも聞かれたくない話なのはわかった。
屋上に上がると月城警視はタバコに火をつけて指に挟んで転落防止柵から沈んでいく夕日を眺めている。
「タバコを吸うなんて知らなかったですね。月城警視」
「私はタバコは吸いませんよ。これは私の憧れと、憎しみの二つを表す物です。……感傷に浸るのは私らしくないのですが、今回の話をするにあたって、当時の感情を思い出したくてね」
こちらに振り返った月城警視の顔は悲痛なものに見えた。
「黛くん、君は私に聞きましたね?私が赤宮事件に何故こだわるのかと」
「ええ、確かに」
「赤宮康介にも、私自身の過去にも、その理由があります。……ときに黛くん、25年前のホテル火災を覚えていますか?」
25年前。11歳の頃となると自分の中でも記憶が曖昧だが、ホテル火災があったことは覚えている。かなり大規模に報道されていたように思う。
「ええ、ありましたね。なんというホテルでしたっけ?」
「グランムーンライトホテル。月城グループが建設したリゾートホテルです」
「月城グループって警視の……」
「ええ、そうです。当時は私の父が代表取締役兼社長でした。あの火災の日、ホテルではレセプションパーティが催されていました。私もあの日、父と母に連れられてレセプションに参加していました。ですから、著名人や大手企業の社長も参加されていたのをよく覚えています」
月城警視は月城グループ社長、月城誠の長男であると聞いている。ならば、11歳でもレセプションに参加して、社交の場に慣れさせるということもするのだろう。
「レセプションパーティは滞りなく進んでいました。いえ、進んでいたはずだった。……19時頃、火災報知器が鳴り響きましたレセプションの行われていた3階の大宴会場はパニックになりました。火元は1階の南東にある従業員用の休憩室。消化装置の不具合もあって初期の消化に失敗しており、火は既に濛々と燃え上がっていて、煙がすぐそこまで迫っていました」
月城警視は燃え尽きたタバコを吸い殻入れに投げ入れる。
「混乱した人間はおろおろと動き回る。パニックは広がり、多くの人が我先にと脱出を試みました。その結果、助かった人もいることも事実です。しかし、その為に亡くなった人もいます。私の母もその1人だった。母は私や父、来客を生還させることを第一に考え、自分を犠牲にして多くの人を救うことを選びました。勿論、責任感もあったでしょう
結果、母はホテルに取り残されて一酸化炭素中毒で亡くなりました。その他にも従業員2名、来客者4名がこの火災でなくなり、重軽傷者42名を出すことになりました。
火災原因はタバコの不始末でした。しかし、当時の従業員にタバコを吸う者はいなかったのです。そのことから従業員の不始末に見せかけた放火事件であるとして、警察の捜査が始まりました。しかし、犯人の逮捕には至らなかったのです。
母の死により父は心を病み、弟は非行に走りました。姉は勉学に熱中して会社を何とか立て直そうと考えていましたが、まだ当時16歳の姉には荷が重いことでした。
私はといえば、放火犯への憎しみが募って見つけ出して自分の手で捕まえてやりたいという思いがありました。私が刑事を志したのはそれからです」
月城警視の過去。かなり端折って話しているのだろうが、それでも当時の悲愴感や家庭内の混沌とした状況が伝わってくる。
しかし、まだ警視が赤宮の事件にこだわる理由がわからない。
「私が赤宮を追う理由を話す前に知っておいてもらいたかったのです。きっと、私の話を全て聞けば理解できるでしょう」
大きく深呼吸をすると、警視は再び話し始めた。
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